[創業特区「福岡」のいま]

「まちのプロデューサー」視点で未来を先取る働き方!複業家・岩永学長に学ぼう

ネイティブ福岡人として、福岡の魅力を様々な角度から代弁してくれている福岡テンジン大学・岩永学長。そんな岩永学長は、「結局何をしている人なの?」と聞かれることが多いと言います。学長のキャリアを紐解きながら、「複業」に至った背景を深掘りしてもらいました。これからの時代を生き抜くためのヒントが詰まっていますよ。

14の職業を持つ男、複業家という働き方

自己紹介のときによく使うフレーズがあります。

就職氷河期世代で、内定ゼロで大学を卒業しました。

そんな自分が、2009年春に当時勤めていた会社を辞め独立して12年となった現在は14の肩書きを持っています。大学卒業当時の自分から見たらにわかには信じがたい働き方をしているわけですが、現代の1つの組織で1つの部署に所属しているケースの多いサラリーマンの方から見たら、それもまた信じがたい働き方なのだと思います。


現在の名刺です

実際のところ、持っている肩書を並べてみると
・カエルメディア 代表
・福岡テンジン大学 学長
・WeLove天神協議会 コミュニティWGリーダー
・フリーランス協会 福岡HUBリーダー
・グリーンバード北九州 代表
・(株)スペースRデザイン 10%社員
・夜明の里カメミツ(株) 社外社員
・(株)キナックス・ホールディングス 社外社員
・北九州市立大学 特別講師
・西南学院大学 PBL講師
・福岡市 博物館協議会委員
・福岡市 都市景観審議会委員
・福岡県 働き方改革&地域活性化促進協議会 コーディネーター
・フクリパ ライター

年に数回聞かれる「本業は何ですか?」という質問への回答も、今では「複業家なのでどれも本業です」と答えるようになりました。

あいつはいったいどうやって食べていっているのか?

2021年3月8日、福岡のTV局TNCの番組「ももち浜ストア」に、ほんのわずかですが出演させていただきました

どんな出演かというと、このフクリパでも記事を書いた「ごまさばに詳しい人」というキャラクターで。過去にもNHK福岡で「うどんに詳しい人」ということでスタジオ出演し、福岡県産の小麦の多くが、うどんの麺になっていることを紹介したことがあります。


参考:【ごまさば記事決定版!】冬が旬!“ごまさば”はなぜ福岡の名物になったのか!?https://fukuoka-leapup.jp/gourmet/202010.136

ちなみに、“ごまさば”も“うどん”もよく食べるほど好き!というわけでもなく、食文化の専門家でもありません。

同じようなことは他にもあり、作家でもないのに「福岡の歴史の絵本づくり」を手掛けたり、ビジネスとしての企業経営をしたことはないのに「SDGs×経営について講演」したり、自分はここにいていいのだろうか?と思ったことが何度もあります。


プロジェクトリーダーと脚本を務めた絵本『のったよ!ふくおかタイムスリップ号』

では、いったい何を目指すとこのような働き方に至るのか?フクリパ編集部からの誘いに乗っかり、「あいつはいったいどうやって食べているのだろう?」と思われることも多いであろう、自分自身の経歴を紐解いてみようと思います。

時代の流れを読んで自分の得意や才能を活かす

福岡生まれ、福岡育ちで福岡市内ながら田園風景が残る立地の小学校・中学校に通っていました。両親ともに公務員、決して時代の潮流に乗るような背景を持っていない少年時代を過ごしていました。

中学生時代、なぜか衝動に駆られて親にお願いして買ってもらった分厚い本。その本のタイトルは「秀吉」、1996年のNHK大河ドラマの原作である故・堺屋太一氏の歴史小説です。


何度も読んだ小説「秀吉」

通商産業省(現経済産業省)出身である堺屋氏らしく、豊臣秀吉が生き抜いた時代を、戦後復興から高度経済成長期を成し遂げた時代と重ね合わせた描写で物語が進んでいきます。歴史小説ながらこのときに学んだのは「時代の流れを読む」ということだったのかもしれません。

この「時代の流れを読む」ことができれば、その流れに合わせて自らの得意なことを発揮しやすい環境を選択できる。するとおのずと成果を出すことができる、何度もこの小説を読むことで“これ”が自然とインプットされたのかもしれません。

