開業50周年の天神地下街は、福岡市・天神発展の“縁の下の力持ち”
九州最大の繁華街・天神の地下を南北に貫く天神地下街は2026年9月10日、開業50周年を迎えます。19世紀のヨーロッパをイメージした天神地下街には、約150のテナントが軒を連ねています。交通アクセス面でも地下鉄天神駅、天神南駅と直結し、さらに西鉄福岡(天神)駅や西鉄天神高速バスターミナルにもアクセスしています。
この記事の目次
【プロローグ】地下街とは何か。日本は地下街大国!?
「ちか‐がい【地下街】:公共の地下通路に面して作られた商店街。広義には、それに接続するビルの地下階、地下駐車場、地下広場、地下鉄駅などの総称」(『広辞苑』)━━。
地下街は、地下に設けられた歩道に面した商店街ともいえる。
地下街の定義は法令によって異なる。消防法では、地下の工作物内に設けられ、地下道に連続して面する店舗などと、その地下道を合わせたものを『地下街』としている。一方、建築物の地階が連続して地下道に面するものなどは、消防法施行令上『準地下街』として区分される。

出典:国土交通省『地下街の安心避難対策ガイドライン』(改訂版)
日本初の地下鉄として上野~浅草間が開業した1927年、物珍しさもあって開業当初は大変なにぎわいだった。
しかし、当初の地下鉄ブームが落ち着くと、業績は急速に悪化した。
このような状況を打開するため、東京地下鉄道株式会社は、地下通路に店舗群を配置した『地下鉄ストア』を企画した。
1930年、上野駅に開設した地下鉄ストアが好評を博すと、同社は主要駅に相次いで地下鉄ストアを開設した。
慶應義塾大学の近森高明教授は、『「地下街主義」宣言のためのノート――高度経済成長期日本の過密の文化』(『文化人類学』2017年9月)において、「地下街の祖型は、1930年代に展開された『地下鉄ストア』に求められる」との見解を示す。
戦後、道路法(道路占用許可)や建築基準法(建築確認)に基づく地下街として1955年に開業した『浅草地下商店街』は、日本最古の現存する地下街だ。
1957年3月、日本初の本格的な地下街とされる『名駅地下街』が名古屋駅前に開業した。
高度経済成長期の1960年代、地下街は日本の大都市の地下で建設が進み、地方の中核都市にも広がっていった。
地価が高騰する都心部では、地下空間は用地取得費が発生しないことから、多くの都市が官民一体となって地下街開発に乗り出した。
2023年度末現在、国土交通省の『地下街の耐震対策状況について』によると、日本国内には77カ所の地下街がある。
「日本は世界最大の地下街大国」ともいわれる中、福岡市には、『天神地下街』をはじめ、『博多駅地下街(朝日ビル)』『博多駅地下街(ステーションビル)』『博多駅新地下街』の4つの地下街が存在する。

出所:国土交通省『地下街の耐震対策状況について』(2023年度末現在)

出所:各地下街に関する公式データによる。※サカエチカは、自前の地下駐車場を併設せず
天神地下街は2026年9月10日、開業50周年を迎える

1976年9月10日、天神地下街オープン!テープカットの模様(写真提供:福岡地下街開発株式会社)
いまから半世紀前の1976年9月10日に誕生した天神地下街は当初、天神ビルと旧岩田屋(現・福岡パルコ)を結ぶ地下通路構想だった。
当初の天神地区地下道構想は、高度経済成長の影響で深刻化していた地上交通の渋滞や大気汚染への対策に加え、都市機能の充実を図る施策として、竹中工務店の企画提案に端を発した。
その後、岩田屋や九州電力、西日本鉄道など地元の有力企業が地下街建設の発起人となる。
1959年には天神ビルと岩田屋を結ぶ地下歩道計画がまとめられたものの、この時点では実現せず、1969年に地下街構想が改めて具体化した。
1972年2月に福岡地下街開発株式会社が設立された。
1973年、現在の北広場から7番街まで地下街を整備する計画が採用されて、天神地下街の建設に着工した。
もっとも、交通量の多い天神では当時、路面電車も運行中であり、人通りも多い渡辺通りで工事を進めなければならず、難工事だったという。
1976年9月10日、天神地下街は開業した。
開業初日、天神地区に誕生した巨大な地下空間を一目見ようと、あふれんばかりの人々が訪れた。
開業5年後の1981年7月、福岡市地下鉄が開業すると、人の流れは一気に増加した。
その後、大型商業施設の出店が相次ぎ、天神地下街は、天神地区が飛躍的に発展する呼び水となった。
2005年2月、福岡市地下鉄七隈線の開業に合わせて、天神地下街の南エリア(新天神地下街)が開業した。
その後、コロナ禍に伴う緊急事態宣言による臨時休業という困難も乗り越えて2026年9月10日、天神地下街は開業50周年を迎える。
50周年を彩る天神地下街の特別企画
2026年をメモリアルイヤーと位置付ける天神地下街では、年間を通じて多彩な50周年特別企画を実施してきた。主な取り組みは、次の通りだ。
◎主な街内施策
●メモリアルフラッグで彩る590メートルのプロムナード
●テーマソング『ライフ・クオリティ』50周年特別バージョンの放送
●からくり時計の50周年記念装飾
●50周年記念モニュメント
◎主な特別施策
●50周年メッセージポスターの掲出
●50周年特設Webサイトの開設
●『TENCHIKA MUSEUM』ブックマーカーのプレゼント

