国内での多店舗展開ではなく、海外でうどん文化を広めたいと考えた
9月下旬、開店準備のためにフランス・パリに入った店主・玉置さん
福岡に「うどん居酒屋」という業態を根付かせた玉置さんが、海外進出を意識したのは、自身の2店舗目となる「釜喜利うどん」をオープンさせた2013年頃だった。
「2店舗目をオープンさせると、多店舗展開をされている業界の先輩方から誘われる機会が増えるんです。「釜喜利うどん」をオープンさせた頃がちょうどそんな時期でした。ある店の大将から『夢はあるとや?』って聞かれたので、とっさに『ニューヨーク進出です!』と答えたんですけど、そこにいた別の店の店主から『玉ちゃんだったらいけるよ』と背中を押してもらって。国内で多店舗展開するよりも、海外に出てうどん文化を広めていく方がいいなって思ったのが、ちょうどこの頃でした」。
そんな玉置さんは2016年、一風堂の河原社長がニューヨークで開催するイベントに誘われ、ニューヨークを訪れた。出店を意識した状態で街を見て、たくさんの人の話を聞いたものの、「ニューヨークはワクワクするだろう?」と問われたときに、全くワクワクしていないことに気づいたそう。
「街の規模が大きすぎて、人と人とがつながるイメージが沸きませんでした」。
一方、パリを訪れた玉置さんは、『八兵衛』の店主・八島且典さんの紹介で、当時はパリにあり、現在は福岡で営む「Sola」の吉武広樹シェフや、「Restaurant PAGES」の手島竜司シェフ(熊本出身)など、九州に縁のあるシェフと知り合い、パリで店を開くことに関するリアルな情報を聞くことができた。
「地下鉄の駅で偶然知人に会ったりもして、パリでは人と人とのつながりを感じることができました。難しさも理解できたけど、感覚的にパリの方が現実味があると感じて、それ以降、パリに店を出したいといろんな人に話すようになったんです」。
現地パートナーと出会い、パリ出店計画が動き始める
1年半ほど前に1カ月パリに滞在。食材選びや試作を繰り返した
自ら「パリに出店する」と発信していた玉置さんに、複数の人から「紹介したい人がいる」という話が届く。全く違うルートであるにもかかわらず、その紹介したい人というのが、同一人物だったそうだ。その名は福田健一さん。パリで行列のできるラーメン店「博多ちょうてん」を展開するJFPM GLOBAL SARLの社長だった。氏は飲食店未経験でありながら、たった2カ月のラーメン修業で単身パリに渡り、半年で店を作り上げ、たちまち行列店を築き上げたバイタリティに満ちた人物。
「2017年1月、東京で初めてお会いして、すぐに意気投合しました。パリでの出店は、営業権や雇用の問題など、日本とは異なる風習がいくつかあります。福田さんは現地での出店ノウハウを持たれています。一緒にしよう!と決めてからは、私がパリへ行ったり、福田さんが福岡に来られたりして親交を深めていきました」。
パートナーが決まり、具体的な出店準備に入った玉置さん。今から1年半ほど前、パリに1カ月ほど滞在し試作をスタートさせる。「釜喜利うどん」といえば、そのだしの美味しさに定評があるが、その味を再現するための食材選びに苦労したという。
「フランスは動物性の水産加工品を輸入することができないため、だしの決め手である鰹節といりこを日本から持ってくることができませんでした。そこで、鰹節は枕崎水産加工業組合がフランス・ブルターニュ地方で製造しているものを使用。いりこはスペイン産のものを見つけ、それを使うことにしました」。
続いて、パリ出店の最大のポイントともいえる営業権の問題に着手する。パリでは、物件のオーナーとの賃貸契約を結ぶと同時に、現在営業している営業者(テナント)から営業権を買い取る必要があるが、その価格は年間売り上げの1年分と言われている。また、現在の営業者から雇用されていた従業員を引き継ぐ義務もある。
新店舗はパリの中心地にあるオペラ地区に誕生。日本食のレストランも点在している
玉置さんは福田さんとともに準備を進め、2019年春、パリのオペラ地区の物件に出店することが決まった。
「福岡で『二○加屋長介』や『釜喜利うどん』をオープンしたときと同じ考え方なのですが、路地裏でもいいから主要駅から近い場所がいいと考えていました。この物件に決めたのは、その条件に合致していたことと、近くに日本の文化が好きな人たちが集まる場所がいくつかあることが大きいですね。周辺を歩いていると、“ジャポネ”という単語が聞こえてくるんです。ほかのエリアではなかなかないことなんですよ」。
そして、特筆すべきはパリで初めてとなるセルフ方式を取り入れたことだ。
「フランス人って、食事の時間をとても大切にするんですよね。仕事が終わって一度家に帰って着替えて食事に出かけるので、スタートが遅いんです。そうなると、1回転しかできず、商売的には厳しくなってしまいます。一方で、近年は一人でも好きな時間に好きなものを食べるようにもなってきていて、ビュッフェスタイルのカンティーヌ(食堂)も人気を集めています。今回の新型コロナウイルスによって、食文化も変わっていくことでしょう。讃岐の製麺所にある天ぷらを揚げ置きするセルフのスタイルを取り入れることで日本のうどん文化を伝えられますし、商売的にも回転する店になると考えました」。
さまざまな困難を乗り越え、2020年10月、ついにオープン!
