“鶏ふん”でアサリの漁獲量UP。トリゼンオーシャンズによる奇跡の環境問題解決法⁉

近年、日本近海での漁獲量は減少を続けています。要因として、乱獲、地球温暖化による海水温上昇や生態系の変化、藻場の減少が挙げられます。加えて、問題となっているのが、海中の栄養分が不足する〝海の貧栄養〟ですが、この解決に、養鶏で発生する鶏ふんの活用を提案する福岡市のトリゼンオーシャンズ㈱の取り組みを紹介します。

【プロローグ】日本の漁獲量はピーク時の1/3、「漁る(あさる)」ように採れたアサリは何と1/16にまで落ち込む

1282万㌧(1984年度)から442万㌧(2018年度)へ――。水産庁がまとめた『令和元年度水産白書』によると、日本の漁獲量はピーク時の1/3まで減少している。中でも1983年度16万㌧だったアサリ類は1万㌧となり、1/16にまで落ち込んでいる。

出典)水産庁『令和元年度 水産白書』

日本人一人あたりに換算すると、106.0㌔だった漁獲量は35.4㌔まで減少し、アサリについては1.32㌔だった漁獲量が、0.13㌔にまで先細っているのだ。

出典)Webサイト『Fish Lovers Japan』 出所)農林水産省 漁業・養殖業生産統計

アサリは貝塚からも数多く出土されているように古来、日本人となじみが深い。「漁る(あさる)」ように採れることから、その名が付いたとも言われているほど、日本人の食生活で身近な貝だった。

これらの減少要因として、地球温暖化による海水温上昇生態系の変化乱獲などが挙げられる。さらに魚介類の生息を支える藻場の減少に加え、森林減少やダム・河川が整備された結果、海中の栄養素が不足する〝海の貧栄養〟も指摘されている。

〝海の森〟ともいわれる藻場は、多くの水中生物が暮らし、産卵や稚魚成育の場だ。藻場は水中の有機物分解をはじめ、炭酸ガスを吸収しての酸素供給などの役割も担う。その藻場が瀬戸内海の場合、30年間で7割も減少したという。このような藻場の減少要因として、海の貧栄養が大きいと考えられる。

海の貧栄養解消や藻場再生を目指し、従来〝厄介者〟扱いだった鶏ふんを〝海の肥料〟とすることで環境問題の解決に取り組む会社が福岡市博多区にある。養鶏から加工、流通・販売、飲食までの鶏ビジネスを一貫して手掛けるトリゼンホールディングスグループで、農業環境事業を担うトリゼンオーシャンズ株式会社だ。

70年余り鶏一筋のビジネス展開で、重大な問題に直面する

ユニークな〝鶏ビジネス〟を手掛けるトリゼンホールディングスのルーツは、1949年に福岡市・吉塚で創業の〝町の鶏肉店〟だった。戦後の経済成長で商売を伸ばしたものの、販売量の拡大と共に仕入量の確保で困難が生じた。このため、“川上戦略”である養鶏場経営への進出を図った。当初は失敗の連続だったものの、養鶏事業を軌道に乗せて、ブランド鶏『華味鳥』の成功で一挙に事業を拡大させた。

養鶏事業を拡大させる一方、水炊き店『博多華味鳥』をはじめとする“川下戦略”である飲食事業を手掛けた。現在、地元・福岡を拠点に東京・銀座をはじめ7都府県と海外で38店舗(2020年9月時点)を展開する。

養鶏~加工~流通・販売~飲食という〝鶏の垂直統合ビジネスモデル〟を構築したトリゼンホールディングスグループでは、直営・契約養鶏場で年間550万羽~600万羽を養鶏する。

そして、養鶏場で排出される鶏ふんは実に年間2万㌧に上り、強烈な悪臭という問題も抱えていた。膨大な量の鶏ふんは従来、産業廃棄物として処分していたものの、事業拡大と共に鶏ふんの処理問題は、深刻度を増していった。

悪戦苦闘して開発した鶏ふん由来の肥料が〝海の肥料〟になる

実は、鶏ふんには窒素やリンなどの有機物を豊富に含んでおり、肥料として最適だ。この点に注目して悪臭や大腸菌を取り除き、鶏ふんを農業用肥料へリサイクルする研究・開発を2011年から始めた。

難問だった鶏ふん特有の強烈な悪臭は、バイオ菌を用いた独自の生菌処理で挑んだ。試行錯誤の末にバイオエキス『華燦々』の開発に成功して、鶏ふんを完全発酵させることで悪臭問題を解決した。

鶏ふんを独自のバイオ処理で商品化した農業用肥料『華煌ら』は、農林水産省認定の農業用普通肥料として発売した。しかし、農業用肥料市場は競合の多い上に成熟した市場だったため、新規参入組としては販売面で苦戦を強いられる結果となった。

鶏ふんが増え続ける一方で、農業分野ではコスト高の普通肥料の販売は伸びず、まさに〝フン詰まり〟状態が続いた。そうした中、地元の環境関連NPOの協力を得て、バイオエキス『華燦々』に含まれる微生物による土壌改良効果を用いてヘドロの浄化を試験的に取り組んだところ、業界紙の記者が取材に訪れたのだという。

