歴史から生まれる「福岡」の魅力

福岡の逸品としてじわじわ広がる「ニワカそうす」。 廃業を考えた老舗醤油屋が起こしたブームの作り方とは

今、じわじわと人気を集めているのが、お醤油でもソースでもない不思議なタレ「博多ニワカそうす」。現在、福岡市南区にある「タケシゲ醤油」の前身「五福醤油」が、戦後すぐに業務用として販売をはじめた調味料です。和洋中に使える万能さとおいしさから、飲食店のみならず一般家庭でも利用する人が増えています。2020年だけでも、テレビや雑誌など10社を超えるメディアで紹介された話題の商品なのです。でも、生みの親であるタケシゲ醤油は、廃業も考えたことがあるのだとか。ピンチを乗り越え、ブームを巻き起こすきっかけは何だったのか。代表の住田友香子さん、ご主人の良幸さんに話を伺いました。

和洋中の料理からスイーツまでおまかせの「ニワカそうす」

醤油でもソースでもない、不思議な調味料「ニワカそうす」。レンジで加熱した魚に塗るだけで煮魚ができたり、ローストビーフの味付けに使えたり、ときにはインスタントコーヒーを加えてデザートソースになったりと、和洋中のみならずスイーツまでできるまさに万能調味料です。

福岡市南区にあるタケシゲ醤油が、2011年に一般家庭向けに販売したところ、その利便性が受けて今や多くのメディアに紹介される人気商品となりました

廃業を考えた醤油屋を継ぐことになったきっかけは

タケシゲ醤油のルーツは、1752年、江戸時代にはあったという「石堂醤油」。その後、事業を拡大して1879年に、博多区呉服町で創業したのが前身の「五福醤油」です。国内ではじめて瓶詰めの醤油を販売し、海外にも事業を広げたのですが、後継者難が重なり平成に入って廃業に追い込まれました。

その後、五福醤油の歴史を受け継ぎ、1992年に友香子さんのお父さまがスタートさせたのが「タケシゲ醤油」。ただし、娘たちに継がせる予定はなく自身の代までと考えていたそう。そんな友香子さんがタケシゲ醤油を継ぐことになったのは、夫・良幸さんがきっかけでした。

良幸さん

僕は愛知県の出身ですが、結婚するまでは醤油単体を「おいしい!」と思ったことがなかったんです。愛知では「たまり醤油」がよく使われるのですが、とても濃厚。豆腐を食べるときも、かけ過ぎ注意です(笑)。でも妻の家の醤油を食べた時に、あまりのおいしさに感動して思わず飲んでしまったんです。この味がなくなるのはもったいないと思ってタケシゲ醤油を継ぐことを考えたんです

「継ぐつもりは全くなかった」友香子さんは、良幸さんの言葉を聞いてどう感じたのでしょう。

友香子さん

当初は反対でした。やめたほうがいい。当時は、まだ業務用の商品しか扱っておらず、事務所はプレハブ小屋のようなところ。さらに会社を仕切っていた父はとても厳しかったので、夫だけが継ぐことになったら、耐えきれずに名古屋に逃げ帰ってしまうのではと思って(笑)。私がクッション役になるしかないと、当時勤めていた会社を退職してタケシゲ醤油での仕事をはじめたんです。そこで決算書を見ることになるのですが……非常にまずい状態。このまま続けるのはとても無理と思いましたね。

でも、私が会社を継ぐとなってからすぐに、お客さまたちから「継いでくれるんだってね。ありがとう」って声をかけてもらうように。また、醤油といった地味の色の液体を手に取ってもらうには、デザインが重要だと考えていたので、デザイナーとして働いていた夫がいれば「何とかなるかも」と思えるようになったんです

業務用調味ダレを家庭用に販売。「ニワカそうす」の魅力とは

「ニワカそうす」を、一般家庭に向けて商品化したのも住田さんご夫婦。もともとは焼き鳥やみりん干しの「元ダレ」として、戦後すぐに製造・販売していました。しかし、タレを卸していた水産加工会社の従業員の方が、「家庭料理にも使える」とご自宅に持ち帰っていたのだとか。その会社が廃業になったのち、「タレ」を求めてわざわざタケシゲ醤油にまでおとずれたことがきっかけとなりました。

友香子さん

うま味とコク、みりんのような甘さといった味付けの基礎が、1本にまとまっているのが「ニワカそうす」。私もお料理は苦手でしたが、豚肉を焼いてショウガとタレで絡めただけであっという間に生姜焼きができました。

とろみがあって食材にしっかり絡むので、煮魚や豚の角煮も短時間で作ることができます。さまざまな調味料を組み合わせることで、和洋中のいろんな味を生み出すことができるのもポイントですね。

徹底したデータ分析のうえレシピ本を制作!

