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ドラえもんと友達になる前にヒトはどうあるべきですか?|出口康夫『京大哲学講義 AI親友論』徳間書店

ビジネス系書籍をアカデミズムの世界から紹介してくださるのは、福岡大学・商学部の飛田努准教授です。アントレプレナーシップを重視したプログラムなどで起業家精神を養う研究、講義を大切にされています。毎年更新されるゼミ生への課題図書リストを参考に、ビジネスマンに今読んで欲しい一冊を紹介していただきます。

 みなさん,生成型(がた)AIを使ったことがありますか?2023年,世間を騒がせた人,モノ,出来事はいろいろとありましたが, ChatGPTに代表される生成型AIの登場は大きなインパクトのある出来事でした。

 

 ChatGPTの登場で私の仕事の仕方もだんだん変わってきました。それまで長い時間をかけて行っていたことが,生成型AIのアシストを受けることで,短時間であっという間にできるようになりました。あるいは研究の一環として経営者にインタビュー調査を行えば,(正確性はまだまだ人間が行った方が高いのは言うまでもありませんが)音声ファイルをテープ起こしをするサービスにアップロードし,1-2分後には(誤字脱字はあるものの)読める原稿を作成します。さらには,そこからインタビュー内容を要約するサービスもあり,仕事の効率性は格段に高まりました。これまで文献や資料を集め,読み込み,整理して,考え,立論して論文を書くというステップを踏むのに長い時間がかかっていましたが,この時間が短くなっていることを実感します。これからさらに進化することが見込まれていますから,ますます効率的になるでしょう。ただ,これが生産性向上を意味するかどうかはよく考えないといけないかもしれません。

 

 こうして私自身が生成型AIを活用することの意義を実感し始めたこともあり,ライフワークの1つとして進めている高大連携アントレプレナーシップ教育プログラム「スプラウト」のカリキュラムの1つでこれを活用することにしました。厳密には高校教育の現場では生成型AIの利用に保護者の許可が必要ではありますが,プログラムを実施している高校にご協力を頂いて一部のクラスでChatGPTを活用しています。このプログラムを「スプラウト」の日本語訳とAIが混ざっていることをかけて「kAIware(かいわれ)」と名付けました。そして,ゼミ生が中心になってカリキュラムを開発しています。

 

 kAIware5回から構成され,①高校生にとって重要な課題を抽出する,②その課題の構造を分析する,③その課題を解決することを望む人物像(ペルソナ)を明らかにする,④ペルソナが必要としているサービスを検討し,バリュー・プロポジション(価値提案)・キャンバスを用いてビジネスプランを固める,⑤ビジネスプランを基礎にプレスリリースを書くというプロセスを経て,最終的にビジネスプランを発表します。この①から⑤のプロセスで生成型AIのアシストを受けながら,高校生自身の考えをブラッシュアップしていきます。

 

 

 従来であれば,検索サイトでインターネット上にある情報を集約し,得た情報を何らかの視点を導入して整理することからスタートしました。この情報の収集と整理,そして,批判的思考であったり,(この書評シリーズでも紹介してきた)具体と抽象であったり,デザイン思考など視点を導入することで新たな視点を導き出そうとするのですが,それ自体が極めて難しい作業でした。しかし,生成型AIが登場してからは,何を知りたいかを明確に言葉にすれば,あるいは(正確に)「問いを立てる」ことができれば,こうした作業をある程度任せることができるようになりました。実際に高校生たちは,先に述べた①から⑤の課題をいとも簡単に実行し,形にしてしまいました。もちろんその中身の深さや広さ,アイデアの斬新さという観点からはまだまだ課題はありますが,高校生のプレゼンの中にはハッとするアイデア,着眼点が良いアイデアもありました。近い将来,社会に飛び出し,新しい技術とともに次の時代を創り出す若い人たちに,こうした技術を使って「探究」を行う機会を創れたことはわたしたちにとっても良いチャレンジの機会になりました。これによって高校生がどのような能力を身につけることができたかはこれからの研究の中で明らかにしようと考えています。

 

 さて,前置きが長くなりましたが,今回ご紹介したい本はこの生成型AIとわたしたちがどう共存していくかを哲学の視点で考察した『京大哲学講義 AI親友論』です。著書の出口康夫先生は京都大学大学院文学研究科の先生で,この先生のことを知ったのは「kAIware」プログラムの落としどころを私なりに考えようと観ていた2本の動画でした。

