“ごまさば”を日本中に届ける企業があった!
秋サバのシーズンが始まった。私が知っている限り、日本の海で獲れるマサバの中でも一番美味しいのは長崎県五島沖で獲れるマサバだ。そんな日本海を下って東シナ海へ抜ける海域を通るマサバを、一番多く水揚げしているのは長崎県内の漁港なのだが、その長崎県沖のマサバを刺身向けとして日本で一番加工している企業が福岡にあるのをご存知だろうか。
創業は1987年、福岡市城南区よりスタートしたその企業は、今では日本全国にマサバを届けるまでに成長。福岡県内の水産加工業の中で、生食を扱う企業の売上上位1~6位までは明太子メーカーが並ぶ中、7位にランクインしている。その企業は「アジとサバで日本一を目指す」という目標を掲げ、主力はアジであるもののスーパー向けの生食用アジ・サバ加工品では70%と驚異的なシェアを誇る。
その企業の名は東区の箱崎に工場を構える、株式会社ジャパンシーフーズ。
青魚であるアジ、サバは特に鮮度劣化が早い。ジャパンシーフーズは、当日に受けた注文を当日製造、当日出荷している。今回なぜジャパンシーフーズを取り上げるかというと、長崎県沖の美味しいマサバを、福岡の郷土料理である“ごまさば”として47都道府県に届けているからである。
サバ・アジの生食文化を広げた企業の誕生
日本人は魚が好きだ。日本全国どこのスーパーに行っても刺身は売られているし、全国津々浦々まで寿司屋がある。回転寿司は人気だし、食べる魚のバリエーションも、調理方法も多様性に富んでいる。猛毒のあるフグですら刺身をはじめその調理方法が多様にある。
それでも、サバ・アジなどの青魚の生食は日本の中でも限られた地域にしかない文化だった。理由はただ1つ、食中毒が起きやすいからだ。
ところがここ20年、日本全国の回転寿司やスーパーで売られている寿司ネタに異変が起きた。生のアジやサバの刺身・寿司が並ぶようになったのだ。その立役者こそ、ジャパンシーフーズだったのだ。
「九州の人には意外かもしれませんが、東北や北海道ではアジを刺身で食べる文化がありませんでしたし、サバに関してはさらに厳しく九州以外では刺身で食べるなんてもってのほかで、売り出し当初はスーパーに提案しても売れない、怖いと門前払いでした。」
と語るのは2代目社長を務める井上陽一氏だ。
今回は井上社長に、ジャパンシーフーズがどのように日本全国に“ごまさば”を届けているのか、詳しく話を伺った。
創業者である井上幸一氏(現会長)が事業を始めた当初は、フグが主力でサケなども含め多様な魚を扱っていたそうだ。転機が訪れたのは水産加工品に原産国表示が必要になったため、主に中国産フグを取り扱っていた同社は主力のフグが全く売れなくなってしまった。そこで生き残りをかけ、地場で水揚げの多い「サバとアジに特化」するようにしたのだという。
ここから同社の地道な努力が始まった。
サバやアジの生食文化のない地域で刺身を売るために、営業マン自らが店頭に立って試食販売を行い、実績を上げることで販路を開拓。この営業努力の甲斐あり、今では沖縄から北海道まで、生食できるアジをフィーレやタタキで、生食できるサバを福岡郷土料理“ごまさば”で食べられるように、専用の「胡麻さばたれ」を付けキットとして販売している。
個食用商品の「うまかアジタタキ」「うまか胡麻サバ」を持つ井上社長
そして生のサバやアジを食べた消費者から「初めて食べて感動しました」と手紙や電話などをもらうこともあり、一般消費者に直接届ける個食用商品の開発にも着手。アジの刺身である「うまかアジタタキ」は2019年に経済大臣産業省を受賞、サバの刺身である「うまか胡麻サバ」は水産庁長官賞・主婦大賞・若者大賞の3賞同時受賞もしている。
そしてサバ・アジは47都道府県へ
そんなジャパンシーフーズの朝は早い。
早朝、長崎県沖で揚がったサバ・アジが、今ではかなり時間が短縮された西九州自動車道や長崎自動車道によって陸路で運ばれてくる。
長崎で朝水揚げされたサバ・アジが工場に入ってくる
そして工場のラインにのって、機械と人の手によって丁寧に三枚おろしにされていく。
