『飲む海水』を売り出す福岡市に日本最大の海水淡水化プラントがある理由

福岡市役所1階で『飲む海水』の缶ボトルが売られていることをご存じでしょうか? そして、日本最大の海水淡水化プラントが福岡市にあることを知っている人は少ないのでないかと思います。今回、世界の水事情を踏まえ、福岡市に海水淡水化プラントが誕生した理由や背景について迫ります。

〝水の惑星〟地球で人間が利用しやすい河川や湖沼の水は0.01%


出典)国土交通省『令和3年版 日本の水資源の現況』

宇宙から見ると、青く輝いている地球は〝水の惑星〟とも呼ばれている。
事実、地球の表面のうち約7割にあたる3億6,000万平方キロメートルは、海面で覆われている。

国土交通省『令和3年版 日本の水資源の現況』によると、地球上にある水の量は、13億8600万立方キロメートルにも上る。
このうちの97.47 %にあたる13億5100万立方キロメートルは海水である。
つまり、地球上の水のほとんどは、塩水である海水なのだ。

一方、地球上にある淡水は、全水量のわずか2.53%しかない。
この淡水のうち7割が南極や北極などの氷河・氷山として固定しており、残り3割のほとんどは地下水であり、人間が利用しやすい河川や湖沼などにおいて〝水〟として存在する淡水は10万立方キロメートルしかなく、地球全体の0.01%だ
これらの限られた水資源は洪水や干ばつなど気象の変化によって、大きく影響を受け続けてきた。

SDGsも警鐘、地球上の10人のうち3人が安全な水を飲めない


出典)三井化学株式会社『カガクのギモン:海水を淡水にするには? 「逆浸透」の原理を解説』

SDGsでは、目標6「安全な水とトイレを世界中に」をテーマとして掲げており、世界的に安全な水の確保が大きな社会課題になっている。

ユニセフと世界保健機関が2019年6月に発表した、共同監査プログラム報告書『飲み水と衛生の進歩と格差(2000年~2017年)』によると、世界の22億人が安全に管理された飲み水の供給を受けられていないという。
つまり、地球上で暮らす10人のうち3人は、安全な水を飲めない状況にあるのだ。
もし、地球の表面積で約7割を占める海水から飲料水をつくり出すことができたら、安定した水の供給が可能ではないか━━。
現在、世界各地で海水を淡水にする技術が開発されて導入が進む

海水を淡水にする方法は、大きく分けて2つある。
一つの方法は、海水を蒸発させて塩分を取り除く『蒸発法』だ。
この方法では、海水を蒸発させるために大量のエネルギーを消費してしまう上に地球温暖化の原因になり兼ねない面もある。

もう一つの方法が、『逆浸透法』を用いた方法だ。
平均塩分3.5%の海水にある水分子だけを通す膜を用いて、圧力を掛けて水分子だけを押し出し、飲料水基準である塩分0.01%以下の淡水にしていくのが逆浸透法である。
なお、アメリカ航空宇宙局は、宇宙船内での飲料水づくりに逆浸透法を採用している。

なぜ、福岡市に日本最大の海水淡水化プラントがあるのか?


日本最大の海水淡水化プラント『海の中道奈多海水淡水化センター』(まみずピア)(画像提供:福岡地区水道企業団)

水資源に恵まれた日本だが、離島の中には水資源に乏しいところもあり、水道用水の水源として海水淡水化プラントが稼働している。
『令和3年版 日本の水資源の現況』によると、生活用の海水淡水化プラントは2021 年3月末時点で全国に37カ所あり、日産で約 11万トンの造水能力をもつ

このうち、日本最大の海水淡水化プラントは、福岡地区水道企業団の『海の中道奈多海水淡水化センター』だ。
福岡地区水道企業団が総事業費408億円を投じ2005年に完成させた海水淡水化センターは、最大で日量5万トンの造水能力を備える。

なぜ、福岡市に日本最大の海水淡水化プラントがあるのか?
この点について、福岡地区水道企業団の今村寛総務部長は、次のように解説する。

福岡地区水道企業団の今村寛総務部長

人口が増え続ける福岡市は政令指定都市で唯一、市域内に一級河川を有しておらず、過去2回の大渇水を経験しました。
このため、筑後川からの導水やダム建設などの水源開発としてチャレンジしたことの一つが、大規模な海水淡水化プラントによる〝造水〟でした。

福岡地区水道企業団が海水淡水化センターで海水から塩分や不純物をとり除いた真水を福岡市水道局では、水道水の一部として使用する。
さらにアルミ缶ボトル『飲む海水~玄界灘の水』として福岡市役所1階のユニバーサルカフェで140円(税込)で販売する。
福岡市は、筑後川をはじめ市外のダムなどに水源を頼っているため、販売1本につき100円を森林と水を守るための植樹の苗木代に充てている。