 

 

 現在,AIの登場が何をもたらすか,マスコミなどでも報道されます。一番わかりやすいのは「人間の仕事が奪われる」というものですが,本書はそのような未来予想をするようなものではありません。筆者の専門である哲学をベースに,私という個人から「わたしたち」と概念を拡張し,そのなかでAIとどのように暮らしていくのかを考えようというものです。決して,人間がAIの奴隷になるだの,AIが脅威になるだのという話ではなく,「AIと人間の関係」,さらには「両者のあるべき関係」(p.3)を考えようというものです。つまり,この本を通じて,わたしたちという人間がいかに「あるべきか」を考える。そうした問いを持った本です。

 

 

 これを考える起点として,筆者は「できること」を基軸に考える西洋哲学に端を発する人間観ではなく,「できなさ」に焦点を当てた人間観を提案しようとされています。また,「WE(わたしたち)ターン」という価値観の転換を表現していきます。

 

 人間が他の生物や人工物として比較して優れている点として「知的能力」が高いことが挙げられます。その知的能力を持って,わたしたちはこれまで豊かな生活を享受することができるようになりました。人権という考え方によって,支配する側と支配される側の関係が考えられ,自由で民主的な生き方をすることが多くの場所でできるようになりました。それも人間が知性をより良いことにどう使うかを考えた結果です。しかし,AIの登場はその「知的能力」を脅かすものだと言えます。

 

 これに対する対応策として「他にできること」を導くことで置き換えが可能になるという考え方もありますが,これを筆者は否定します。機能主義的人間観を捨て,新たな見方を提示します。それが「『わたし』=個人としての人間は,『自分一人では何もできない』ということ,そして自分の行為を支えてくれる数多くのエージェントのうち,どれ一つをも,『完全にコントロールすることができない』ということ。この二つの『できなさ』」(p.25)に注目しようというのです。この「自分一人では何もできない」と「完全にコントロールすることができない」という2つのできなさに着目することで,「人間失業」の状態から脱することができるのだと言います。

 

 このとき,私の行為は私だけのものではなくなります。私の周りには私ではない他者がいて,その他者と関係を築きながら生きていく。こうして,私はわたしたちと拡張され,自動的に「We」を見つめるようになることを筆者は「WEターン」と呼んでいます。「『わたし』の認識は『わたし』のみの自己ではなく,『われわれ』としての自己に広がってゆく」(p.33)と考えているのです。そして,こうした考え方が社会に共有され,機能主義的人間観を開放していくことになるだろうと言います。

 

 では,こうした社会において人間はどのような役割,責任を果たしていくのでしょうか。ここで筆者はAIの進化がどのように起きうるかを見つめながら,そこで改めて「人間とは何か?」を考えていきます。つまり,AIの進化,例えば生成型AIに見られるように,私たちが入力した問いに対して瞬時に,(ある程度)正確に解を導くような知性を持つAIは「ヒト」と同じように進化するのか。もしそうだとしたら,わたしたち人間はどこに寄って立つのかを説明していきます。

 

 カントは人間が人間であるゆえんとして,「道徳的であること」を提示しています。筆者はこれをコアにしてWEターンの未来,すなわち「ポストWEターン」を考えます。そこでの「人間」とは「われわれの一員」であり,「われわれの中で一定の位置を占め,一定の役割を担っているもの」だと言います。そして,筆者は「人間とは何か」を問うことは「われわれ」の中で人間の位置と役割を問うことなのだと述べています。では,人間はどのような役割や責任を担っているのでしょうか。筆者は「未来責任」だと言います。

 

 「わたし」はなぜ,このような未来責任を負うのか。それは「『わたし』が『未来』を持っているからです。正確に言うと,『わたし』には『過去とは異なりうる』と言う意味での『本当の未来』があるから」(p.64)だと言います。そして,未来に対して責任を負いうる存在者は今のところ人間だけであると。よって,「未来責任は,優れて人間的な責任」(p.65)だと筆者は述べています。こうして,「未来変更者として未来責任を負っていること,自分の過ちを反省し,二度とそれをくり返さないと決意し努力すること。これが『われわれ』のメンバーの中で人間が,そして差し当たっては人間のみが持つ独自性」(p.66)があり,これこそが人間性や人格の正体だと説明します。こうして人間は道徳性を獲得し,人間独自の価値を得ることになります。

