福岡市民の〝鶏(鳥)料理好き〟は、江戸時代にまでさかのぼる⁉

焼き鳥、水炊き、かしわ飯、がめ煮……。福岡市は、鶏肉を食材に用いた料理の多い土地柄です。総務省統計局『家計調査』によりますと、福岡市民の鶏肉への年間支出金額は、全国の主要52都市中で第1位でした。福岡市民はなぜ、これほどまでに〝鶏好き〟なのか、今回はこの謎に挑みます。

福岡市民は、1世帯あたり年間20㌔強・約15羽分の鶏肉を消費する

鶏肉への支出額の第1位は福岡市――。総務省統計局『家計調査』(注1)によると、福岡市の1世帯における鶏肉への支出額1万9,853円は、全国の主要52都市の中で首位だった。

この福岡市の鶏肉支出額は、牛肉の2万8,194円(52都市中13位)、豚肉の3万101円(同25位)に次ぐ金額であり、ハム・ソーセージ・ベーコンなどの加工肉の1万6,237円(同40位)を上回っている。

(注1)『家計調査』とは47都道府県庁所在市に5政令指定都市(川崎市、相模原市、浜松市、堺市、北九州市)を加えた52都市で暮らす二人以上の世帯・5472人を対象に2017年~2019年の家計支出を調べた総務省統計局による指定統計である。


(『Fukuoka Facts』より)

一方、福岡市の1世帯が購入した鶏肉の数量20,566㌘は、第1位大分市、第2位熊本市に次いで第3位。福岡市の鶏肉購入量は、福岡市の世帯が購入した牛肉の7,530㌘(同21位)、豚肉の19,912㌘(同27位)よりも多い。

全国46道府県で食肉を扱う約4,000軒の小売店が加盟する全国食肉事業協同組合連合会によると、鶏の生体重量のうち約7割が骨付き肉となり、そこから正肉や毛羽先、ささみなどの鶏肉となる割合は5割強だ。

例えば、1羽2,500㌘の成鶏から採れる鶏肉は1,300㌘強であり、福岡市では1世帯あたり年間15羽程度を消費している計算になる。

鳥皮、砂ずり、ハツ、肝、ささみ、豚バラ、牛サガリ、いか、ほたて、野菜巻き……。福岡市民のソウルフードとして取り挙げられることも多いのが、焼き鳥。福岡県外からの来訪者の中には、鳥以外の豊富なバリエーションに驚く人もいる。

お店で焼き鳥を注文すると、酢しょうゆをかけたキャベツの大皿が出てきて、その上に焼き上がった焼き鳥を並べて食べるのが、福岡独自のスタイルだ。


キャベツサービスを考案したと伝わる『天下の焼鳥 信秀本店』(福岡市博多区下川端町)

福岡市が2020年2月に『iタウンページ』で焼鳥店という用語のヒット検索で調べたところ、福岡市内の焼き鳥店は588軒だった。その軒数について、『2015年国勢調査』を基に算出すると、人口10万人あたり38.2軒となり、全国20政令指定都市に東京都区部を加えた主要21大都市で第1位であることが分かった。

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豊富な〝鶏肉メニュー〟にみる、ユニークで味わい深い福岡・九州の鶏食文化

焼き鳥に限らず、水炊き、かしわ飯、がめ煮など、福岡は鶏肉を食材とした料理の多い土地柄である。他所から来たモノをアレンジして独自性や付加価値を加えた結果、地元の名物・名産品とした例は多い。

鶏の骨付き肉を水から炊き上げ、そのスープでさらにミンチや野菜を炊いて、ポン酢で味わう名物料理「水炊き」は、『水月』創始者の林田平三郎氏が中国料理と西洋料理をヒントに考案したといわれる。

長崎県出身の林田氏は15歳で香港へ渡り、英国人宅に住み込んで西洋料理を学んだ。帰国後、中国料理の鶏水煮を西洋料理のコンソメでスープ仕立てにして、日本人の口に合う味にした水炊きの専門店を1905年に開店させている。



『水月』では、各種の「元祖博多水たきコース」を用意する

【博多水炊き発祥の店『水月』】
■TEL:092-531-0031
■住:福岡市中央区平尾3丁目16-14 [MAP]
■営:17:00~22:00(20:30 LO)
■休:平日の月曜日(原則)・年末・年始・お盆

一方、「かしわ飯」は、人気テレビ番組『秘密のケンミンSHOW』の2018年4月12日放送分で「福岡熱愛No1弁当かしわめし」として取り上げて、全国的に注目を浴びた。

かしわ飯の「かしわ(黄鶏)」は鶏肉の別名であり、九州地方をはじめ中部地方の一部や関西地方で用いられる。鶏肉を出汁と共にゴボウやニンジン、干しシイタケなどの野菜と米を炊き込んだ、かしわ飯は福岡を代表する郷土料理の一つだ。


1913年(大正2)、日本で最初に「鶏めし駅弁」を売りだしたという中央軒(鳥栖市)の「ミニかしわ焼麦弁当」

また、「がめ煮」は、全国的に「筑前煮」と呼ばれて親しまれている。かつてスッポンなどカメを煮込んでいたことを名前の由来とする説もあるものの、現在では鶏肉を用いる。がめ煮は正月や祝いの席などのめでたい料理として作られおり、福岡の慶事に無くてはならないごちそうだ。

福岡県内に限らず、九州各地で地域性あふれる鶏料理が多い。「とり天」「唐揚げ」(大分県)、「チキン南蛮」(宮崎県)、「鶏飯」(鹿児島県)などがあり、九州は鶏食文化の根づく土地柄といえる。