玉置さんたちは2019年秋の開業をめざし、着々と準備を進めてきたが、物件や従業員の引き継ぎなどの交渉に時間を要し、イエローベスト運動に伴うデモも盛んに。開業を見合わせていたところに、新型コロナウイルスの感染拡大が進み、2020年3月、パリの街はロックダウンに入ってしまう。
2020年5月にロックダウンは解除され、玉置さんは10月1日にオープン日を定め、準備を再開した。
スタッフは15名。全員が正社員採用。福岡から2名のスタッフが赴き、指導に当たっている
「9月初旬に1人、中旬にもう1人、スタッフを現地に送り込みました。9月下旬には私もパリに渡ったのですが、工事がうまく進まなかったり、備品が届かなかったりして、10月1日のオープンを延期することに。工事の人が来ないとか、モノが予定通りに届かないといったことはフランスではよくあることらしく、日本だったらイライラしてしまったかもしれないけれど、フランスですからね(笑)。現地スタッフのトレーニングも予定より長くできましたし、オープン前の3日間は無料の試食会を行ない、10月8日にオープンを迎えることができました」。
無事にオープンを迎えたものの、玉置さんは現状に満足しているわけではない。
うどんは相場よりも安めの10〜14€に設定。天ぷらは1つ1〜3€
「フランスの人たちは正直にモノを言われます。だしが力強くて美味しいと言ってくださる方もいれば、量が少ない、おにぎりの成分表示をした方がいいといった声もありました。これからは、それらの声を反映させて、改善を行なっていきます。今回、宣伝などは特にしていません。いきなり流行ってよくない評判が広まることが好きではないんですよね。ゆっくり鍛えていって、徐々に広まっていったらいいなと考えています」。
近年、パリにおいて日本の食文化が注目され、ラーメン店やうどん店に行列ができるようになった背景には、フランス料理の世界で活躍する日本人シェフの功績が大きいと、玉置さんは言う。彼らの活躍によってフランス人が日本の食文化に興味を持つきっかけとなっているからだ。また、パリには福岡に縁のある店もいくつか出店している。
「福岡って、自分の店以外のお店を応援する文化がありますよね。パリでも、「Les Trois Chocolats」の佐野恵美子さんや、「一風堂」のフランスの責任者である満岡さんは、現地のことをたくさん教えてくれたし、応援してくれています。ありがたいですね」。
10月20日現在、パリは夜間(21:00〜翌6:00)の外出が禁止されている。観光客が殆どいない状況でのスタートは不安も大きいはずだ。それでも玉置さんはヨーロッパにうどん文化を広めるべく、次なる目標を設定した。
「2021年までにパリであと1店舗出店したいと考えています。パリに2店舗を構えた後は、ヨーロッパへ拡大していきたいですね。といっても、自分からガンガンいくというよりは、パリのお店を見て、自分の国でも一緒にやりたいと言ってくれるパートナーと出会っていけたらいいと思っています。1年のうち2カ月程度パリに滞在し、ロンドンやベルリン、アムステルダムなどに足を運んで出店地域を探るような動きもしていきたいですね。うどんはヨーロッパにおいてまだ新しい文化ですし、今後、さらに拡大していく可能性は大きいと思っています。福岡から赴任してくれた笠置と石橋の2人が現地にいることが何よりも心強いですね」。
そう語る玉置さんの挑戦はまだ始まったばかり。今後の展開が楽しみで仕方ない。
(撮影=吉野英昌)
【釜喜利うどんパリオペラ店】
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