「まちのプロデューサー」という言葉との出会いはゴミ拾い活動

ときは変わって2004年、就職氷河期と言われ希望する会社の最終面接までいけども内定が出ないという経験が何度も続き、就職活動を途中で諦めてしまったことに後悔すら感じていた大学の卒業式。卒業後すぐは、フリーランスで番組やCMの企画・制作をしていた人のアシスタントとしてアルバイトで働き始めました。

内定ゼロで卒業し「これまで学んできたことは、いったい何のためにあったんだろうか」と落ち込んでいた自分に、居場所を提供してくれたのがこの天神でゴミ拾い活動を始めていたグリーンバードでした。


2004年3月時の天神でゴミ拾い後の集合写真

グリーンバードの発起人は当時渋谷区議会議員だった長谷部健さん。ソトコトという環境系雑誌に毎月連載も持っており、福岡の活動を取材するために2004年末に福岡へ来られた長谷部さんと出会うこととなります。

今では渋谷区長となった長谷部さんが、当時使っていた言葉が「まちのプロデューサー」です。以後、「こんな自分でも、福岡のまちに何かできることがあるのではないだろうか?」と、この言葉がずっと心に引っかかっていました。

社会人6年目で独立、まちのプロデューサーを目指す

大学卒業後は、アルバイトとは言え本業だった仕事の裏側でいつの間にか自分の居場所となっていたグリーンバードの活動が、次々に新しい出会いを運んでくれました。

2004年、グリーンバードと(当時の)博報堂九州支社と、九州大学の工学研究院環境社会部門の島谷幸宏教授と共同で「福岡打ち水大作戦」が立ち上がりました。以後、10年間の事務局を担うことになり福岡県各地に広がっていく各拠点との調整やイベントの統括、ニュースリリースやメディア対応も経験することができました。


福岡打ち水大作戦2011年度の天神地区一斉打ち水の様子

2004年、天神で開催された社会実験「天神ピクニック」。
グリーンバードとして参加し、これがその後のWe Love 天神協議会へと発展していくこととなり参画、今ではコミュティワーキンググループのリーダーとして、天神地区での企業や人を繋ぐ活動を行っています。


参考:たくさんの小さな“I love”が“We love”へ。天神が世界から注目される理由。https://fukuoka-leapup.jp/city/202009.122

2006年春、東京の長谷部さんを訪ねたときに、まちをキャンパスにした“シブヤ大学”というプロジェクトの立ち上げ段階の話を聞く機会があり、「じゃあ僕は福岡でテンジン大学つくります!」と勢いで発言することになります。

ゴミ拾いというボランティア活動が多様な縁と機会をもたらし、仕事に繋がるという経験を何度もしたこともあり、2009年春にサラリーマンを辞めて“独立”をする決断をしました

晴れて堂々と「まちのプロデューサー」を目指すことができるようになったのです。

そして福岡テンジン大学が開校

2009年、当時の福岡市市民局市民公益活動推進課長を務めていた小松政さん(現・佐賀県武雄市長)が、「福岡市共働提案制度」のチラシを持ってきました。

この制度は、“福岡市と市民が人とお金とを出し合って、一緒に事業を行う”というこれまでの行政になかった新たな仕組みです。
そして、これまでのコミュティ活動、まちづくり活動として温めていたアイデア「福岡テンジン大学」を提案するにいたり、採用された翌年2010年の開校に至ります。


2010年9月に西鉄ホールにて開校式が開催された

福岡テンジン大学とは

「まち全体がキャンパス」で、誰もが先生にも生徒にもなれる、学び合いの場(授業)を展開しているNPO法人です。

授業をキッカケにコミュニケーションの輪が広がるプロジェクトで、2010年9月に開校しました。
入学料・授業料は原則無料で、HPで学生登録すると、授業に参加申込することができます。
https://tenjin-univ.net/


福岡テンジン大学とはいったい何だったのか!?

