■趣味の家具作りに思わぬ注文!「素直に、やりたいことを」と考え始める
「スナオラボ」は、長尾朋貴さんが2010年に立ち上げた生活雑貨ブランドである。
長尾さん
デザインの勉強をしたわけでもなく、大阪の住宅設備メーカーで働く傍ら、休日に近所の木工所を使わせてもらって、趣味で家具作りを続けていました。
お皿とコップを重ね合わせると「きのこ」のようなシルエットになるベビー食器セット「きのこのうつわ」(上)は出産祝いギフトとして人気。その名の通り鉛筆のような「箸作りキット PENCIL?」(下)は、カッターナイフで箸先を削るだけで完成する。ネーミングも楽しい商品は、いずれも天然木の質感が温かく、手にするだけで「幸せな気持ち」になれそうだ。
転機となったのは、幼稚園を経営する幼なじみから「園児用にベンチのようなものを作ってもらえないか」と相談されたことだった。
自分のためではなく、誰かのために何かを作る――それがうれしくて「子どもたちが楽しめるものを」と夢中で考え、手探りで作りあげたのが、スナオラボ商品・第1弾となった「かめはめスツール(背もたれが無い椅子)」の原形となる作品。 一人用の椅子を横につなぐとベンチやテーブルに、縦に積み重ねれば棚にもなる。機能的でかわいらしいと大好評だった。
その1年後、かつて土日を利用して受講していた東京のデザインスクールOBで展示会を開く話が持ち上がった。保育園に納めたスツールをリ・デザインし、「かめはめスツール」と名付けて出品。その場で2件の注文が舞い込んだ。
長尾さん
「趣味」を「仕事」にという新たな夢が、長尾さんの頭にぼんやりと浮かび始めたのはこのときだった。
「スナオラボ」ブランド誕生のきっかけとなった「かめはめスツール」。カメの頭の部分がジョイントとなって4方向に繋げることができる
■未知の福岡で育んだ人脈で、「ひとりメーカー」としてのビジネスモデル実現
注文は受けたものの、当時、まだ会社員。製作にかかりきりにはなれない。生産してくれる木工所を何とか探し当てたが、1回あたりの発注は30脚以上。大量の在庫を抱えて友人・知人、親戚を訪ね、子供服や玩具店などへの飛び込み営業を重ねて売りさばいた。
スローペースながらも確かな手応えを感じ、何より「もの作りの喜び」の虜に。そして「この世界で生きていきたい」と会社を辞し、専念することを決断した。
「もの作り」という言葉からは、熟練の職人あるいは作家が「自分の手を動かして作る」光景が浮かんでくる。しかし「かめはめスツール」の経験を経た長尾さんは、別の方法を選んだ。
長尾さん
自らは企画・デザインを担当し、製造は腕の確かなプロに任せる。当初は「副業」ゆえに、そうせざるを得なかった方法だが、これも立派な「もの作り」の形態。よりクオリティーの高い商品をユーザーに届けるために最適なビジネスモデルだった。
ただし、このビジネスモデルを実現するには、「自分が描いたデザインを適正なコストで作ってもらえる木工所、メーカー」が必要。これには、実家の広島か、妻の故郷・福岡かという2つの候補地から、起業場所に福岡を選んだことが幸いした。
「最低限の技術は習得しておいた方がいいだろう」と高等技術専門校(職業訓練校)を探したところ、木工関係コースは全国に数校しかなく、その一つが福岡県田川市にあったのだ。
また、福岡県南部には全国有数の家具の町・大川が控えている。職業訓練校修了後、当時、開かれていた「大川インテリア塾」に入塾した。
林業の地・田川、家具の町・大川での“修業”期間を通じて、スキルを磨くとともに木工所やメーカーの若手後継者、業界関係者たちと交流を広げた。
「好き」が高じて大手企業を辞し、家具・木工の世界に飛び込んできた長尾さんを福岡の人たちは温かく迎えてくれた。一人また一人、信頼できる先輩・友人たちができ、製造先を紹介してくれた。
