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新入社員よ!アイデアは整理をする中で見えてくる!|佐藤可士和著『佐藤可士和の超整理術』日経ビジネス人文庫

ビジネス系書籍をアカデミズムの世界から紹介してくださるのは、福岡大学・商学部の飛田努准教授です。アントレプレナーシップを重視したプログラムなどで起業家精神を養う研究、講義を大切にされています。毎年更新されるゼミ生への課題図書リストを参考に、ビジネスマンに今読んで欲しい一冊を紹介していただきます。

 4月も半ばが過ぎて大型連休の声が聞こえてきました。

 

 大学は先日まで卒業だったのが,4月からは入学と,目まぐるしく状況が変わっていきます。先日大学や専門学校などを卒業して新社会人となったみなさんと,そして4月から大学や専門学校など新たな学生生活を送り始めたみなさんはそろそろ新生活に慣れた頃でしょうか。

 

 まだどこか落ち着かないところがあるかもしれませんが,今回はこれらの社会人生活そして学校生活をより良く過ごすためのヒントとして,日本を代表するデザイナーである佐藤可士和氏による『佐藤可士和の超整理術』日経ビジネス人文庫を紹介します

 

 

 氏の名前を聞いたことがなくても,その作品=多くの企業のロゴを見たことがある方は多いのではないでしょうか。ユニクロ,楽天,セブン&アイ・ホールディングス,今治タオル…。わたしたちの生活を取り巻く企業のロゴをデザインし,ディレクションされているのが佐藤可士和氏の仕事です。この本は発売されて10年以上の時が流れていますが,氏がいかにして訴求力のあるロゴを生み出しているのか,その仕事術をご自身で語っておられるのが本書の特徴です。

 

 氏は自らの仕事を「コミュニケーション戦略を総合的に立案し,デザインの力で目に見えるかたちにしていく仕事」だと言われています。ロゴ=アートに関わる仕事ですから,ひらめきやセンスが問われそうですが,氏は一貫して「クライアントを診療し,問題を解決していく」仕事だと言っています。だから,相手の思いを整理することが仕事の第一歩であり,「整理するには,客観的な視点が不可欠です。対象から離れて冷静に見つめないと,たくさんの要素に優先順位をつけたり,いらないものをバッサリ切り捨てたりすることはできません。様々に大切なものに焦点を合わせ,磨き上げて,洗練されたかたちにしていきます」と言います。

 

 では,「焦点を合わせて,磨き上げて,洗練されたかたち」にするにはどうしたら良いのでしょうか。佐藤可士和氏は続けて次のようなことを述べていきます。「問題の本質が見えないまま,対処していないか」「その場しのぎの対処では,問題は解決しない」のだと。だから,先に述べているように整理をして,焦点を合わせて,磨き上げて,洗練させることが必要なのですね。

 この本が良いのはそれを言いっぱなしにするのではなく,氏がどのようにして,どのような手順で行っているのかを説明していることです。では,その説明に従って学んでいきましょう。

 

 整理を行うにはどうすれば良いのでしょうか。氏は次のように述べています。

 1. 状況把握:対象(クライアント)を問診して,現状に関する情報を得る。
 2. 視点導入:情報に,ある視点を持ち込んで並べ替え,問題の本質を突き止める。
 3. 課題設定:問題解決のために,クリアすべき課題を設定する。

 

1. 状況把握:対象(クライアント)を問診して,現状に関する情報を得る。

 状況把握のポイントは「微妙なニュアンス」まで問診で把握するということです。デザイン思考などでは「インサイト」「洞察」といった言葉で説明されていることでしょうが,その対象となる人がどのようなことに課題や疑問を持っているのか,悩みごとを抱えているのかを表面的にではなく,その奥底にある真因まで至るように「問診」していくということです。まさにお医者さんが患者さんに問いかけながら,触診をしたり,レントゲンを撮ったりと言ったように,問題の本質に迫ろうということです。

 

2. 視点導入:情報に,ある視点を持ち込んで並べ替え,問題の本質を突き止める。

 視点導入は1で行った状況把握で得た情報をもとにある視点を入れて整理していくことです。この「視点を入れる」のが難しいですよね。この「モノの見方」の面白さ,切り口の鋭さもよく「センス」として語られる部分ですが,よくよく考えればそれもその人がどのような環境で何を見て,何を美しいと感じてきたかの経験値によって積み重ねられる部分ではあります。ただ,それでなくても,学術的な研究で優れた研究を見ていればわかるように,そうした研究も先行研究と呼ばれる過去の研究からよく学び,それを知って試行錯誤して新しい切り口を提示しています。

 

 つまり,これも「センス」ではなく,「よく学ぶ」ことによって得られるモノです。新しい視点を得るには,ボーッと対象を見つめるのではなく,対象が何なのか,どのようにして作り上げられているのかをよく学ぶことからスタートするということですね。氏も「問題の本質を突き止めることとは,何がいちばん大切なのかを見つける,つまりプライオリティをつけること」だと述べており,優先順位をつけるのに視点を入れることが必要だと言います。こうして問題の本質を突き止め,次のステップに進みます。

 

3. 課題設定:問題解決のために,クリアすべき課題を設定する。

 そして,最後に3. 課題設定です。氏は「課題を見つければ,問題の半分は解決する」と述べています。そして,ここからは課題という山に対してどのようにアタックするかですね。視点導入がうまく進んでいれば,解決するべき課題は自ずから見えているはず。一方で,アプローチの仕方を間違えると完成度が低くなってしまうと言います。

 

 著作権の関係でここではお見せすることができないのが残念ですが,この本の最も優れているなと思う点は,この1から3までのイメージを図にして示していることです。これがとてもわかりやすく,ゼミなどの課題解決型授業を進める際にも大学生に紹介しているのですが,この本の対価(文庫本766円,Kindle 566円)はこの図を手に入れることと言っても過言ではないかもしれません。それほどまでにこの一連のプロセスを示した図は素晴らしいです。ぜひ皆さんにご覧頂きたい!!