画像提供)後藤暢子氏

福岡市の水道事業は来年3月に創設100周年を迎える


画像提供)福岡市水道局

日本の水道事業は明治期、国際貿易港をもつ都市から始まった。
当時、外国航路を持つ港湾都市では、コレラをはじめとする海外からの伝染病が、井戸水を介して感染していくのを防ぐ必要があったのだ。
日本初の近代水道は1887年に開業した横浜であり、九州初は1891年の長崎市だった。

福岡市の水道事業は、市制が始まった1889年に最初の計画調査を実施したものの、実現に至らなかった。
その後、都市の成長による必要性から7年の工期を経て、曲渕ダムや平尾水場(現植物園)などの一連の施設の完成で1923年3月から給水を開始した。
福岡市内でも閑静な山の手の住宅街として人気の高い『浄水通り』『平尾浄水町』の地名は、かつて平尾浄水場があった名残である。

創設時に3万5000人だった給水人口は、その後の人口増加や都市の急成長で拡大を続けて現在、創設当初の46倍に当たる160万人に水道水を提供している。

一方、福岡市は水資源に恵まれていなかったため、他都市で例のない19回にも及ぶ水源開発を重ねた。
この間、近郊におけるダム建設や市域外を流れる筑後川からの導水を行っている。
水源開発の一つが、福岡地区水道企業団の海水淡水化プラント建設だったのだ。
このような変遷を経て福岡市の水道事業は来年2023年3月1日、創設100周年を迎える。

意外、福岡都市圏で使う水道の1/3は筑後川からの水


「筑後大堰」(久留米市と佐賀県みやき町)は1985年に完成している(画像提供:福岡地区水道企業団)

今日、福岡都市圏における1日あたり平均給水量は約64万トン(うち福岡市約42万トン)だ。
これは積載量20トンの大型タンクローリーで3.2万台に相当する。

福岡都市圏で使用する水道水の水源のうち、筑後川水系からの導水量は1日あたり約23万トンだ。
全体に占める割合は35.9%で概ね3分の1強が筑後川の水だ。

豊かな自然環境やコンパクトシティとしての利便性の高さで〝暮らしやすいまち〟として定評のある福岡市は過去、2回にわたって大渇水に見舞われた。

1回目の大渇水となった1978年は福岡管区気象台の観測史上で当時4番目(現5番目)の小雨だった。
年間降水量が平年の7割以下だったこともあり、干上がるダムもあった。
5月から始まった給水制限は翌年3月まで287日間に及び、給水車に市民が列をなす事態も発生した。

福岡市は翌1979年、『福岡市節水型水利用等に関する措置要綱』を制定し〝節水型都市づくり〟を打ち出す。
そして、1981年から福岡市内における配水管の流量や水圧を24時間体制で集中コントロールする配水調整システムの運用を始めた。
さらに1983年から九州を代表する大河・筑後川の水を牛頸浄水場を経由して福岡都市圏に給水する福岡地区水道企業団が発足し、来年2023年6月に50周年を迎える

2回目の大渇水となった1994年は観測史上で最少の年間降水量であり、1978年を上回る厳しい気象状況だった。
給水制限日数も前回を上回る295日間となったものの、給水制限の延べ時間は2,452時間で前回の4,054時間よりも大幅に短く、給水時間のじゃ口給水を確保したことで給水車の出動は無かった。

その後、福岡市東区奈多に海水淡水化センターが完成・稼働し始めた2005年は観測史上で3番目に少ない降水量だったにも関わらず、給水制限に至っていない

福岡の〝都市資源〟である海水淡水化を世界で生かす

日本人は水と安全をただと思っている(イザヤ・ベンダサン著『日本人とユダヤ人』━━。
イザヤ・ベンダサン氏こと、同書発行元・山本書店の店主で作家だった山本七平氏が、かつて指摘した事柄は時代の変化で大きく変わり、水も安全もタダでない世の中になっている。

SDGsでも目標として掲げる安全な水の確保に向けて長年、大規模な海水淡水化プラントを運用してきた実績とノウハウは今後、水で困っている国や地域でも生かせる可能性を秘めた都市資源だと考える。

参照サイト

国土交通省『令和3年版 日本の水資源の現況』 https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk2_000028.html
三井化学株式会社『カガクのギモン:海水を淡水にするには? 「逆浸透」の原理を解説』 https://jp.mitsuichemicals.com/jp/molp/article/detail_20200714.htm
福岡市水道局『飲む海水』~玄界灘の水~ https://www.city.fukuoka.lg.jp/suido/nomukaisui.html
福岡市水道100年のあゆみ~持続可能な水道を皆さまととともに~ https://www.city.fukuoka.lg.jp/mizu/somu/shisei/100nennoayumi.html

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編集者兼ライター
近藤 益弘
1966年、八女市生まれ。福大卒。地域経済誌『ふくおか経済』を経て、ビジネス情報誌『フォー・ネット』編集・発行のフォーネット社設立に参画。その後、ビジネス誌『東経ビジネス』、パブリック・アクセス誌『フォーラム福岡』の編集・制作に携わる。現在、『ふくおか人物図鑑』サイトを開設・運営する。

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