福岡の人と見て考えるシネマ #03 財津 由香 さん( 一般社団法人 日本アンガーマネジメント協会 ファシリテーター )

映画『アオラレ』をアンガーマネジメントの専門家と一緒に見て、考える。

福岡の人といっしょに、映画を通して時代や社会の様相を探る連載企画。第3回目の作品は、5月28日(金)公開の映画『アオラレ』。一人の女性が鳴らした たった一度のクラクションが、謎の男によるあおり運転を呼び込み、想像を超える惨劇へとノンストップでなだれ込むアクションスリラー作品です。“怒り”が原因とされるあおり運転がテーマの本作について、今回は福岡でアンガーマネジメントのファシリテーターとして活動される財津由香さんをお迎えし、一緒に映画を見て、考えていきます。

あらすじ

美容師のレイチェルは今日も寝坊。あわてて息子の学校へ送り職場へと向かうべく高速道路へ車を急がせるが、ほどなく大渋滞にはまってしまう。車内から顧客へ遅刻の連絡を入れると、度重なる遅刻を理由にその場でクビを告げられてしまう。最悪な気分に落ち込むレイチェルの前で、青信号なのに発信しない一台の車。怒りに任せてレイチェルはクラクションを豪快に鳴らしつけ、車を追い越す。しかし再び渋滞にはまったレイチェルの車に横付けしてきたのは、先ほどの車のドライバー。男は「クラクションの鳴らし方がなってない」と謝罪を求めるが、レイチェルは邪険な態度で拒絶し、車を出す。その後、なんとか息子を学校に送り届けたものの、ガソリンスタンドの売店で、さっきの男に尾けられていることに気づく。そこから、狂気の執念に駆り立てられた男による狂気の“あおり運転”が始まるのだった―。

アカデミー賞受賞俳優である名優ラッセル・クロウが、恐ろしい“あおり運転”のドライバーを演じる本作は、世界中でロックダウンが相次ぐなか封切られたにもかかわらず、18の国と地域でNo.1ヒットを記録。見知らぬ男による不条理な“あおり運転”をきっかけに、観客の想像を超える恐怖の展開へとノンストップでなだれ込むアクションスリラーが、ここ日本でも5/28より全国劇場で公開中、注目を集めている。

この連載では、近年社会問題として注目を集め、ずばりタイトルにも暗示されている“あおり運転”に焦点を当てて、作品と社会を堀り深めていきたい。

あおり運転と怒り

 
なぜ、あおり運転は起きるのか?
 
あおり運転とは、「他の車両の通行を妨害するために行われる危険な運転行為」を指す。あおり運転を実際に行った加害者への調査(参考*1)では、以下が理由として挙げられた。

進行の邪魔をされた。割り込まれた。追い抜かれた。車間距離を詰められた。クラクションを鳴らされた。——いずれも、危険なあおり運転を正当化する理由には足りないように見える。そもそも、危険運転で相手を挑発し、追い込む行為自体に正当な理由は与えようがないのである。なぜならあおり運転とは、運転者による怒りの表明行為に過ぎないからだ。
あおり運転が起きる原因とは、怒りだったのだ
 
あおり運転が日本で注目を集める契機となったのは、2017年6月に起きた東名高速夫婦死亡事故による。以降2018年から警察庁は関連する違反行為の取締りを強化、そして2020年6月にはあおり運転に該当する10種の違反行為 (参考*2)を「妨害運転」として定義する「改正道路交通法」の施行が開始された。
 
歴史を紐解いてみると、あおり運転はまずアメリカで生まれ、社会問題化している

1970年代のロサンゼルスで進行した急速な都市拡大(スプロール化)にともない、渋滞の激化、銃の増加、暑い気候といった要因が揃い、ドライバーたちのストレスを高めた。そして時を同じくして発表されたスティーブン・スピルバーグの映画『激突!』(1971)が、あおり運転の恐怖を広く人々に知らしめた。
 