 

後半:整理の進め方

 ここまで述べられた後,本書は後半に入り,整理の進め方について言及していきます。その整理の視点とは,(1)空間の整理術(2)情報の整理術(3)思考の整理術3つです。(1)空間の整理術とは,できるだけシンプルに(今流で言えばミニマリスト)生活空間を整え,仕事に集中できる環境を手に入れることであり,シンプルだからこそ視点を得やすくなると言います。(2)情報の整理術とは,視点導入の最終目標となる「ビジョン」を導き出すために,視点を見出すプロセスを指しています。

 

 本連載の第5回でもご紹介した『具体と抽象』の行き来によって,今の言い方で言うと「解像度を上げる」ということですね。そして,最後の(3)思考の整理術では,考えを言語化するところから始めることです。氏の言葉で言えば「無意識の意識化というプロセス」です。言わば,自分の心の奥底にあるモヤモヤを言葉にし,それを仮説的に相手に投げかけることが大事だと述べています。この「モヤモヤに言葉を与える」こと自体が極めて難しいのですが,これができるようになると概念の切り分けができ,AA’の微妙な違いを説明できるようになりますよね。

 

 

>>コミュニケーションを円滑にするために「具体と抽象」を学ぶ?|細谷 功(2014)『具体と抽象 世界が変わって見える知性のしくみ』dZERO

 

 そして,最後に佐藤可士和氏は印象的な言葉を投げかけて本書を締めくくります。それは「他人事を自分事にする」というものです。

 

 特にデザインという仕事は曖昧なものを情報にし,さらには問題点を見出して解決するものですから,顧客が抱えている課題や疑問に対して自分との接点を見出していかねば実感が湧かず,目指す方向性も,できあがった制作物も空々しいものになってしまうと言います。一方で,自分勝手に好きなものを作れば良いわけでもなく,「対象の中から本質を導き出すというアプローチだからこそ,いかに自分のモチベーションを上げていくかが大事」だと述べています。

 

 これはとても大事な指摘で,仕事との本質をある意味語っているようにも感じます。ヒトが仕事をする理由はさまざまですが,顧客から頂く仕事に対する対価というのは相手が納得・満足しているからこそ得られるものであって,空から降ってくるものではありません。特に経済活動の主体がサービスという無形で,人によってその価値の感じ方,測り方が異なるような財が中心になっている中では,サービスを提供している側も受けている側も個人の持つ主観,考え方が大きく影響を及ぼしそうです。だからこそ,表面的に取り繕うのではなくて,本質的に何が問われているのかが重要になってきそうですし,そこを丁寧に設計できることが良い仕事をするある種の条件になっていきそうです。

 

 そう考えると,本書は当代一流とされるデザイナーがどのようなことを考え,実践して仕事をしているのかを学べる良書だと言えるかもしれません。繰り返しになりますが,この仕事の手順を示した図は仕事に行き詰まりを感じていたり,イマイチブレイクスルーが得られないなと考えているビジネスパーソンや学生にぜひ読んでおいて欲しいものです。これを身につけていくことで,それまでどことなくボヤけていた世界がハッキリと峻別して,概念的に切り分けて理解できるようになるかもしれません(少し言い過ぎかな)。

 

 新年度を迎えて,心機一転新たなチャレンジをしようとしているみなさんにぜひ手に取って頂きたい一冊です。

 

飛田先生の著書はこちら

経営管理システム(Management Control System;MCS)を設計する経営者は,何を考え,どのような理由で管理技法を選択しているのか?
そして,MCSを通じて経営者の意図をどのように組織成員に浸透させ,組織目的や目標を実現しようとしているのか?
経営者はMCSやその中核である管理会計システムを用いてどのような世界を築こうとしているのであろうか?
本書は,企業内に存在する「思考と現実のズレ」「組織階層間にある認識ギャップ」を調整することを目的として利用されるMCSの構造を明らかにするために,「デザイン」をキーワードとして中小企業における管理会計実践を臨床的に観察しています。
通常なかなか垣間見ることができない中小企業における実践事例を取り上げて究明している点が本書の大きな特徴です。
経営の現場で日々奮闘されている経営者,そしてそれをサポートする職業会計人(税理士・公認会計士)に重要な示唆を提示している研究書です。

*本書は「牧誠財団研究叢書14」(旧メルコ学術振興財団研究叢書)として刊行しています。

 

 

 

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福岡大学商学部 准教授
飛田 努
福岡大学商学部で研究,教育に勤しむ。研究分野は中小企業における経営管理システムをどうデザインするか。経営者,ベンチャーキャピタリストと出会う中でアントレプレナーシップ教育の重要性に気づく。「ビジネスは社会課題の解決」をテーマとして学生による模擬店を活用した擬似会社の経営,スタートアップ企業との協同,地域課題の解決に向けた実践的な学びの場を創り出している。 著書に『経営管理システムをデザインする』中央経済社がある。

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