まさに万能調味料といえる「ニワカそうす」。その使い方をもっと多くの人に知ってもらうために、これまでに2冊のレシピ本を発刊しました。2冊目となったレシピ本【短い時間で楽々!「ニワカそうす」の愛情ごはん】は、ターゲットを明確に絞り、発刊後の商品展開まで視野に入れて制作に取り掛かったのだとか。

友香子さん

2017年に発刊した1冊目は、料理を普段作らない人に向けてとにかく簡単に、いろんな種類の料理が作れることを伝えようと100以上のレシピを掲載したんです。


すべて「ニワカそうす」を使ったメニュー

でも「いろんなものが作れますよ」というのだけでは、商品は売れない。「ニワカそうす」の機能的な部分を伝えないといけないと感じました。そこで、2冊目は蔦屋書店やTSUTAYAなどを展開する「九州TSUTAYA」とビッグデータを扱うマーケティング会社「CCCマーケティング」の力を借り共同で制作しました。消費者のイメージを明確にして「ニワカそうす」に求められるものを分析したんです。

結果、「共働き家庭で、小学生の子どもがいる40代半ばのお母さん」に向けて、時短レシピを紹介する内容にしたんです。完成したレシピ本と「ニワカそうす」は、全国の蔦屋書店を中心に販売することになりました。

本には、お子さんのために食事作りを頑張りたいけれど時間がないという方が、「ニワカそうす」を使うことでゆとりを持てるようになり、日々の生活を豊かに過ごせるようになってもらえたらとの思いを込めています。料理にかかっていた時間を短くして、テーブルコーディネートに凝ってみたり、家族で会話する時間を増やしたり……。レシピの本を作ったことで、改めて「ニワカそうす」の価値が何なのかをはっきりすることができましたね。

クラウドファンディングの経験が、セールストークに生きる

2冊目のレシピ本では、制作費の一部支援を求めてクラウドファンディングにもチャレンジしました。通常業務をこなしながらレシピ本を制作し、さらにクラウドファンディングの準備を行うのは大変だったとご夫婦は話しますが、その経験が今も役に立っているのだとか。

良幸さん

クラウドファンディングでは、タケシゲ醤油や「ニワカそうす」を全く知らない人にどう説明して、応援してもらうのか。「ニワカそうす」の価値や情報をしっかり整理しました。またページをしっかり作りこんでも、意外と1回では伝わらないので、活動報告を小まめに行って、表現を変えながら何度もPRを行うように。この経験が今では、店頭で「ニワカそうす」を販売する際のセールストークに繋がっています。また企業HPだけでなく、不特定多数の方に商品を発信することができたのもよかったです。

一方で、クラウドファンディングサービスはたくさんありますが、それぞれのチャレンジに合わせてどれを選択するのかが重要と感じます。実はレシピ本と同時期に、新商品開発のためのチャレンジを行っていたんですそれぞれ別のプラットフォームを利用しましたが、どちらも一長一短それぞれに得意・不得意があるので、しっかり見極めてチャレンジする必要があると感じましたね

レシピ本とともに商品を全国に展開、メディアでの露出が急増!

2019年11月、ついに2冊目のレシピ本が完成。同時期に試食販売も九州各地や広島・山口などで行い、「ニワカそうす」は福岡を超えて多くのエリアで知られることとなりました。

友香子さん

広く認知されるきっかけになったおかげでしょうか。レシピ本発刊後は、メディア紹介の機会を多くいただき、2020年だけでもテレビや雑誌などで10回以上もご紹介いただきました。また、メーカーさんとのコラボ商品も生まれています。最近だと、大野城の明太子メーカー「福ふく」さんの、明太子と「ニワカそうす」を使ったレトルトカレー「THE KURO」。「ニワカそうす」と大きく表には出ない商品もありますが、いろんなところに広がって、いつの間にか「いつも食べている味」と感じてもらえるようになれたらうれしいですね

「お金がないなかどうPRするか」ノウハウを伝えて恩返ししたい

最近では、「ニワカそうす」以外の露出も増えています。人気アーティストやJR九州やJR西日本といった企業とのコラボ商品も展開し、新しい福岡土産として認知されるように。今後は、さらに力を入れたいことがあるといいます。

友香子さん

これからもいろんな企業とコラボレーションして商品づくりをしていきたいですね。また、私たちは、お金がないなかでどうやってPRするのかの経験をたっぷり積んできました。このノウハウで、同じような悩みを抱えていらっしゃる企業の皆さんのPRのお手伝いもしたいなって思うんです。

もちろん、商品について語れるのは、作っている人しかいません。確かに販売してくれる小売店の皆さんも知識は持っていますが、その熱量は全然違う。当事者が語る熱量を超えるものはないんです。でも、うまく伝えたり、売りだしたりする方法が分からず伸び悩んでいる方は多くいると思うので、そんな人たちをお手伝いして、一緒に盛り上げていけたら。それが、私たちを支えてくれた福岡の方、九州の方への恩返しになるんじゃないかなと考えています

まさに起死回生の策で、ピンチを乗り越えたタケシゲ醤油。ときに失敗することはあっても、しっかりと次へつなげる前向きな姿勢が今の人気に繋がっているのでしょう。「ニワカそうす」は、福岡の飲食店でも多く使われています。初めて知ったというあなたも、実はもう口にしたことがあるいつもの味かもしれませんよ。

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紙とWEBの編集ライター
戸田 千文
愛媛県出身。広島、東京生活を経て、転勤族の夫とともに2018年夏に福岡暮らしをスタートした。情報誌やレシピ本、WEBコンテンツの企画・制作を通して出会うローカルのおいしいモノ・楽しいコトが大好き。

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