除幕式を終え、天神地下街50周年記念モニュメントを見学する出席者ら
福岡市・天神の”大動脈”である天神地下街を巡る、3つの謎

写真提供:福岡地下街開発株式会社
開業50周年を迎える天神地下街は、福岡市・天神の人流を支える移動インフラであり、一大商業施設としての顔をもつ。
このような存在である天神地下街においては、「なぜ、19世紀ヨーロッパの街並みを再現したのか」「なぜ、『日本一暗い商業施設』ともいわれるのか」。さらに北エリアでは、「東西の通路の幅が異なるのはなぜか」という疑問も湧いてくる。
このような天神地下街を巡る謎について、福岡地下街開発株式会社で広報業務を担当する森髙凌平主任は、次のように回答する。
【謎01】なぜ、天神地下街は19世紀のヨーロッパをイメージしたのか
森髙凌平主任
天神地下街の建設に向けては、市民らを対象としたマーケット調査を実施しました。
「行ってみたい場所・時代」について調査したところ、第1位となったのは、「19世紀のヨーロッパ」でした。
このため、1975年8月に電通プランニング室の井上優氏を団長とする約30人のヨーロッパ視察団が結成され、2週間をかけてロンドン、フランクフルト、ローテンブルク、スイス、ミラノ、パリを視察しました。
そして、石と鉄、レンガを象徴とする「19世紀ヨーロッパの街並み」をイメージした天神地下街のデザイン案が採用されました。
天神地下街の開業後、その独自の空間デザインは大きな話題を呼び、全国各地から視察が相次ぎました。
【謎02】なぜ、天神地下街は「日本一暗い商業施設」といわれるのか
森髙凌平主任
19世紀ヨーロッパの街並みをイメージした天神地下街では、照明の空間コンセプトとして、「劇場型空間」を採用しました。
つまり、通路を「客席」、店舗を「舞台」に見立てています。そして、商品や店舗スタッフは「俳優」であり、お客さまが「主役」という演出です。
床に敷き詰められた石畳、レンガ調の壁、唐草模様の鉄製天井などのクラシカルな意匠で19世紀ヨーロッパの街並みを表現した天神地下街は、通路の照明をあえて抑えることで、店舗が際立つようになっています。
そして、劇場のような光と影の演出も相まって、独特の落ち着きのある大人の雰囲気を醸し出しています。
開業当初は、デザイン性を重視したため、「日本一暗い商業施設ではないか」という声もあったものの、今日では、天神地下街の世界観が広く受け入れられています。
【謎03】なぜ、天神地下街の北エリアの通路は東西で道幅が違うのか
森髙凌平主任
天神地下街の開業当初のパンフレットによると、東西の2本の通路について、「今までのようなストリートでなく、プラザ道路として通行を主にした8M(補足:8メートル)通路とショッピングを主にした5M(5メートル)通路とに区別しました。ただし、8M(8メートル)道路には、1.5M(1.5メートル)のショッピング歩道を左右につくりました」との記載があります。
つまり、通行を主にした通路とショッピングをメインにした通路に使い分けることによって、道幅が変わってきたものと考えられます。
その後、2005年2月に開業した天神地下街の南側エリアに設けられた東西の2本通路は、ともに7メートルの道幅になっています。

福岡地下街開発株式会社総務企画部の森髙凌平主任
福岡市と共に成長・発展してきた天神地下街

2005年2月、新地下街開業時街内オープン装飾(写真提供:福岡地下街開発株式会社)
福岡市・天神を南北に走る渡辺通りの地下に位置する天神地下街は、全長約590メートルの東西2本の通路を備え、延べ床面積は5万3,300平方メートルに及ぶ。
天神地下街には、店舗面積1万1,500平方メートルに約150店舗が軒を連ねる。
2025年度(2024年10月~2025年9月)の店舗売上高は、前年比13.2%増の225億3,000万円となり、過去最高を記録した。