それから十数年後の1987年の夏、南カリフォルニアの路上で“怒れる運転手”のあおり運転による殺害・傷害事件が連続して発生する。これを報道するにあたり、地元メディアのKTLAが「運転中に怒りを抑えられなくなること、および怒りに起因する危険運転」すなわちあおり運転を「ロード・レイジ(Road Rage / 路上の怒り)」と表現し、以降の呼称として定着していったとされる(参考*3) 。「あおり運転」という日本での呼称ではぼかされた“怒り”という本質が、そこには隠されることなく現れている。

オープニングタイトルでは、米国におけるあおり運転の恐ろしい現状が見られる

そして今回記事で紹介する“怒りの制御トレーニング”=アンガー・マネジメントも、同じく1970年代のアメリカに始まっている。アンガー・マネジメント自体は当時米国で急増していたDVなどへ向けたメンタルヘルスプログラムとして発展したものだが、ある時期よりロードレイジ/あおり運転への公正プログラムとして活用されているものでもある
 
ここからは、福岡で日本アンガーマネジメント協会のファシリテーターとして活躍する財津由香さんとともに、映画『アオラレ』を通じて私たちの「怒り」の本質へ迫っていく。

怒りとは、自らの選択である

 
財津

怒りは、自ら選択しているんです。よくアンガーマネジメントは”怒らなくする”ためのテクニックだと思われますが、怒ること自体を禁じるものではありません。怒っても良いんです。ただそこで重要なのは、後悔するか/しないかという線引きです。たとえば、ただ感情的に怒りをぶつけたせいで社会的に転落してしまう後悔もあれば、信号を守らずに飛び出した子供をきちんと怒らなかったせいで事故が起きてしまう後悔もある。今あなたが抱えるその怒りは後悔しますか?しませんか?という線引きをきちんと仕分け、線引きをして、取るべき行動を選べるようにトレーニングしていくのが、アンガーマネジメントです。


 
アンガーマネジメントでは怒りをライターに例える。怒りの燃料は日々のなかで出くわす思い通りにいかない出来事や焦り、不安といったネガティブな気持ち、そして睡眠不足や疲れ、空腹といった心身の状態などがある。それでは、燃料に火を着ける着火装置は何だろうか。
 
財津

着火のきっかけになるのは私たち一人ひとりが抱いている、“〜べき”という価値観です。これが裏切られた時に人は怒ります。近年は社会の価値観が多様化して、配慮が必要となる“〜べき”が増えたことで、着火の回数が増えてしまったという人もいます。大切なのは相手の価値観を許容できる心の範囲を広げること。アンガーマネジメントはそのためのメソッドを伝えています。


 
そこで、ここからはアンガーマネジメントが基本とする3つのステップをご紹介する。何か怒りを覚える場面に遭遇した時に、以下の① 衝動 → ② 思考 → ③ 行動 のコントロールを進めることで、的確に怒りと対峙できるようになるという。

① 〈衝動〉のコントロール

 財津

まず第1段階として身につけて欲しいのは、怒りの衝動をコントロールするために“6秒待つ”ということです。ヒトを含めて動物は、怒りを感じると体内でアドレナリンを放出します。アドレナリンは、外敵と逃げたり戦ったりするためのパワーを生みだしてくれますが、一方で理性を働きづらくさせる側面もあります。このピークが続くのが6秒間と言われており、アンガーマネジメントでは、まずその時間を待つことを教えます。


 
この6秒を待った上で、怒りを出すか、出さないかを選択する。とはいえ怒りの状態にあって冷静に6秒間待つことは、なかなか難しいのではないか。
 
財津

怒りを逸らすテクニックには、家族の写真を見て我に帰るようにしたり、好きな音楽を聴いたりと、人それぞれのやり方があります。そのひとつとして、自分を落ち着かせるための魔法の言葉=“コーピング・マントラ”も有効です。『落ち着け、落ち着け』や『怒ったら後悔するぞ』などと唱えて、怒りを抑える。ある会社の社長さんは、社員の方を怒る前に『そこに愛はあるのか?』と自らに唱えておられました。感情的に出てしまう言葉や、反射的な振舞いを抑えるには、意識的に怒りの輪の“外”へ出ることが大切です。そのために、時間を開けたり、心理的・物理的な距離を取ってみましょう、という考え方です。