こうして、何の基盤もない福岡でゼロからのスタートながら、自分の思い描いたビジネスモデルを実現するための人脈を築くことができた。
「きのこのうつわ」の製造現場。旋盤に木の塊をセットし、刃物を使ってひとつひとつ削りだしていく。愛らしいフォルムは熟練職人の繊細で確かな技術から生まれてくるのだ。
■販路拡大の突破口を開いてくれたのもデザイン都市・福岡の仲間だった
商品化の道筋もつき、天然木の質感を生かしながらデザイン性と機能性を両立させた商品を次々と発表。「NPO法人FUKUOKAデザインリーグ」から声を掛けられたり、優れたデザインを評価、発信する福岡県産業デザイン協議会主催のコンペティション「福岡デザインアワード」で入賞するなど、業界で次第に注目され始めてきた。
むくりと頭をもたげているような姿から名付けられた「むくりスプーン・むくりフォーク」。幼児が「げんこつ握り」でも握りやすい太めの持ち手と緩やかなカーブが特徴だ。
しかし、評価がビジネスに直結するとは限らない。先行きに悩んでいた頃、「福岡デザインアワード」で知り合った仲間から、全国50社限定で基準も厳しい東京の「ててて見本市」(注)への出展を勧められた。
(注)「ててて」とは「作り手」「使い手」「伝え手」の3つの手の共鳴を意味する。数個単位のアート系でもなく、何万個単位の大量生産でもない中規模の作り手=ものを大事に作り続けている人たちに光を当てようというコンセプトの展示会。
長尾さん
地方のブランドにとって販路拡大の道を開くには、BtoBの展示会への出展とその成否が大きなカギとなる。長尾さんにとって初めてのBtoBの展示会が、もっと大規模な見本市だったら……? 会場を訪れるバイヤーの数は桁違いに多いが、冷やかしも多く、商談の成果はさほど期待できなかったのではないだろうか。また出展者も桁違いな中で、決して派手ではない「スナオラボ」の商品は埋もれてしまっていたかもしれない。
「ててて見本市」の経験から、「自社ブランドに合致した規模と質の展示会」の見極めを意識してきた長尾さんに、幸運な出合いは続く。
2015年、東京・青山のベビー・キッズ用アパレル展示会に出展。メインは「きのこのうつわ」などベビー食器だが、あわせて「なべしきハウス」も展示していたところ、「MoMA」(ニューヨーク近代美術館)デザインストアの担当バイヤーから「ニューヨークの本部に提案したい」と声を掛けられたのだ。
現地にサンプルを送って3カ月後、本決まりに。納品後、家族で初のニューヨーク旅行へ出掛けた。
長尾さん
ニューヨーク滞在中には、数軒だが飛び込み営業をかけて、うち1軒で商談が成立したという。
■無知ゆえの素直な発想を強みに十数年。いつまで自由に遊び続けられるかが課題
独自のビジネスモデルと人脈構築、展示会の選択……成功への道筋を見てきたが、それも企画デザインあってこそ。独創的な企画、発想はどこから生まれてくるのだろう。
長尾さん
常識的な考え方にとらわれず「いいな」と思ったら、それをそのまま形にしてきた。定石を知らないところでの自由で素直な発想が強みなのだ。だが、起業から十数年。
長尾さん
今年初めからJETROを通じてパリの展示会「mom(メゾン・エ・オブジェ・アンド・モア)」にオンライン出展。現在、米、英、仏、オーストラリア、香港、台湾、韓国の海外7カ国と取引している。自社サイトに海外のバイヤーからの問い合わせも続いており、日本語・英語に加えフランス語や中国語を併記することも検討中だ。「スナオラボ」は、世界中の子どもたちの笑顔を育み続けることだろう。
■スナオラボ
http://sunaolab.jp
■創業/2009年
■住所/福岡県朝倉郡筑前町原地蔵2232-24
■電話/090-4276-1613
<撮影協力店>
ユーハウス・イング
https://u-house.net/
福岡市南区玉川町5-6
☎092-554-8700