唯一無二のスタイルでグルマンたちを魅了する「なかもと」へ

2019年に5年ぶりに発行された「ミシュランガイド福岡・佐賀・長崎2019特別版」では、福岡県内の58の飲食店が1つ星以上を獲得。そのうち、3つ星の2店舗を含む18店舗が寿司店でした。本シリーズは、福岡で注目を集める寿司店を訪ね、寿司を通して伝えたい店主の想い、営む中で見えてきたものを通して福岡の寿司店が高い支持を集める理由を探っていきます。

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海外で働くために、調理師免許を取得!

博多の総鎮守・櫛田神社のすぐ近く。「ぎなん通り」と呼ばれる路地にある『なかもと』は、オープンから1年という新しい店でありながら、県外からわざわざ訪れるお客が後を絶たない注目の店となっている。これまでメディアに登場することを控えてきたという店主・中本優成さんに、話を聞くことができた。

中本さんは、長崎県出身。高校卒業後は自衛隊に入隊し4年間を過ごしたという。

中本さん「小学生の頃から海外へ行きたいと思っていました。調理師免許を取得すれば海外で働きやすくなるという話を聞いたことがあったんです。自衛隊で調理担当として働くと、調理師資格を取得するための実務経験が得られると知り、自衛隊に入ることを決めました」

とはいえ、調理師免許の取得は海外へ出るための一つの手段。福岡で寿司の店を開くことになろうとは、当時は想像すらしていなかっただろう。

中本さん「調理師免許を取得したので、飲食の経験を積もうとも考えましたが、将来的にはバイクの整備工場を併設したカフェのようなお店をしたいと考えていたので、溶接の技術などを身につけるために、広島で自動車関連の仕事に就きました。

すると1年ちょっとでリーマンショックが起こってしまって。仕事も減って生活ができなくなったので、夜は飲食店でアルバイトをするようになったんです」。

飲食の道への一歩を歩み出した中本さんは、日中の仕事を辞め、本格的に飲食店で仕事を始める。

中本さん「居酒屋や割烹など、業態がそれぞれ異なるお店を8店舗運営している会社に就職させていただくことになりました。さまざまなことを経験させていただき、3年目くらいからは店長のサポートをするリーダー的な役割にもなりました。先輩にも恵まれ、気づけば8年ほど広島にいましたね」。

その後、地元で独立しようと考えた中本さんは、長崎に戻り障害者支援施設の給食センターで働き始めた。

中本さん「戻ってはみたものの、いろいろうまくいかなくて。やっぱり地元を出ようと決意し、寿司の学校に通うことにしました。その学校は東京・大阪・名古屋の3校あり、私は名古屋の学校に行くことになりました。

3ヶ月で卒業を迎えるのですが、就職先も学校が面倒を見てくれて。その就職先が福岡のお店でしたので、福岡で暮らすことになったんです」。

福岡で新たな生活をスタートさせたものの、中本さんは半年で3つの店を渡り歩いたという。

中本さん「福岡の飲食店で働くのを辞めて県外へ出ようとも考えたんですけど、お金がなくて。日中は倉庫でフォークリフトに乗り、夜は飲食店でアルバイトをするという生活を2年ほど送りました」。

その間、週に一度、完全にオフの日を設けていた中本さんは、外食をしようと思っても、既製品の多さに驚き、外食をする気にはなれなかったそうだ。その頃から「気軽に利用できて、丁寧な仕事が施された料理が食べられるお店があればいいな」と考えるようになり、独立を決意する。

休日の昼下がり、ふらりと訪れられる店でありたい

中本さん「最初は席を設けるつもりでいましたが、店をオープンさせる2年くらい前から、スタンディングのスタイルにしようと考えるようになりました。というのも、お寿司って今でこそ高級店がたくさんありますが、江戸前寿司はもともと庶民のためのファストフードだったわけで、当時のスタイルを現代風にしようと思ったんです」。

空間は、知人の紹介で出会った長崎出身のデザイナー西尾健史さんに依頼した。

中本さん「西尾さんの人柄に惹かれました。細かなところまでを再現した模型を作ってきてくださって、大事そうに見せてくださったんです。私たちからお願いしたのは、かつての寿司屋台を現代風にアレンジして欲しいということ。

また、コンパクトな空間ではありますが、できるだけモノを見せたくなかったので、シンプルに、それでいて収納はしっかりと確保したいということ、カウンターにはメニューを置きたくないということもお伝えしました」。


名だたる料理人達が絶大な信頼を寄せる庖刃工芸士・坂下勝美さん(佐賀・二葉商会) の包丁を使用している

数ヶ月先、数年先まで予約が埋まる店も多い中、『なかもと』は「ふらっと気軽に来て欲しい」との想いから、基本的に予約を取っていない。スペースが限られているため、直前に空き状況を確認してから来店することを推奨している。

