福岡映画 #07「悪人」

その土地でしか成立し得ない映画。『悪人』

福岡を舞台に撮られた映画=「福岡映画」を紹介してきた本連載。今回はその福岡、九州を舞台にしながら、数多の映画とは異なる手つきでこの土地を唯一無二の舞台装置に仕立て上げた地方映画の傑作として、映画「悪人」をご紹介します。

「あの人は、――悪人なんですよね。」

「悪人」 2010年/139分
監督・脚本 李相日
原作・脚本 吉田修一
出演 妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、樹木希林、柄本明

あらすじ
福岡で、若き女性保険外交員の石橋佳乃(満島ひかり)が殺された。当初、市内の裕福な大学生、増尾圭吾(岡田将生)に疑いがかけられるが、捜査が進むうちに土木作業員、清水祐一(妻夫木聡)が真犯人として浮上する。その頃、祐一は携帯サイトで一度メールをやりとりしただけの光代(深津絵里)と出会い、次第に強く惹かれ合う。警察の目をかいくぐり、二人の逃避行が始まる。

映画について
原作は長崎県出身の芥川賞作家、吉田修一による同名小説。朝日新聞にて2006年3月よりおよそ10ヶ月間連載されたのち小説として出版、多くの小説賞を受賞した。その後2010年9月に妻夫木聡や深津絵里ら豪華実力派キャストを揃えた実写映画版が上映されると、作品は19.8億円に届くヒットを記録。

本作は興収ばかりでなく批評面でも好評を博し、同年のキネマ旬報ベスト・テンでは日本映画部門でベスト・ワン(監督の李相日にとっては2006年「フラガール」に続いて2度目のベスト・ワンという快挙。ちなみに本作のプロデューサーには後に「君の名は。」を手がける川村元気の名前も見つけられる。)、日本アカデミー賞では俳優賞を主演・助演とも総ナメしたほか、モントリオール世界映画祭では深津絵里が最優秀主演女優賞受賞と、国内外で高い評価を集めた

「なんか考えてみたら私って、あの国道から全然離れんやったとねぇ」

この映画に登場する人物は皆、人間の格を値踏みし合う社会の理不尽を前に、苛立ちと諦めを小出しにしながら生きている

地方都市の一角にべったりと張り付けられた彼らがどんなに必死でそこから逃れようともがいても、土地は――社会は、あるいは現実は、と言い換えても良い――変わらず彼らを追い詰める袋小路、閉じ込める牢獄として揺らぐことはない。

土地にインスピレーションを得て作品づくりをするという作家、吉田修一氏原作の映画化であるため、舞台となる場所の性質と物語は、もとより不可分な関係にはある。しかし実際にそれを映像化するとき、数多の映画作品ならばただその景色をロケーションとして写し込み、地の歴史や風習を台詞や所作にまぶして「その土地らしさ」を演出するに止まったろう。が、本作はそれらとは明らかに一線を画す、地方映画として稀有な達成を果たしている。それは何か。

「目の前に海のあったら、もうそん先どこにも行かれんような気んなるよ」


「『悪人』スタンダード・エディション」 DVD発売中 ¥3,800+税 発売元:アミューズソフト 販売元:東宝 ©2010「悪人」製作委員会

土地にまつわる説明的な要素は最小限に抑えられているにもかかわらず、この映画は見ている間じゅう、福岡、佐賀、長崎という3都市を舞台にする以外には絶対成立しなかった、と確信させるものがあるのだ。映されたどの風景の先にも、その土地だけに宿る「手ざわり」や「空気」を捉え一種の舞台装置のように機能させている


東公園。この暗がりから、悲劇が走り始める。

例えば福岡の都心部が登場する場面。劇中では最も「都会」として登場してはいるが、実際には東京ほど周到に構えきれない「地方都市・福岡」の、隙だらけで、どこか間の抜けた表情を捉えている。この街が外向きに用意するのとは異なる、奥行きに欠けた皮相な空気を驚くほど正確に写し取ることで、そこを舞台に繰り広げられる哀しい人物たちの物語に、そのまま強力な補助線を敷き込んでいる。

この調子で、久留米、佐賀、長崎と次々登場する土地にもまたそれぞれ固有の「らしさ」を映像として刻み込み、さながら副音声のように物語を補強する役割を果たしている。


渡辺通。父・佳男(柄本明)が仕事中の娘・佳乃(満島ひかり)を見送る。

試しにこの映画の舞台を東京、埼玉、神奈川に置き換えた場合にそのまま成立するかを考えてみたときの違和感を想像してみると良い。それほどこの物語においては、この「土地の手ざわり」こそが不可欠なピースとして作品を構成している。

本作の映画化にあたり、原作者でありながら自らも映画好きを公言する作家、吉田修一は、監督の李相日と宿に3日間こもり、共同で脚本を完成させたという。その作業は単に小説を映画に置き換えるのとは違う、実際に存在する風景のなかに人物一人ひとりを再度、映像として生み直す作業ではなかったか。

映画に刻印された土地の手ざわりと、映像化にむけたこの熱心な共同作業のあいだには、少なからず関連があるのではないかと思っている。


BOOKS KUBRICK前。これ以上ないほど「けやき通り」の正しい使い方だった。

2020年。
10年前の公開当時にも増して「悪人とは?」と問うことの意味が切実になった、このときに。

現在では絶対に結集不可能なほどの豪華キャストが揃い踏みで、一人も無駄のない素晴らしい演技合戦を繰り広げる。申し分ない脚本と演出、久石譲による素晴らしい音楽まで、見るべき理由に事欠かぬ必見の一本です。

ここでしか生まれ得なかった地方映画としての『悪人』を、ぜひ皆さんも目撃してみてください。

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映画ライター
三好剛平
1983年福岡生まれの文化ホリック社会人。三声舎 代表。企業や自治体の事業・広報にまつわる企画ディレクションをはじめ、映画や美術など文化系プロジェクトの企画運営を多数手がける。LOVEFMラジオ「明治産業presents: Our Culture, Our View」製作企画・出演。その他メディア出演や司会、コラム執筆も。

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