「福岡のアート」というテーマを聞いて真っ先に足を運んだのが、福岡市博多区にある「博多町家ふるさと館」でした。そこには、昔話の絵本で見たような機織り機が。
こちらは博多織工芸館に展示されていたものです
女性の職人さんが両手両足を巧みに使って織物を作り進めている様子と、バタン、バタン、ギコッ、シュッ、バタン、バタン、と心地よい音を鳴らす機織り機に耳を奪われているうちに、女性の手元には織物がどんどん出来上がっていきます。機械化が進んだ現代では聴く機会のない、印象的な音でした。
この様子に心惹かれた私はその女性に「これはなんて言う織物なんですか?」とたずねました。すると女性はその心地よい音と独特のリズムを止め、「伝統的工芸品の博多織といいます」と答えてくださいました。
これが私との博多織の出合いです。大学進学のために地元鹿児島を離れて二年が経つ私が出会った初めての伝統的工芸品でした。その後すぐに博多織について調べ、その奥深さにぐぐっと引き込まれていきました。今回ライターの機会を頂いたので、普段お会いすることのできない方や場所をめぐっていこうと思います!
博多織の歴史~山笠と同じ年に誕生!~
こうして出合った「伝統的工芸品」ですが、生活の中でたまに耳にしたことはあれど、それが具体的にどのようなものなのか詳しく知りませんでした。
調べてみると伝統的工芸品として選ばれるには経済産業大臣指定の5つの要件を満たさなければならないようで、博多織は1976年に国によって伝統的工芸品に選ばれています。
博多織の他にも福岡県には6つの伝統的工芸品があり、
福岡県知事指定の特産民工芸品は34もあるんです。
福岡には古くから続く技術がこんなにもたくさんあるんですね!
その歴史を知るべく、博多織工業組合さんに取材をさせて頂きました。
「鎌倉時代から続く博多織は、もう800年近い歴史を持っている伝統工芸品なんです」
そう話してくださったのは博多織工業組合代表理事の寺嶋貞夫さん。
寺嶋さん「鎌倉時代に満田彌三右衛門(みつたやざえもん)と圓爾辯圓(えんじべんえん)が宋へ渡り、織物の技術を学んだことが博多織の始まり。その後、満田の子孫によって改良され広められました。ちなみに同じ年に博多祇園山笠も始まっています。
このフクリパの岩永さんの記事でも紹介された承天寺に、実は博多織発祥の石碑もあります →時代の最先端が入ってくる都市に根付く“DNA”とは?
さらに江戸時代には、黒田藩によって博多織が江戸幕府への献上品として選ばれたことで、その名が全国へと知れ渡りました。その時に織られたものが皆さんも耳にしたことがあるであろう『献上柄』なんです。献上柄には煩悩を追い払うための独鈷(どっこ)と先祖供養の儀式の時に花を散布するために用いられた華皿(はなざら)が描かれています」。
当時の職人さんたちの思いの込められた一品なんですね!
こちらが献上柄
その後献上柄は高級品かつ販路の制限された希少性の高い一品として全国に名を広めました。
博多織の特徴~親子関係が縞模様に!~
「博多織の柄には、職人たちの思いがとても繊細に込められているんです」
と組合の理事であり、株式会社鴛海織物工場の代表取締役・鴛海伸夫さんは話してくださいました。
博多織にはどんな思いや意味が込められているのでしょうか。鴛海さんに詳しく伺ってみました。
鴛海さん「例えば献上柄には中子持(なかこもち)、両子持(りょうこもち)というものがあります。これらは太い線が親、細い線が子を表しているんですね。両子持は中に太い線が来て、それを細い線が挟んでいます。その様子が親(太い線)を子どもたち(細い線)が守っているように見えるという描写から、『孝行柄』と呼ばれているんです」
〇部分が両子持(左)、中子持(右)です
私はこのお話を聞いた瞬間、心が震えました。博多織の魅力が倍増しました。太い線を守るように細い線が囲っているから孝行柄。これは母の日や父の日のプレゼントにもってこい!柄の意味合いや込められた思いを分かったうえでの博多織製品のプレゼントなんて素敵ですね!