 
 

② 〈思考〉のコントロール

 上記の6秒ルールで一旦反射的な言動を抑え込んだら、次はその怒りの度合いを図るステップに移る。

財津

“思考のコントロールの三重丸”というテクニックを使います(上図参照)。自分の価値観と同じ出来事だから“許せる”を中心として、自分の価値観とは違うが“まぁ許せる”、そして自分の価値観とは違って“許せない”という3つの分類を想定します。この真ん中の“まぁ許せる”のグレーゾーンを広げられると、受け入れられることが増えて、怒る回数を減らせます。
 
ここで大切なのは、その出来事を“正しい/正しくない”や“勝ち/負け”の尺度にあてないようにすることです。怒りの原因となる“〜べき”という価値観は、自分と相手の間でも異なる上に、時と状況によって変わるものでもあるため、そこにこだわってしまうと、許容できる幅が狭くなります。

そういう考え方もあるよなぁ、と許容できる範囲を増やすことで、怒りを長引かせないように自分を変えていきます。そこに勝ち負けはありません。それでもなお“許せない”のゾーンに入る出来事であれば、次のステップに移り、自分が取るべき〈行動〉を決めていきます。


 

③〈行動〉のコントロール

 財津

アンガーマネジメントでは、その出来事が重要か/重要でないか、そして自分の力で変えられるか/変えられないか、という4項からなる仕分け方を教えます(下図参照)。

財津

最も行き場のない思いになるのは、左下欄の“重要だけど、変えられない”ものです。今回の映画に登場する渋滞シーンもここに当てはまりますね。主人公にとっては仕事先への遅刻がかかった“重要”な状況ですが、渋滞自体は自分ひとりの力では“変えられない”。このようなときには、“その状況を受け入れて、いま自分ができることに意識を向ける”ようにします

気持ちを抑えるためにコーヒーを飲んだり、窓を開けて空気を入れ替えたりする。そしてクライアントに遅刻の連絡をしたり、公共交通機関に乗り換えたりするような現実的な行動をとります。大切なのはイライラの中にとどまらず、まず怒りの輪から抜け出て、今できることを行動に移すことです。

 
ここまでの3つのステップを、怒りを覚えた際に実践していくことがアンガーマネジメントの基本となる。
 
財津

怒ってる最中にそんなことできるもんか、と思われる方も多いと思いますが、アンガーマネジメントはあくまで“トレーニング”なので、この枠組みを理解したら、習慣になるまでは繰り返し努力を続けるほかありません。

ダイエットもそうですが、太る仕組みを理解すること自体は簡単ですが、それを知ったからといって痩せられるわけではありませんよね。理解したうえで、努力と実践を続けられた人だけが痩せられる。アンガーマネジメントも同じで、トレーニングを重ねないことには、怒りとの付き合い方は改善しません

はじめから怒りを抑えられなくても良いんです。大切なのはまず、あ、また怒っちゃった、と気づけるようになることです。そしてそう気づけるまでの時間が少しずつ短くなっていくと、そのうち怒るより前に“怒りそうな自分”を自覚できるようになります。そうすると自分が怒りやすい場面も把握できて、やがて事前に避けられるようになる。自分の怒りをパターン化して、扱い方がうまくなるんですね。

 
そのためにも、まずは6秒待って→三重丸で許せるか許せないかを判断し→許せないものには自らの対処行動を決めていく、というステップを繰り返す。
 
財津

これを続けていけば、大抵のことは“重要じゃない”に分類できることに気づくはずです。そうすると“放っておく”に分類できるものが増えて、三重丸の“まぁ許せる”のゾーンが広がっていきます。そこまでいけば、なぜ今までこんなことにまで怒ってたんだろう、馬鹿馬鹿しかったな、と許容範囲が広がっていくのを実感できるはずです。

映画を使って実践してみる

 
さて、ここからは映画の場面を素材として、実際にアンガーマネジメントを実践してみよう。舞台となるのは、劇中で主人公が男の怒りを買ってしまい、あおり運転を発動させてしまうシーン。ぜひ記事のはじめに記載した映画のあらすじと、以下の予告編動画の冒頭30秒をご覧いただいたうえで、お付き合いいただきたい。