中本さん「小さな店だけど、時間の経過を気にせず、息を抜くことができるプライベートな空間でありたいと考えています。スタンディングなのに、気づいたら3、4時間経っていたなんてお客様も多いんですよ。

一人でふらっと入って来られた方が『仕事の疲れが取れた』と言ってくださったり、旅行で福岡に来られたお客様が滞在中毎日通ってくださったりするのが嬉しいですね」。


5貫のコースには料理が2品付くが、そのうちの1品は自分が食べたいものを選択できる。こちらは「法蓮草の削りたて鰹節和え」。枕崎産の本枯れ節を贅沢に使った一品。


島根産の水ダコと赤かぶと合わせて甘夏で香り付けをした「水ダコの酢の物」。


島根県弥栄(やさか)町から直送された猪肉を丁寧に火入れした「弥栄産猪肉の肩ロース」。梶谷農園のハーブサラダが添えられている。

先日、オープンから1周年を迎えたばかりだが、この1年間、試行錯誤を重ね、現在は『なかもと』のスタイルをわかりやすくするために、3つのコース(6,000円〜)が用意されている。

中本さん「コースではありますが、料理を1〜2品、お客様に選んでいただいています。自分でコースを組み立てられる寿司店って、あまりないのではないでしょうか」。

食材や調味料は自分で探したり、紹介してもらったりしながら、納得いくものだけを仕入れている。魚介や日本酒は島根から直送され、お酢は飯尾醸造(京都)で特別に造られている赤酢を使用する。


写真上から順にさより、ヤリイカ、シメサバ、のどぐろ。一つひとつ丁寧な仕事が施されている。

中本さん「ミツル醤油(糸島)の城さんが繋いでくださって、昨年、飯尾醸造さん主催の『世界シャリサミット2019』に参加させていただきました。全国から集まった寿司職人の方々お話させていただいたのですが、皆さんストイックな方ばかり。かなり刺激を受けましたね。

そのことがきっかけで、寿司に対する考え方が変わったんです。単純に言えば、座って2万円で食べるお寿司を、予約なしで気軽にスタンディングで食べていただくというスタイルにしようと考えました」。

ありそうでなかった唯一無二のスタイルは人々を魅了し、その評判は口コミで瞬く間に広まっていった。

お店は生産者さんとお客様と3者で作り上げる場所

中本さん「私たち料理人は、生産者の方がいなければ料理をすることができません。広島時代から懇意にしている島根の酒屋さんがいて日本酒を仕入れさせていただいているのですが、魚介や山葵、猪肉などの生産者も紹介してくださいました。

私は、料理人、生産者の方、お客様がシーソーのように持ちつ持たれつの関係性でつくっていくのがお店だと考えています。私たちは飲食店ではあるけれど、生産者の方を紹介できるアンテナショップであるということも意識していますね」。

福岡に店を構えたことで、地元の料理人やソムリエなど、さまざまな繋がりが生まれ、中本さん自身の世界も広がっているという。長崎で生まれ育ち、広島や名古屋を経て福岡へ。

一度は福岡を離れようとしたこともあったが、ここ福岡で開業し、今では『なかもと』を訪れるために福岡にやってくる人もいるほど、この街にはなくてはならない存在となっている。

中本さん「福岡は交通アクセスがいいので、いろんなところからお客様が来てくださいます。広島時代の友人も来てくれるし、東京や大阪などからも通ってくださっているお客様もたくさんいらっしゃいます。空港も近く、海外との距離も近いと思いますね。

国内外からお客様が来やすい場所である一方で、私たちにとっては、あちらこちらに動きやすいという利点もあります。グローカルという言葉がありますが、これからは福岡のこの店を拠点に、生産者の方と繋がりながら、海外も視野に活動の幅を広げていきたいと考えています」。

偶然に偶然が重なり、福岡で店を構えたことで、子どもの頃からの夢だった「海外」が、現実味を帯びてきた中本さん。これからの活躍に期待が高まる。

なかもと
■ 福岡市博多区上川端町2-12
■ 090-2965-8829
■ 15:00〜OS20:00
■ 不定休
■ コース6,000円〜(要1ドリンクオーダー)
■ https://www.instagram.com/nakamoto.hakata/

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編集・ライター
寺脇 あゆ子
松山生まれ、福岡育ち。福岡・大阪の出版社を経て独立。福岡を拠点に全国誌、地元情報誌、webメディアなどで取材・執筆を行なう。美味しいものがある、面白い料理人がいると聞けば、日本全国どこへでもフットワークの軽さが自慢。無類のラグビー好きでW杯は2007年のフランス大会以降、4大会を現地で観戦している。

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