スマホアプリ「YAMAP」で、「国内ナンバーワンの登山プラットフォーム」の地位を確立
携帯電話の電波が入らない―。通信網が発達した日本でも、電波がつながりにくい場所はたくさんある。道に迷ったとき、今は便利なスマートフォンの地図アプリがあるが、もし山の中で電波がつながらなかったら死活問題だ。
ヤマップが開発したスマホアプリ「YAMAP」は、事前に専用の登山地図をダウンロードしておけば、電波の圏外でも衛星利用測位システム(GPS)で地図上の現在地が確認できる。
YAMAPの地図画面。避難小屋や水場の場所も表示される
自分の歩いた軌跡や目的地までの距離、消費カロリーなども表示。歩いた記録や写真を投稿し、利用者同士でシェアする機能もある。
基本機能は無料で、地図を無制限に保存出来たり、立体的な地図が利用できたりする有料会員がある。
2013年に提供を開始して以降、ダウンロード数は163万を超え、日常的にアプリを使うユーザ数は約30万人に上る。
登山記録の投稿数は平均で月間20万件超。「国内ナンバーワンの登山プラットフォーム」の地位を確立している。
★2022年4月追記:「YAMAP」は2022年4月5日に300万ダウンロードを突破。300万ダウンロードは国内登山人口(480万人)の約6割の利活用に相当する規模で、ユーザーの登山・アウトドアアクティビティを記録した「活動日記投稿数」は昨年1年間で526万件(前年比149%成長)、「移動距離」も年間3922万km(前年比148%成長・地球980周分)と、いずれも過去最高を記録
参照:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000111.000011352.html
利用者が増えたことを生かし、2019年には近距離無線通信「Bluetooth」を使って、登山中にすれ違った利用者同士で位置情報を交換してヤマップのサーバに送信し、事故や遭難が発生した時に早期発見につなげる機能も追加した。
九州のベンチャー企業の現状についてまとめた九州経済調査協会の「2020年版九州経済白書」では、ヤマップの資金調達額は12億円で、九州・沖縄のベンチャー企業の中で5番目の規模にランキングされている。
ヤマップ社長、春山さんが九州で起業した理由とアプリ開発のルーツ
2013年に会社を創業した(設立時の社名はセフリ)春山慶彦社長(39)は、福岡県春日市出身。同志社大学の学生時代に屋久島を旅して自然に関心を持ち、登山を始めるようになった。
同志社大を卒業して米アラスカ大に留学後、東京の旅行会社で雑誌の編集に携わった。
30歳を前に、以前から憧れていたスペインの「巡礼の道」(カミーノ・デ・サンティアゴ)を旅するために退職。帰国後は福岡で働くことにした。
「東京は働く場所としては素晴らしいと思ったが、本当にこのままでいいのか、と思った」と春山さんは振り返る。
地方都市の活性化に貢献する思いを持って創業の地に福岡を選んだ春山慶彦社長
東京の活気を知っているからこそ、次第に寂れていく故郷や地方都市の姿が目に留まるようになっていた。
「働いた分だけ地域やコミュニティに貢献できるか。しがらみも含めて、自分とつながりのある場所で働く方が10年、20年たったときに後悔しないと考えた」
とはいえ、最初から起業を考えていたわけではないという。「少しでも社会を変えるインパクトを出したい」と考えた結果が、起業だった。
起業につながったアプリを開発したルーツは、春山さん自身の経験にある。
アラスカ時代。先住民のクジラ猟やアザラシ猟に同行した際、彼らはGPSで位置を確認しながら移動していた。先端技術が命を救う可能性を実感した。
そして、帰国後。大分県の九重連山を登山中、スマホの電波が圏外で地図アプリが開けなくても、GPSによる現在地表示は示されていることに気付いた。
あらかじめダウンロードした地図とGPSを組み合わせれば、山中での遭難や道迷いを減らせるのではないか―。アプリのアイデアが生まれた。
ヤマップのエントランス。木材をふんだんに使ったナチュラルな雰囲気が特徴だ
アプリの利用者だけでなくアウトドアに関心のある人が集うコミュニティ拠点をつくりたい
地方のベンチャー企業が開発したアプリが「国内ナンバーワン登山プラットフォーム」に成長したのは、電波の入らない山中でも利用できるという革新性に加え、サービス開始直後からカスタマーサポートを徹底したのも要因のようだ。