① 〈衝動〉のコントロール:6秒待つ

売り言葉に買い言葉は禁物である。しかし感情的なゾーンに入ってしまっているレイチェルは、クラクションの鳴らし方を指摘されても、謝罪を求められても、終始「反射的に」応答してしまい、男の怒りを買ってしまう。
もし、このときレイチェルが、アンガーマネジメントの「6秒待つ」ルールを実践していたら? きっと事態は変わっていたに違いない。
 
 

②〈思考〉のコントロール:相手の様子を慮り、「まぁ許せる」の余地を探る

 横付けしてきた男との口論のなかで、レイチェルが「信号が青だったのに動かなかった」ことを指摘された男は、げんなりとしながら「ここ最近、悪いこと続きで考え事をしていた」と語る。この時もし、レイチェルが相手の様子をただしく察知して、共感を示せていれば? そして「まぁ許せる」の出来事に仕分けして、おあいこの謝罪を口に出来ていれば。その後に続く怒涛の悲劇は、きっと回避できていただろう。
 
 

③〈行動〉のコントロール:それは「変えられる」ものだったか?

 そもそもレイチェルがこのとき苛立っている一番の原因は、自分と息子を遅刻させる「渋滞」であり、これは彼女一人が頑張っても“変えられない”ものだ。どのみちここからどんなに車を急がせても、クライアントによるクビの宣告も息子の遅刻も覆りはしない。残念ではあるが、この状況を「受け入れて、現実的な選択肢を探」り、怒りをチョイスしない別の手立てを見つけるしか無かった。少なくとも、怒りに任せてクラクションを大きく鳴らすことは、絶対に正解ではなかったのである。

====
 
以上が、本作であおり運転を引き起こした場面のアンガーマネジメント的分析である。

ここまで読まれた読者の方で、「あれ? 怒りを制御するべきは、あおり運転の加害者である男じゃないの? なぜ被害者のレイチェルの怒りばかりを分析しているの?」と思われた方もいるかもしれない。ここには、怒りのもうひとつの本質が隠れている。
 
財津

怒りは人から人へ、連鎖していくものなんです。この映画でも、まさにレイチェルの怒りが、男の怒りへと連鎖して、凄惨な悲劇へと膨らんでいった。もしレイチェルがはじめに自分の怒りをコントロール出来て、相手にぶつけていなかったら? 誰か一人が怒りをコントロールできることは、その人だけでなく、周囲の人々の人生にまで深く関わるものです。だからこそ皆さん一人ひとりで怒りをコントロールできるように、アンガーマネジメントのステップを取り入れてみてほしいと思います。

 

先述したとおり、怒りとは選択である。劇中には記事で紹介した以外にも数多くの「選択」を迫る場面が登場する。怒涛の90分を駆け抜けた後、映画のラストには誰がどんな選択をするかまで含めて、是非劇場で確認してほしい。

参考記事
*1 https://kurukura.jp/safety/20200702-20.html
*2 https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/anzen/img/aori/R2doukouhoukaisei_leafletB.pdf
*3 https://timeline.com/road-rage-history-los-angeles-563259c3ba78
 

『アオラレ』

(2020年/90分/アメリカ/PG12)
5月28日(金)より、ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13、ユナイテッド・シネマ福岡ももち、福岡中洲大洋ほかにて公開中
HP:https://movies.kadokawa.co.jp/aorare/
 
出演:ラッセル・クロウ、カレン・ピストリアス、ガブリエル・エイトマン
監督:デリック・ボルテ
脚本:カール・エルスワース
製作:リサ・エルジー
日本語字幕:松崎広幸
配給:KADOKAWA

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映画ライター
三好剛平
1983年福岡生まれの文化ホリック社会人。三声舎 代表。企業や自治体の事業・広報にまつわる企画ディレクションをはじめ、映画や美術など文化系プロジェクトの企画運営を多数手がける。LOVEFMラジオ「明治産業presents: Our Culture, Our View」製作企画・出演。その他メディア出演や司会、コラム執筆も。

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