天神にある花屋と言えば?いくつ答えられますか
なぜ人は“花”に特別な何かを感じるのだろうか。“花”を観る、“花”をもらう、“花”を渡す、人はこの言葉を持たない静かな生き物に、言葉以上の何かを感じ、言葉のような何かを託し、長い歴史の中で常に愛でてきた。
天神で花屋と言えば…。
提供:福岡市
あなたはいくつのお店を思い浮かべることができるだろうか?5つ以上出てきた福岡人は、日常的に“花”を意識したり、“花”を購入する機会がある人かもしれない。実は天神は、人通りの多い目立つところに花屋が配置されているエリアだということに気づく人は、そうそういないことと思う。
2000年以上、港町として交流を盛んに行ってきたここ福岡のまちに、天神から全国に広がった“花”にまつわる話を紹介したい。
“花”を見るとなぜ心が動かされるのか
人類と“花”の歴史は古い。世界中に墓地での献花文化はあるものの、その歴史が確認できるのはイスラエル北部の洞窟で発見された、約1万2000年前の墓地跡だそうだ。“花”はすぐに枯れ、微生物により分解されるため、いつごろから人類が“花”を愛で始めたのか、実はわかっていない。
確実に言えるのは、世界中の人が“花”を愛でている事実と、お祝い・別れのときなど人が感情を高ぶらせるシーンに必ず登場していることだ。
近年、キレイな“花”を見るとストレスが軽減される、副交感神経が優位になりリラックス効果が得られるという様々な実験が行われ、エビデンスも揃い始めているが、人類が定住を始めた頃から墓地に献花してきているのだから、遺伝子に組み込まれるレベルで、人は“花”を見ると感情が動くようにできていると言っても良いだろう。
福岡市の天神・渡辺通りのど真ん中にある花壇
そんな“花”は、玄関口や受付、店先など景観に溶け込むように配置されることで「おもてなしのツール」として活用されているのは承知の事実だと思うが、まちづくりにおいても重要な役割を担っているのではないか、と私は考える。
天神イムズ開館時から変わらぬ花屋の存在
2021年夏、天神ビッグバンによる再開発で閉店が決まっている商業施設イムズ。1989年に開館した当時、地下2階からの空間を贅沢に使った吹き抜けや、スパイラルエスカレーターは話題を呼んだ。
そんなイムズ開館当時より、お客様をお出迎えする玄関口にずっと変わらず花屋がある。「Hibiya-Kadan Style」という、東京に本社のある株式会社日比谷花壇のお店だ。
イムズ正面玄関入ってすぐ左手に花屋がある
しかし、考えてみて欲しい。天神の一等地に立つ商業施設の、最も賃料の高く取れる玄関口である。他の商業施設では時代や流行に合わせてテナントが入れ替わっている。百貨店においては高級ブランドや化粧品ブランドの「花形」が並ぶ1Fの顔だ。にもかかわらず、イムズは開館以来30年以上にわたって玄関口に花屋が存在しているのだ。
1989年より出店している日比谷花壇の「Hibiya-Kadan Style」
花の単価は決して高くない、販売価格から見たら賃料の高い場所に入るテナントではないはずだ。にもかかわらず、である。このことについて、天神イムズと日比谷花壇に話を伺ってみた。
イムズが先駆者!全国に広がったおもてなしの花屋
福岡市役所前にあった情報プラザ・天神ファイブ。その場所に商業施設を建てるコンペに、明治生命(現在は明治安田生命)と三菱地所による案が採用され、1989年イムズが誕生する。
そのイムズが誕生する前、市民へのマーケティングリサーチをしたときに「この場所に何が欲しいか」の声で出てきたのが、「都会の中でほっとできる野原のような花畑のような空間」だったそうだ。
当時は一等地に出店している花屋はほとんどなく、自宅用のカジュアルな花屋の出店は皆無と言って良いほど事例がなかった。三菱地所の丸の内のビルのテナントだった日比谷花壇から出店の申込があり、当初は贈答需要(蘭や祝い花)の単価の高いお店を想定していたそうだ。
だが、イムズは譲らなかった。日比谷花壇へ、できるだけ自然で花畑のような店舗にしてほしいと説得、結果的に賛同を得て具現化したのが「商業ビルの玄関口に花屋」という店構えである。