これまでのコミュニティ活動やまちづくり活動が大いに生きる「福岡テンジン大学」は、多くのメディアにも取り上げられ、多くの賛同者と協力者が集まり、今では登録者8,000名を超えるプロジェクトとなりました。

その運営方法は開校当時よりボランティアスタッフによるリモートでの授業づくりで、現在のコロナ禍でも活動が継続できています。

そして、「まちのプロデューサー」としての幅を広げるキッカケが2011年に訪れます。

2011年に、当時の福岡県男女共同参画センターあすばるで館長をしていた村山由香里さん(現・フクリパライターhttps://fukuoka-leapup.jp/writer/18に声をかけられ、「あすばるフォーラム」という年に1度の大イベントの副実行委員長を務めることになりました。

これにより日本におけるジェンダー問題について学び、その後は福岡県内や九州各地で男女共同参画に関する講演やファシリテーターで呼ばれるようになります。

複業の始まりは「まちのプロデューサー」を育成する大学教員

「まちのプロデューサー」を育成して欲しい。という使命を受けて、2013年春からは週2日だけ、北九州市立大学の特任教員となり、北九州まなびとESDステーション(北九州市小倉北区魚町)に通いました。


北九州10大学間連携事業の拠点としてESDステーションが開設された

“ESD”とは、Education for Sustainable Developmentの略で「持続可能な開発のための教育」と訳されます。環境・男女共同参画・まちづくりの分野で、教員として大学生たちに伴走しながら「まちで様々なプロジェクトを実践する」という教員です。

この頃から自分でも本業が何かわからなくなり、インターネットで見つけた「複業」という言葉を気に入り、使い始めました

2018年には、一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会の代表を務める平田麻莉さんと出会い、同協会のビジョンである「誰もが自律的なキャリアを築ける世の中へ」に共感し福岡HUBのリーダーを務めることに。

このコミュティに参画したことによって、政府・官僚・大企業の動きも情報が入ってくるようになり、今起きている足元での「働き方」の大変化を掴むことができています

福岡で実現する「時代の流れを読む」という働き方

今では多くの人が知る「SDGs」。2015年9月に国連で全加盟192ヵ国の全会一致で採択が可決した“持続可能な開発のための2030アジェンダ”として、17の目標と169のターゲットからなるのがSustainable Development Goals、いわゆる「SDGs」です

SDGsとは

持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として,2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された,2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っています。 SDGsは発展途上国のみならず,先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり,日本としても積極的に取り組んでいます。
出典:外務省ホームページ https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html

世界規模で共通言語化した「SDGs」は、今後の企業活動だけでなく個人のキャリアや生き方にも大きな影響をもたらすだろうと思います。

2017年、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が「The Future Skills(未来のスキル)」と呼ばれる論文を発表しました。この論文では、2030年に「必要とされるスキル」「必要とされなくなるスキル」を調査しランキング形式で公表したものです。

必要とされなくなるスキル1位は、「Control Precision (操作の正確さ)」

必要とされるスキル1位は、「Learning Strategies (戦略的学習力)」

2020年、世界を塗り替えたコロナ禍は、あらゆる個人・組織の「計画を無効化」させ、状況が刻一刻と変化し複雑で予測がしにくい世の中にしました。

そんな状況を生き抜く最大の戦略は「学び続けること」

この「学び」を量も質も向上させる最も効率的なやり方は、「実践(アウトプット)」と「学び(インプット)」を高速回転させることです

そして、この実践と学びとを両方を容易にかなえてくれる都市こそ福岡だと自信を持って言えます。なぜなら、人の出入りも多く、繋がりが構築しやすく、企業とも行政とも距離が近いまちだからです。日本中探しても、これほどの都市規模で多様な繋がりが構築しやすい都市はないのではないでしょうか。


提供:福岡市

さて、あなたはこれから「どんな働き方」をしたいと思っていますか?そして何を学び、実践しようと思いますか?

その実践が、より福岡のまちに繋がっていけばいくほど、きっとあなたのことをこう呼ぶでしょう。

「まちのプロデューサー」と。


																							

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福岡テンジン大学 学長
岩永 真一
福岡市で生まれ育った生粋の福岡人。就職氷河期世代で内定ゼロで社会に出るも、天神でゴミ拾いをするNPOグリーンバードに出会い参加し、街をつくる人たちと出会い人生が変わる。2010年に福岡市と共働で「学びで人と街をつなぐ大学」の福岡テンジン大学を立ち上げ学長を務める。

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