オンラインで使うアプリと同じように考えて登山中に使えなかった、というような問い合わせやクレームが、当初から後を絶たなかった。
電話やメール、ネットの掲示板などで24時間問い合わせを受け付ける体制を整え、こまめな対応と改善を続けた。
「アプリウェブサービスでも実店舗でも結局は同じ。お客様がいつ来てもいいように店をきれいにするように、アナログなことをやり続けた」と春山さんは語る。
特に大きな広告やプロモーションも打たないまま、登山愛好家の口コミで次第に利用者が広がっていったという。
利用者の拡大に伴い、提供するサービスは拡大している。登山やアウトドアグッズの通販、登山保険の販売、メディア事業…。昨年には、自治体と連携し、山の周辺観光の支援にも取り組むようになった。
現在は、新たにショールーム機能を持った店舗を、福岡市内に構える計画を進めている。
通販で扱う商品の販売を始め、アプリの利用者だけでなくアウトドアに関心のある人が集うコミュニティの場づくりを目指す。
こうした事業の展開は、実は創業当時からの構想だったそうだ。
「(登山やアウトドアは)自然が舞台のアクティビティなので、ネットで完結するのはちょっと違うと考えていた。もっとリアルで展開していきたい」。その具現の場が、今計画している店舗なのだ。
そして、その先に描くのは、「自然の中で体を動かす感覚」をもっと広げること。「日本の課題は、自然の中で体を動かさなくなっていること。生物としてバランスが悪いし、暮らしと風土が離れてしまっている」と春山さんは力を込める。
ヤマップが選んだアウトドアグッズを販売しているECサイトのページ
地方ベンチャーのロールモデルとなり、IPOから海外展開も視野に入れる
福岡での登山・アウトドアのコミュニティ拠点づくりは、地方で創業したスタートアップ企業としての挑戦でもある。
東京に支社を持つようになったヤマップだが、福岡の拠点は揺るがない。春山さんは、明治時代まであった藩校を例に出す。
「各地域に根差した教育があり、そこで特筆した人材が生まれて、幅広い発想で社会を革新してきた。地方が衰退したら日本が衰退していくと思う。だから地方から拠点を変えることは全然考えていない」
「スタートアップ都市」として注目を集める福岡市。転機となった理由の一つは、2012年に福岡市の高島宗一郎市長が「スタートアップ都市ふくおか宣言」をしたことだが、春山さんが起業を考え始めた2011年ごろには、「ベンチャーという言葉すらあまり聞かなかったし、起業するなら東京に行くしかない感じだった」。
その後、数年の間に「スタートアップカフェ」や「Fukuoka Growth Next」のような起業家の集まる拠点ができ、起業家やスタートアップ企業の数も増えた。
スタートアップを取り巻く環境は大幅に良くなった、という認識は春山さんも抱いている。
一方で、上場や海外展開を実現しているようなスタートアップ企業はまだ限られる。だからこそ、春山さんは「地方でも勝負ができるロールモデルを小さくてもつくりたい」と語る。
3~4年の間にIPO(新規株式上場)を目指し、海外展開も視野に入れる。上場で得た資金を、地元のスタートアップへの投資資金に充てることも構想している。
「地方でのスタートアップ環境のデメリットは資金の出し手がいないこと。スタートアップやベンチャー同士で投資ができたら劇的に変わる。地方でもできる希望のあるモデルになると思う。難易度は高いが、そこまで挑戦したい」。その言葉はよどみない。
株式会社ヤマップ 会社概要
本社所在地 福岡市博多区博多駅前3-23-20 博多AGビル6F
設立 2013年7月
資本金(資本準備金含む) 1億円
事業概要
1. 登山・アウトドア向け WEB サービス・スマートフォンアプリ「YAMAP」の運営
2. 登山・アウトドア用品のセレクトオンラインストア「YAMAP STORE」の運営
3. これからの登山文化をつくるメディア「YAMAP MAGAZINE」の運営
4. スマホから申し込める登山保険「YAMAP登山保険」の販売
5. 山・自然を活用したコンテンツ開発・コンサルティング・プロモーション 等
URL:https://corporate.yamap.co.jp/
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