これにビックリしたのは全国の商業施設を計画している人たちだった。「商業ビルの玄関口にカジュアルな花屋!?」と、日本各地からディベロッパーや行政からの視察が訪れたそうだ。以後、商業ビルの玄関口におもてなしの景観として花屋をテナントとして誘致するビルが増えていったという。
今では天神地区の百貨店や商業施設の人通りの多いところに花屋がいくつも配置されているのは、イムズが全国に先駆けて創った商業ビルのセオリーなのだ。
まちのおもてなしを演出する“花”の魅力
「世界のかわいい村」「世界の美しい街」「世界の路地」などの写真集に登場する景観の写真。民家の軒先やベランダ、路地の生垣などに、ほぼ必ずと言って良いほど人の手によって施された“花”が登場する。
景観に溶け込むよう配置された“花”は、存在感がないようで、でも確実にその存在によって景観そのものの価値を高めている。
福岡市内のいたるところに一人一花の花壇が設置されている
そんな中で、福岡市は「一人一花運動」という事業を2018年度より始めた。一人一花運動のホームページにはこう書かれている。
“市民・企業・行政一人ひとりが、 公園や歩道、会社、自宅など、福岡市のありとあらゆる場所での花づくりを通じて、人のつながりや心を豊かにし、まちの魅力や価値を高める、花によるまちづくりを目指す取り組み、それが『一人一花運動』です。市民の地元への愛が強い福岡市だからこそ、みんなで力を合わせれば、花の街「フラワーシティ福岡」を創ることができるはずです。日々の暮らしの中に美しい花と緑があれば、あなたの心もきっと豊かになります。”
引用:福岡市 一人花運動 とは
そう、福岡市は“花”をまちづくりのツールという位置付けも行い、市民参加型の「運動」という表現を使っているのだ。日本全国の政令市の中で、ここまで明確に“花”によるまちづくりを目指すと明言している市はもちろんない。
福岡から始まる“花”の第2波!に乗るのは今だ
アメリカで一番住みたい都市ランキングの上位常連でもあるポートランド。ここでの市民参加型の“花”の運動を、福岡市はモデルとしているそうだ。全国に広がったイムズの玄関口でのおもてなしの景観としての“花”が、今後はまちづくりのツールとして全国に広がる可能性がある。
しかし、景観の中に“花”があることで何かしらの効果が得られそうなことは想像できるにもかかわらず、この人類が長く付き合ってきている“花”が、心理的にどのような効果をもたらすのか、実験や論文が思った以上に少ない。ましてや、まちづくりや景観づくりにどのような効果をもたらすのか、探してもエビデンスが全く出てこないのだ。
日本全国の商業ビルが真似したイムズモデルも、その研究論文があるわけではない。福岡市の都市研究を行う公益財団法人福岡アジア都市研究所(URC)にも、話を持ち掛け探してもらったが、商業ビルやまちづくりに“花”が有効かどうかという研究論文は1件も見つけることができなかった。1件も、である。古くから様々な街で咲き続けてきた”花”は、学術的には未開拓の領域にあったのだ。
それでも、感覚的に“花”は老若男女問わず、人を笑顔にしたり幸せな気持ちにしたりする効果があることを我々は本能的に理解している。未だ数値化・言語化されていない“花”の魅力を、ここ福岡が実験台となって先駆けている事実に、ぜひ注目してほしい。
ところで、あなたは“花屋”にどれくらいの頻度で訪れるだろうか?近年ではサブスクリプション(月額制・年間購読などの意味。略して「サブスク」と呼ばれる)のサービスを始めている花屋も多く、店舗に訪れることで“花”を受け取ることができるサービスもある。
一輪から購入できサブスクもあるHibiya-Kadan Style
そんな私はここ数年、1週間に最低でも1度は花屋へ寄り、一輪だけ“花”を購入するという習慣がある。自宅やオフィスという空間に、“花”が存在していないと明らかに何かが違う、と思っている。あなたもぜひ、この人類が長らく愛でてきたにもかかわらず、未だ科学的に解明されていない“花”の魅力を感じてみてはいかがだろうか。
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