博多織の今~時代とともに変化する工芸品!~
伝統的工芸品の博多織は現在どのような活動を展開しているのかお聞きしました。
●HAKATA JAPAN
こちらは福岡市博多区にあるHAKATA JAPAN https://www.hakatajapan.jp/index.html
鴛海織物工場さんが経営されているコンセプトショップです。
HAKATA JAPAN 店舗内の様子
「HAKATA JAPAN」は2000年にニューヨークから始まった博多織の新しい価値を生み出すブランドです。
博多織という緻密で良質な、そして丈夫な絹織物を、世界に通用するファッション・インテリア素材として、バッグ・小物・アクセサリーや照明などオリジナルデザインのアイテムとして世に送り出しています。
HAKATA JAPANで販売されている製品。サコッシュ(上)、ぬいぐるみ(下)
具体的には献上柄の刻まれた財布にイヤリング、上着やカバンなどがあり、博多織製品の種類は多数!一つの製品においても色や柄の展開は豊富でどのような方にも喜んでいただけそうなものばかりでした!自分へのご褒美や大切な方へのプレゼントなど、その使い方はたくさんありそうです!
こちらは寺嶋さんご愛用の博多織で作られた名刺入れと財布。博多織は日常使いできるアイテムが豊富にあることがわかります。やはり定番はお財布のようです。特に献上柄をモチーフにしたものが人気のようで、私自身もお財布が気になって何度も手に取ってしまいました。
博多織は帯以外のものにも姿を変えて輝いているんだなと思いながらお話を聴いていると、応接室に飾られていた書を指さして「実はこれも博多織なんですよ」と寺嶋さん。
うそでしょ!立派な書物だなと感心しながら入室した私は仰天。
しかし、近づいてよく見てみると確かに織物なんです。思わず口を開けたまましばらく眺めてしまいました。
書に見えたもののアップの写真
「デザインをパソコンで行うことで、こういった難しいデザインも可能になったんです」
と鴛海さん。
●博多織ディベロップメントカレッジ
さらにこれだけではありません!
なんと伝統的工芸品を伝承するために、そして若い感性を取り入れて世界に博多織を届けるために博多織ディベロップメントカレッジを2016年4月に開校されているんです。
http://www.hakataoridc.or.jp/ (博多織DCのHP)
学長は博多織職人で人間国宝の小川規三郎さんが務め、博多織職人になるための技術と独立するためのノウハウを教えてくれます。伝統的工芸品を作る技術を職人さんから直接指導を受けることができる学校があるとは、何とも興味深いですね。
記事を書いているときに飛び込んだ、博多織の今を知るニュース
さらに今皆様が特に気にかけておられるであろう新型コロナウイルスに関しても、博多織ならではの取り組みの情報が飛び込んできました。
ニュースでも何度も取り上げられている「マスク不足」に対し、西区小戸にあるサヌイ織物さんで、なんと博多織で作られたマスクを配布されると知り、配布当日に取材に伺わせて頂きました。
3月21日に讃井勝彦代表取締役ご本人が、博多織工芸館と博多駅マイングにて配布されました。
博多織マスク配布の様子。配布開始3時間近く前からお客さんの列ができていました
「博多織は職人がいるだけでは成り立ちません。産業ですからお求めいただく地域の皆様がいて何とかやっています。ですからこの機会に恩返しができないかということで作り始めました。現在3,000枚作っていまして(3月21日時点)、マスク不足でお困りの方の一助になればと思い、これからどんどん無償で配布する予定です」
と讃井社長。
実際に配布された博多織製のマスク
博多織マスクの名前は~kiyasume~ 「検査機関を通していないのでマスクとしての効果は実証できないからお気持ち程度に」という理由からこの名前を付けたそうです
博多織工芸館にはこれまたたくさんの製品が。特に私が気になったのは世界的有名スニーカーメーカーのVANSとコラボした製品。
スニーカーという、より生活に密着したサヌイ織物さんの製品。讃井社長に博多織の現状とビジョンについて伺ってみました。
讃井社長「まず博多織は伝統的工芸品です。これは経済産業省が定めています。ですから博多織は産業でないといけない。つまり、博多織製品によって税を納めなければいけないし、雇用も生まなければならない。それがうまくできているとは言えないのが博多織の現状です」。
─博多織は織物だけでなくたくさんの商品展開をしているので、そのような印象は持っていなかったのですが…
讃井社長「そうでしょう。けど単に小物製品をたくさん作ればいいというわけではないんです。経済産業省の要件にもありますが、伝統的工芸品は生活に密着していなければならない。今はそれが完全にできているとは言えない。だからもっと私は皆さまの生活に博多織を見る機会を増やしていきたいんです」。
─博多織を意識する機会を増やして密着度を上げるということですか?