 

 また,AIを備えたロボット,例えば鉄腕アトムやドラえもんのようなロボットが登場したとき,わたしたちはどのように向き合えばよいのでしょうか。アトムやドラえもんはそれぞれ「ロボット格」を持ち合わせ,人間のように対話をすることができます。このとき筆者は「僕たちが目指すべきなのは,単一の価値観・考え方ですべてを塗りつぶしたり,対立する立場同士で覇権争いをすることではないはずです。そうではなく,お互いの価値観・考え方を認め合うような多層的な社会を作り上げて行くべきだ」(p.82)と主張します。そして,「自分たちが持つ価値観・考え方をきちんと言葉にし,異なる立場の人たちと対話を続けていくことが大事」(p.82)と述べます。

 

 ここで鍵となる概念が「自由」であり,西洋的な「自律的自由」,仏教的な「自在的自由」,そして老荘的な「自遊的自由」を比較しながら,わたしたち(とAI)の関わり方が考察されていきます。このあたりはデスクがメンバーのひとりであるPodcast「チノアソビ」でぜひ議論していただきたいところです。

 

 結果,わたしたちはAIとどのように付き合えば良いのでしょうか。詳細はぜひ本書をお読み頂きたいのですが,その糸口として「共冒険者」になるというアイデアが提案されています。AIを何か支配するために使う,AIによって支配されるという短絡的な話ではありません。AIを取り込んだ社会構造を舟のように捉え,まさにアトムやドラえもんがそのように描かれているように,ロボットと共生する社会を構築することがひとつのあり方として示されています。

 

 ここまで筆者の主張をベースに,AIと人間がどう関わり,どう社会を作り上げていくかを述べてきましたが,わたしたちがこうした思考をしておくことはまったく無駄ではありません。無駄どころか,もう間近に迫ったAIとの共生を図る社会のあり方を考える重要なヒントが詰まっているように感じます。そして,AIという人間とは別のものとして扱うのではなく,包摂した社会をどう作り上げるかを哲学的に考える,実はそれは人間そのものがいかなるものかを考える貴重な機会であることを本書はわたしたちに伝えています。

 

 と,非常に雑駁なまとめになりましたが,本書は未来を見渡す導入としてぜひ年末年始にご家族と過ごしながら読んで頂きたい1冊です。

 

 さて,これまで23回,24冊の本を紹介してきた「フクリパBooks」も最終回になりました。当初依頼を頂いたときは「私で良いのか」と不安でたまりませんでしたが,こうした機会を頂くことで改めてさまざまな本を読むことができました。少しでも学ぶ楽しさを知って頂こうと取り組んできましたがいかがでしたか?

 

 伝えたいことが増えるにつれて,文章がどんどん長くなり,読者の皆様には「長いなぁ」「まだ終わらないのか」と思われた方もおられるでしょう。申し訳ありませんでした。ただ,書くに連れて「本をどのような基準で選んでいるのか,その背景も知って欲しい」という思いが強くなり,エッセイのようになっていきました。ぜひこれを機会に書店に足を運んで頂き,本を実際に手にとって読むことをしてくださると幸いです。

 

 どうやらまた別の機会でお会いできることができるようです。そのときを楽しみにしつつ,本連載を終わりにします。皆様,2年間ありがとうございました。

 

 

書籍情報

■京大哲学講義 AI親友論
出口康夫 著
発行:徳間書店
四六判208ページ
定価1,815円(税込)
発行年月:2023年7月31日
https://www.tokuma.jp/book/b630506.html

 

 

■飛田先生の著書はこちら

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福岡大学商学部 准教授
飛田 努
福岡大学商学部で研究,教育に勤しむ。研究分野は中小企業における経営管理システムをどうデザインするか。経営者,ベンチャーキャピタリストと出会う中でアントレプレナーシップ教育の重要性に気づく。「ビジネスは社会課題の解決」をテーマとして学生による模擬店を活用した擬似会社の経営,スタートアップ企業との協同,地域課題の解決に向けた実践的な学びの場を創り出している。 著書に『経営管理システムをデザインする』中央経済社がある。

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