今日、日本でも有数の地下街に数えられる天神地下街は、福岡市の発展と軌を一にして歩んできたといえる。
天神地下街が開業した1976年の9月1日時点における福岡市の推計人口は101万9,626人、世帯数は34万3,034世帯だった。
天神地下街が開業50周年を迎える2026年の8月1日時点では、人口167万2,512人、世帯数89万4,926世帯となっている。
この50年間で福岡市の人口と世帯数は、それぞれ1.64倍、2.61倍に増加した。
一方、市内経済も、この半世紀で大きく成長してきた。
1976年度の福岡市内純生産は1兆7,359億円だった。
算定基準が異なるため単純比較はできないものの、最新の『福岡市統計書』(2025年版)によると、2022年度の福岡市内総生産(名目)は8兆2,351億円となっている。
さらに、1976年度の福岡市一般会計当初予算は1,756億円、市税収入済額は579億円だった。
半世紀後の2026年度一般会計当初予算は、過去最大の1兆1,318億円となり、市税収入額(見込)も過去最高の4,263億円となっている。
福岡市の一般会計当初予算、市税収入は、それぞれ6.45倍、7.35倍へと拡大している。
新たな50年へ。天神地下街の可能性と期待される役割

写真提供:福岡地下街開発株式会社
当初、天神の交通渋滞対策として地下通路構想から始まった天神地下街は、福岡市地下鉄空港線の天神駅開業や同七隈線の天神南駅開業を経て、福岡市・天神地区の大動脈として大きな役割を担っている。
その一方で災害が相次ぐ昨今、福岡市都心部の重要な移動インフラであり、一大商業施設でもある天神地下街は、災害時における重要な社会インフラとしての機能についても注目される。
福岡県は2026年6月、小呂島近海断層帯と警固断層帯(南東部)が同時に連動した場合、過去最大規模の災害になるというシミュレーションを公表した。
同シミュレーションによると、想定される地震の規模はマグニチュード8.1、福岡市では最大震度7を想定する。
予想される死者数は、最大3,300人(直接死2,400人、災害関連死900人)、避難者数は約37万人、建物の全壊・全焼は約4万5,000棟としている。
過去には東日本大震災の発生時、大規模ターミナル駅周辺で帰宅困難者を含む多くの人々が地下通路や地下街などの地下空間に押し寄せた事例もあった。
天神地下街は今後、「地下は地震に強い」という特性も生かしながら、大規模地震の発生時における安心・安全インフラとしての社会的機能をさらに高めていくことも重要だと考える。
【参照サイト】
福岡地下街開発株式会社 天神地下街商店会『2026年9月10日(木)は開業50周年!50周年コンセプトは「ちょっと、より未知。」、1月9日(金)より「メモリアルイヤー」開幕。フラッグ装飾や限定ノベルティなど50周年特別企画を実施。』
https://www.mjpm.co.jp/news/wp-content/uploads/2026/01/%E3%80%90%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E8%A1%97%E3%80%912026%E5%B9%B49%E6%9C%8810%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E3%81%AF%E9%96%8B%E6%A5%AD50%E5%91%A8%E5%B9%B4%EF%BC%8150%E5%91%A8%E5%B9%B4%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%97%E3%83%88%E3%81%AF%E3%80%8C%E3%81%A1%E3%82%87%E3%81%A3%E3%81%A8%E3%80%81%E3%82%88%E3%82%8A%E6%9C%AA%E7%9F%A5%E3%80%82%E3%80%8D.pdf
『福岡地下街開発株式会社について』(令和8年2月)
https://www.city.fukuoka.lg.jp/gikaizimukyoku/giji/shisei/documents/20260218keieijyoukyou.pdf
国土交通省 都市局 街路交通施設課『地下街の安心避難対策ガイドライン(改訂版)』
https://www.mlit.go.jp/toshi/content/001365723.pdf
国土交通省『地下街の耐震対策状況について』
https://www.mlit.go.jp/toshi/content/001751289.pdf
近森高明『「地下街主義」宣言のためのノート――高度経済成長期日本の過密の文化』(『文化人類学』82/2 2017.9)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjcanth/82/2/82_202/_pdf/-char/en
吉村よし子『ヨーロッパの街並み~天神地下街の空間造形について~』(京都芸術大学通信教育課程芸術教養学科WEB卒業研究展)
https://g.kyoto-art.ac.jp/reports/2761/
福岡テンジン大学『天神のふしぎなラビリンスを解明せよ!』
https://tenjin-univ.net/report/28580/
『福岡市統計書』(2024年版)
https://www.city.fukuoka.lg.jp/soki/tokeichosa/shisei/toukei/toukeisyo/2024/toukeisyo2024-index.html