福岡で鶏の消費が多い理由は、鶏を用いた郷土料理が豊富で、鶏料理店も多い点にある

歴史上人気の高い坂本龍馬をモデルにした司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』では暗殺された日、盟友の中岡慎太郎と最期に食べたのは、京都の名物料理だった軍鶏鍋という設定だった。幕末においては、賓客を鶏料理でもてなして食べることが多かった。

鶏自体は、稲作や鉄器の伝来と同様に中国大陸・朝鮮半島を経由して、2000年余り前に日本へ渡来したと考えられる。最初は時を告げたり、鶏合せ(後に闘鶏)などの占い・祭祀用の〝聖鳥〟として大切に保護されていた。『古事記』には天の岩屋戸に隠れた天照大神を呼び戻すために八百万神が、鶏を“常世長鳴鳥”として鳴かせた逸話を記す。

福岡の鶏食文化に詳しい日本経済大学の竹川克幸教授は、次のように解説する。

竹川教授

福岡で鶏の消費が多い理由として、鶏を用いた郷土料理が豊富で、鶏料理店も多い点が挙げられる。いわば〝鶏好きのDNA〟が福岡で受け継がれているといえる。
江戸時代、享保の飢饉などで深刻な財政難に陥った福岡藩は、財政立て直しの一環として鶏卵を藩の専売品〝筑前卵〟として鶏卵会所を通じて大阪方面に出荷し、採卵用の養鶏を奨励した(鶏卵仕組)。
そして、鶏肉や鶏卵、南蛮料理の調理法を記した料理本が江戸時代に出版された影響もあって、卵を産まなくなった廃鶏を中心に、人々の間で滋養食としての鶏食が浸透していったと考えられる。


日本経済大学の竹川克幸教授(手にするのは、福岡県はかた地どり推進協議会刊『かしわ、好ぃとぉ‼』)

福岡藩の農学者・宮崎安貞は養鶏を奨励し、儒学者の貝原益軒は滋養食として鶏食を薦めた

竹川教授によると、長崎警備を命じられた福岡藩は南蛮菓子・料理をはじめ海外の文物と触れる機会も多く、卵と砂糖を用いた銘菓「鶏卵素麺」を生み出した。


形が素麺に似ているところから、その菓子名がついたという『鶏卵素麺』

オランダ商館長一行が江戸参府で往来した長崎街道沿いの筑豊地区、朝鮮通信使が鶏卵や鶏肉などで饗応された「相島」に近い宗像・粕屋地区で養鶏が特に盛んだった。福岡藩の農学者だった宮崎安貞は著書『農業全書』で養鶏を奨励し、同じく儒学者で『養生訓』著者である貝原益軒は滋養食として鶏食を薦めた。

また、福岡市東区の香椎宮境内には養鶏の神様として鶏を祀った『鶏石神社』もあり、福岡の人々にとって鶏は特別な存在であった。明治維新後も採卵用の養鶏は盛んだったものの、庭などの平飼いが中心であり、鶏肉は貴重で、明治・大正期は牛肉よりも高級品だった。

今日のように鶏肉が安価になったのは戦後、大量・短期飼育が可能な肉鶏「ブロイラー」がアメリカから導入されて普及した結果だ。

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日本の人口よりも多いブロイラーの過半は、日本の食料生産基地・九州産である

福岡・九州は、鶏肉の一大消費地であるとともに鶏肉の一大生産地だ。福岡県内には九州一の生産量を誇る「はかた地どり」をはじめ、「華味鳥」「はかた一番どり」などの地鶏・銘柄鶏が人気を呼ぶ。一方、九州各地では、「みつせ鶏」(佐賀)や「天草大王」(熊本)、「豊のしゃも」(大分)、「みやざき地頭鶏」(宮崎)、「さつま地鶏」(鹿児島)などが飼育されている。

九州農政局生産部畜産課がまとめた『九州の畜産』(2020年5月版)によると、全国で飼養されているブロイラーは1億3,823万羽で、このうち半分強にあたる7,012万羽は九州で飼養されており、九州は〝鶏王国〟なのだ。そして、日本の食料生産基地である九州の農業産出額1兆7,856億円(2018年)は、日本全国の農業産出額の約2割を占めている。


(出典:『九州の畜産』九州農政局生産部畜産課2020年5月版)

〝食のおいしいまち〟として定評のある福岡市は、九州の豊かで恵まれた食材に支えられている。福岡市において食の魅力がさらに高まることは、九州の第1次産業をはじめ地域の活性化にもつながる。今後、福岡市は九州全体の振興も視野に入れながら、〝食〟産業の発展を図っていくべきだと、筆者は考える。

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<参照サイト>
『Fukuoka Facts~データでわかるイイトコ福岡~』
総務省統計局『家計調査』
九州農政局生産部畜産課『九州の畜産』(2020年5月版)
全国食肉事業協同組合連合会 お肉のQ&A(改訂版)
はかた地どり公式サイト(福栄組合・福岡県農林水産部畜産課)
かしわ好いとぉ!(福岡県はかた地どり推進協議会)
竹川克幸著「福岡の鶏肉・鶏卵の食文化誌—江戸期・筑前国福岡藩領を中心に」『福岡地方史研究会会報』第53号(花乱社)

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編集者兼ライター
近藤 益弘
1966年、八女市生まれ。福大卒。地域経済誌『ふくおか経済』を経て、ビジネス情報誌『フォー・ネット』編集・発行のフォーネット社設立に参画。その後、ビジネス誌『東経ビジネス』、パブリック・アクセス誌『フォーラム福岡』の編集・制作に携わる。現在、『ふくおか人物図鑑』サイトを開設・運営する。

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