讃井社長「そうですね。例えば今年度から福岡市の公立中学校のネクタイが献上柄になります。これは博多織ではないですが、献上柄のネクタイを着けた中学生12,000人が毎日登下校します。3年経つと36,000人になります。ほかにも福岡市内のすべての自動販売機を献上柄にしたいと思っています」。
─博多織工芸館の前に設置してあったようなものですね!珍しいなと見ていました。
讃井社長「はい、あんなふうにして博多織を生活に溶け込ませていかなければ、博多織の未来はありません。ほかにもうちでは、レクサスのフロアマットも作っています」。
─レクサスってあの、レクサスですよね。車の。それはまたすごい。
讃井社長「大変でしたよ。何度も耐久審査を重ねて結局3年半かかりました」。
実際にフロアマットに使用される生地。あのレクサスのアローヘッドマークが織り込まれています
─3年半も!そこまで時間をかけてトライする、その根源にはどんな思いがあるんですか?
讃井社長「やはり、この素晴らしい製品を発展させていかなければならない。というところからでしょう。伝統的工芸品に指定されてから『博多織はこうでなければいけない』というような風潮が確立されすぎてしまいました。昔から変わらないのは『博多織が素晴らしい織物である』ということだけです。だからお高く留まっているだけでは未来はありません。あらゆる企業が欲しいものとして素材を提供できるかどうか、これが博多織のこれからにかかってきます」。
─製品ではなく、素材ですか?
讃井社長「そうです。博多織が発展するには、生活に溶け込むだけではなく、求められる素材として生きることが重要です。B to C(Business to Customer、法人対顧客の略)だけで考えていては現状と変わりません。B to B(Business to Business 、法人対法人の略)を考えていかなければ経済的な発展はしません」。
─なるほど。先ほどのレクサスの例はつまりそういうことなんですね。
讃井社長「はい、そうです。周りのニーズに応えていかないと博多織は衰退する一方です。博多織はもっと未来を見据えて活動していかないといけない。先を見据えて活動を促せる人が必要です」。
と熱くお話していただきました。
800年近い歴史の中で、何人もの職人さんたちが特別な思いで改良し、改革し、今日まで博多織を伝承してきました。それは今もこれからも変わりません。博多織にかかわる人々が「これから」を考えて活動している。取材をしたお三方それぞれが博多織に特別な思いをもって活動しておられました。
今まさに、博多織は旬!
博多織のこれからを見据えて職人さんたちが大きな情熱をかけて尽力しています。
とてもホットなトピックである!そう確信しました。ぜひ皆様にもこれからの博多織にご注目いただきたいです!
新しいチャンスをつかむために生まれた伝統を守り、次の時代に伝承するべく発展させ、職人の思いを乗せて時代を渡る博多織。職人と福岡の人々、歴史と現状とこれから、これは歴史と博多人の織り成すアートである。そう確信した取材でした。