たくさんの小さな“I love”が“We love”へ。天神が世界から注目される理由。

福岡市民が世界に誇るまち・天神。複数の商業施設やコミュニティが一体となってまちづくりに取り組む様子は、「当たり前」のように思えますが実は全国的にも珍しいのです。発足当初からかかわっている福岡テンジン大学・岩永学長が「当時の天神」と「これからの天神」について語ります。

天神をまちづくる組織が迎える変化の波

2020年が始まって、我が国で起こっていることを予測できた人は一人もいないだろう。開催国としてのオリンピックイヤーが年を明けて、コロナに緊急事態宣言、長雨の豪雨に、猛暑と台風、首相の辞任に、まだまだ予測不能なことは起きそうである。

昨年亡くなったスタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱した「Planned Happenstance Theory(計画的偶発性理論)」をご存知だろうか。個人のキャリアの8割は、予想していない偶発的なことによって決定される。そのため偶発的にやってくるあらゆる出来事をチャンスと捉えて準備しておこう、という理論である。

これは個人に対するキャリアの理論だが、個人の集合体である組織にもキャリアがあるとするならば、この理論が多少なりとも当てはまるのではないだろうか。

2006年、ここ福岡の中心地である天神で産声を上げたまちづくり団体“We Love 天神協議会”。2020年、多くの人で賑わうことを是としてきた都心に大ダメージが与えられた現在、そしてこれから天神ビッグバンという多くのビルが生まれ変わるイベントを迎えていく天神で、この組織が担う役割は非常に大きくなってしまったようにも思う。

今回は、この組織が生まれるその前からこれまでと、天神ビッグバンのその後に向けた鍵が何なのかを、比較的近いところからずっと眺めてきた視点で変遷を記してみようと思う。

道路活用の社会実験“天神ピクニック”

We Love 天神協議会が設立する前身は、1955年発足の天神町発展会と言われているが、協議会として形になるキッカケとなったのは、2004年から始まった社会実験“天神ピクニック”である。

福岡市は人口の入れ替わりが日本一激しい大都市。これは福岡人が「福岡っていいところやろ?」と言ってしまう深い理由!?にも記述したが、天神ピクニックという社会実験があったことを、現在の福岡市民でどれだけの人が知っているのだろうか。

天神町発展会の当事者としてやってきた方々はもちろん、16年前の天神ピクニックの当事者として担当した方々も、現在は違う部署、違う組織、違う都市に散り散りになっており、その文脈を天神で語れる人は少なくなってしまっている。

この天神ピクニックとは?

国土交通省による道路を活用した社会実験。1999年より採択された全国各地で様々な実験が行われ、2004年に九州では福岡・天神と鹿児島・天文館が採択されている。

天神では、行政・商店街・百貨店などが協力して企画、当初きらめき通りも歩行者天国にしての実験を計画していたが、その1本北のサザン通りにて歩行者天国やオープンカフェの実施・検証を行ったり、大型駐車場の短時間無料化、自転車を押して通行する“おしチャリ”、一斉清掃には私も関わって道路のゴミ拾いとガムの跡をキレイにした記憶がある。

I Loveがたくさん集まるまち“We Love”へ

そして翌年の2005年にも天神ピクニックを開催。この年から天神の警固公園に期間限定のオープンカフェ「警固カフェ」も設置されたりと、道路空間だけでなく天神のまち全体を使った様々な実験が行われていった。

そしてこれら天神のまち全体の連携がキッカケで、継続的にまちづくりを実施していくための産官学民による推進組織が必要とされ、協議会準備会が発足されることになったのである。

2006年の年初からまちづくり連続フォーラムとして「I Love 天神 ~都心再生へ企業と市民の共同体を考える」が計3回開催。このとき、実は「I Love 天神」という協議会準備会の名前だった。

3回目のフォーラムに登壇していた、現在は福岡地所株式会社で会長を務める榎本一彦氏の「I Loveが集まってるのだから、We Loveだろう」という一言で空気は一変、直後に「We Love 天神協議会準備会」に名称が変更された。

そして同年5月に設立総会が開かれ、天神のエリアマネジメント団体「We Love 天神協議会」が立ち上がり、その事務局を西鉄こと西日本鉄道株式会社が担うという組織体制で走りだしたのである。

天神が続けているのは“みんなでまちのそうじ”

2006年に立ち上がったWe Love 天神協議会で、設立当初から今まで続いている数少ない活動の1つに「天神クリーンデー」がある。これは、毎月第2木曜日の朝、協議会会員に呼びかけがあり、任意で参加できる天神の朝のそうじである。