アジの多くはスーパーや回転寿司屋の寿司ネタにもなるため、真空パックにしたフィーレや、酒のつまみにもしやすいタタキへと加工される。
サバは“ごまさば”キット以外に、〆サバや炙りといった加工品も豊富にあり、水揚げから一度も凍結させない完全“生”の〆サバをつくっているメーカーは、日本では同社だけだという。
ここで気になった人も多いのではないだろうか。そう、青魚の生食と言えば「食中毒」。そしてその原因で最も多くの人の胃を痛めつけてきた「アニサキス」だ。
入荷されて製造ラインにのったサバ・アジは、水流や風圧で機械的にアニサキスを除去。さらに「身にアニサキスがついているか」を、LED技術者と共同開発した「アニサキス目視検査専用UV-LED照射装置」を使用して検査している。
「アニサキス」がついている場合、こんなにもハッキリとわかるそうだ。
「九州沿岸に多く生息するアニサキスはピグレフィー種のため、長崎県沖で獲れる新鮮なサバやアジの身には、ほとんどアニサキスは付いていません。」
やはり前回の記事で紹介したように、日本海側のマサバのアニサキス問題はあまり起きにくいのは事実なようだ。
さらに井上社長はこう続ける。
「例え身に付いていたとしてもほとんど水流と風圧で取り除けますが、それでも目視段階でアニサキスを発見した場合は、急速冷凍して死滅させます。」
そう、冷凍すると「アニサキス」は死滅する。さらにここ20年で普及したCAS冷凍(セルアライブシステム冷凍)という急速冷凍技術は、別名を細胞蘇生システムというくらい、冷凍時に細胞膜が破壊されることを防ぐ急速冷凍の技術で、刺身などの鮮度を保つことができるのだ。
「冷凍技術が進んだお陰で、解凍したサバ・アジでも十分美味しく、アニサキスリスクから昔に比べて冷凍製品をご要望されるお客様もかなり増えました。ただ、当社はあくまで“生”にこだわりたく、冷凍しないアニサキスの殺虫技術を大学と共同研究しており、もうすぐその成果が出せる予定です!」と意気込む。
ジャパンシーフーズは1日にサバを約3トン、アジは約10トンも加工している。これらの量の青魚に寄生する「アニサキス」と日々戦って蓄積してきたノウハウを武器に、「アジとサバで日本一を目指す」と営業マンたちの地道な努力の甲斐あって、サバ・アジの生食文化を日本全国に広めることができたのだ。
福岡の郷土料理“ごまさば”を日本中に届けたい
ジャパンシーフーズが仕入れている長崎県沖のマサバは、フィーレの状態で出荷されスーパーなどのバックヤードで「お刺身」に仕上げられて店頭に並ぶ。
そのときに高確率で付いているのが、ジャパンシーフーズが開発した「胡麻さばたれ」だ。そしてこの「たれ」が付いている商品は“ごまさば”という商品名で日本全国に納品されていく。
ところがよく考えてみて欲しい。「ごまさば」という福岡の郷土料理となった調理名は、福岡や北部九州では通じるものの、他の地域ではサバの種類の「ゴマサバ」と勘違いされるのではないか?
間違えられる可能性もあることや、サバを生で食べる文化が近年広がっていることも考えると、「サバの胡麻たれ漬け」などの名称の方がマーケティング上は良いのではないか?と思うわけである。
井上社長は一蹴した。
「企業はヒット商品を作ることはできても、郷土料理を新たに創り出すことはできません。今後も福岡地元の企業として、福岡の人たちが紡いできた郷土料理“ごまさば”を多くの人に知ってもらいたいと思っています。」
ジャパンシーフーズが長崎から仕入れ、福岡をはじめ日本全国に届けられる安全な生のマサバは、秋から冬にかけてが本格的なシーズンとなる。
お近くのスーパーに行った際に、長崎産のマサバが“ごまさば”という調理名で売られていたらぜひ手に取ってみてほしい。私も自宅への帰り道にあるスーパーで見つけることができた。もちろん、ジャパンシーフーズで加工されたマサバで「胡麻さばたれ」が付いていた。
この幸せを感じられる味を、福岡の郷土料理を、日本全国の家庭に届けている企業が福岡に存在した。ジャパンシーフーズは福岡が誇る企業と私は認定したい。