その記者から海の貧栄養という問題を教えてもらい、さらに瀬戸内海区水産研究所や広島大学の山本民次名誉教授を紹介された。これらの出会いがきっかけになって、鶏ふん由来の農業用肥料を〝海の肥料〟とする研究・開発に着手することとなった。

海の肥料化で最大の懸念は、窒素やリンなどの有機物を大量に海中に投与すると起きる赤潮だった。バイオ処理を施した鶏ふんに鉄粉や酸化マグネシウムを配合することでブロック状の固形化に成功して商品化した。

海洋栄養ブロック『MOFU-DX』は、窒素とリンなどの栄養分が緩効性と持続性を持って溶出することで赤潮の問題をクリアした。さらにプランクトンやバクテリアを持続的に増殖させることも可能となって、海の貧栄養を解決できる環境商品として期待を集める。

トリゼンオーシャンズ株式会社の福岡浩一製造・開発部長は、次のように語る。

福岡部長

海の貧栄養を解決する海洋栄養ブロックの商品化では、無臭化を可能としたバイオエキスの開発がカギとなり、試行錯誤の末に〝配合の黄金比〟を発見できたことが大きかった。《畜ふん問題で悩んでいる方々のために何とかしたい》《研究者として、海の貧栄養を解決して、お役に立ちたい》との一心で研究開発に取り組んだ。
その結果、厄介者扱いだった鶏ふんが、豊かな海づくりに貢献できる幸せと共に世の中に広めていくことの難しさを実感している。

広島大学と共同研究、NHKなどの報道で全国的な注目を集める

斬新な海洋栄養ブロックの研究開発は、広島大学大学院統合生命科学研究科との産学協働事業として立ち上げた。その性能評価は、同大学の瀬戸内圏フィールド科学教育研究センター竹原ステーションで改善効果が測定され、さらに瀬戸内海(広島県の尾道市、廿日市市)や有明海(熊本県玉名市)での実証実験においても改善傾向が確認された。

一連の取り組みがNHKなどマスコミでも紹介され、海洋栄養ブロックの存在が全国的に知られると、同様の問題を抱える全国の水産会社や漁協、自治体などから引き合いが来るようになったという。

トリゼンオーシャンズ㈱の河津善博社長は、次のように語る。

河津社長

山の豊かな栄養分を含んだ土砂は、川を流れて海を豊かにする。今日、ダムや護岸工事などによる海の貧栄養に対して、〝海の肥料化〟のパイオニアとして解決したいと考える。海の貧栄養で困っている漁民の方々と鶏ふんの処理で困っている養鶏業の方々が、共にwin-winの関係になる問題解決を実現していく。
今後の世界の人口・経済が高まると、養鶏や採卵も増え、結果的に鶏ふんも増えていく中、私たちの取り組みは“持続可能な社会”をつくる開発目標(SDGs)そのものだといえる。

【エピローグ】『カンブリア宮殿』登場の経営者は、”厄介者”の鶏ふんで環境問題の解決に挑む

河津社長は、人気テレビ番組『カンブリア宮殿』の2019年03月14日放送分でトリゼンフーズ会長として登場。座右の銘として「人間万事塞翁が馬」と記したが、この言葉には、人生における幸、不幸は予測しがたい。幸せが不幸に、また不幸が幸せにいつ転じるかわからないという意味がある。

鶏ふん処理問題を契機にして、鶏ふんを原料とする農業用肥料が誕生した。その後、販売不振という事態が、〝海の肥料〟へ挑戦するきっかけとなり、鶏ふん由来の海洋栄養ブロックを生み出した。

日本の水産業界に一石を投じたい」「鶏ふんで貧しくなった海を肥やしていきたい」「豊かな魚介の恵みを復活させたい」との思いを抱く河津社長は、残りの人生を〝海の貧栄養〟の解消事業に賭けていく覚悟だ。

Withコロナ・ポストコロナ時代は先の見えない時代でもあり、自らの思いや夢、志などを抱きながら、一歩前へ踏み出す〝勇気〟が必要だと、筆者は考える。いま、自らの未来をつくり出していくためにも勇気を持って、アクションを起こしていくことが求められるのだ。

<参照サイト>
水産庁『令和元年度 水産白書』
水産庁『藻場の働きと現状』
マルハニチロWEB マガジン『海といのちの未来をつくる』「アサリは美味しいだけではなく、海の環境保護にも役立っています」(2019年3月28日)
Fish Lovers Japan 秋の旬を迎えるアサリの、完璧な選び方と砂抜きの決定版的まとめ
トリゼンオーシャンズ株式会社Webサイト

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編集者兼ライター
近藤 益弘
1966年、八女市生まれ。福大卒。地域経済誌『ふくおか経済』を経て、ビジネス情報誌『フォー・ネット』編集・発行のフォーネット社設立に参画。その後、ビジネス誌『東経ビジネス』、パブリック・アクセス誌『フォーラム福岡』の編集・制作に携わる。現在、『ふくおか人物図鑑』サイトを開設・運営する。

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