もともと天神で2003年より朝そうじを行っていたNPO法人green birdの活動がキッカケとなっており、会員企業の誰もが気軽に参加できる活動がなかったこともあって、福岡市が条例で「毎月14日を環境デー」と定めていることを参考に、月に1度の清掃活動として2006年9月14日の第2木曜よりスタートした。

同月には天神ピクニックも開催、We Love 天神協議会として様々な社会実験の催しが行われ、また会員よりボランティアを募集して、清掃・落書き消しなどの活動も大規模に行われた。

天神のまちづくりが全国のモデルになった理由

実はWe Love 天神協議会が日本全国のエリアマネジメント団体から、モデルとされているものがある。「まちづくりガイドライン」である。

2008年に策定されたこのガイドラインは、都市計画に関する独創的または啓発的な業績により都市計画の進歩、発展に顕著な貢献をした個人または団体を対象とした賞である「日本都市計画学会 石川賞」を2016年に受賞もしている。

このガイドライン策定に大きく貢献したのが、協議会設立から機関設計に関わり、設立時の幹事も務め、FDC(福岡地域戦略推進協議会)の初代事務局長も務めた後藤太一氏と、2004年からの天神ピクニックの実行委員長も務め、当時九州大学大学院の人間環境学研究院都市・建築学部門で助教授だった(現在は東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授)出口敦氏だ。

この2人(と筆者である私も)は2012年に福岡市が策定した総合計画の審議会委員も務めているまちづくりのプロである。さらに出口教授の研究分野は都市デザインで、今世紀に入り猛烈に都市化したアジアの都市の研究も行っており、まちづくりにおけるキーワードを「社会・環境・経済」と掲げ、この3つのバランスを取りながら成長していくことで「持続可能な都市づくり」が行えると論じている

この思想こそ、まさに国連が2030年までの人類のゴールとして掲げたSDGsであり、「天神まちづくりガイドライン」にはこの思想がしっかりと入っている。だからこそ、日本全国のエリアマネジメント団体でモデルとされ、日本都市計画学会での石川賞受賞だったと言っても良いだろう。

天神ビッグバンのその後に向けて

そして今、天神は大きな変化を迎えている。天神ビッグバンが始動した直後、そこへやってきたウイルスにより、都心の賑わいは失われかけている。2008年より掲げてきた「天神まちづくりガイドライン」も現代版に改訂をしようとしていた矢先だった。

2008年、イギリスの経済誌モノクルは、「世界のベストシティ25」で初めて17位とランクインした福岡市を、交通アクセスがよく商業施設が地下で繋がって雨に濡れずに買い物ができる「ショッピング世界一の都市」と紹介した。この天神が世界に誇る魅力が、今まさにダメージを受けている。

しかし、「天神のまちの魅力」は商業だけではない。1948年に発足した天神の商業施設による都心界に見る「横の繋がり」や、協議会設立前より大切にしてきた産官学民による対話と活動を支える「コミュニティ」を重要視していることだ。改訂は先送りされたが、「天神まちづくりガイドライン」の柱に「コミュニティ」が規定されようとしていたのだ。

そして今後、天神ビッグバンによってまちを構成するメンバーも変化を迎えることだろう。ここで、冒頭で紹介した「計画的偶発性理論」を引用すると、偶然をチャンスとして捉えていくには、5つの行動特性があると良いという。その5つとは

1.好奇心
2.持続性
3.柔軟性
4.楽観性
5.冒険心

福岡の中心として、経済や文化を担ってきた天神を、明るい未来へと先導する役割を担うこの協議会に期待をするならば、SDGs的思想が実装された「まちづくりガイドライン」という指針と、上記5つの行動特性をもとに多様な個人・組織を繋いでいくことではないだろうか。さらに、団体の名前に「We Love」と入っていることもあり、小さな「I Love 天神」を集め、可視化していくことにあるのではないだろうか。

「天神が好き」と言える人は、もうまちづくりの一員である。そんな懐の深さとオープンマインドが、このまちを常にアップデートしてくれることと思う。

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福岡テンジン大学 学長
岩永 真一
福岡市で生まれ育った生粋の福岡人。就職氷河期世代で内定ゼロで社会に出るも、天神でゴミ拾いをするNPOグリーンバードに出会い参加し、街をつくる人たちと出会い人生が変わる。2010年に福岡市と共働で「学びで人と街をつなぐ大学」の福岡テンジン大学を立ち上げ学長を務める。

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