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起業家って慎重な人?|吉田満梨・中村龍太『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』ダイヤモンド社

ビジネス系書籍をアカデミズムの世界から紹介してくださるのは、福岡大学・商学部の飛田努准教授です。アントレプレナーシップを重視したプログラムなどで起業家精神を養う研究、講義を大切にされています。毎年更新されるゼミ生への課題図書リストを参考に、ビジネスマンに今読んで欲しい一冊を紹介していただきます。

スタートアップ福岡の10年。起業やアントレプレナーシップへの大学生の認識

 福岡市がスタートアップ都市宣言をして10年が経過しました。中心部にあった廃校を起業支援施設とし,志高い青年が今や立派な起業家として事業を拡大させ,それぞれの領域でご活躍されている方も多くおられます。また,そうした起業家に資金を提供するベンチャーキャピタルなどの投資家の層も厚くなり,福岡市は国内外の起業家を支援する都市として,日本中から注目されています。

 

 しかし,未だ「起業」と聞くとどこか遠い話であるかのように感じられます。私が務める大学でも起業家になりたいという学生はチラホラいますが,では具体的にどのような事業で起業するのか,何のために起業するのかと尋ねると,キャリア形成というよりも「社長になりたい」「お金持ちになれそう」というイメージが先行しているような気もします。ただ,学生の保護者の中には事業を営まれている方も多くおられることもあり,学生の中には生活の中に当たり前に「自分で業を為す」ことを考えている人も相当いるというのも事実です。今年度から1年生向けの教養科目でアントレプレナーシップ(企業家精神)を教えていますが,受講している学生数が90名近くいることからわかるように,かつて以上に興味を持たれている分野であると言えるかもしれません。

 

 「起業」や「アントレプレナーシップ」というと,まだまだリスクが高い,危なっかしい,辞めたほうが良いなど,どちらかというと否定的な意見を持たれている方が多いのも事実です。しかし,記事などでは起業に成功するのは若い人よりも40代や50代で独立した人が多いというものも見かけます。確かに,大手企業に勤めていた方がある一定程度のキャリアを積んでから独立するというケースは実は少なくないですし,最近では20代後半から30代前半にかけて独立を選択されるケースも出てきています。こうした人はどうして起業という選択をしているのでしょうか。

 

 実際にそうした領域の研究成果やテキストを読んでいると,優れた起業家は実はリスクをかなり回避して事業を行っている様子が伺えます。つまり,自身で見通しが立たない限りはリスクを負わないというものです。いや,自らリスクをコントロールするのだと考えられています。こうした優れた起業家たちの行動様式をサラス・サラスバシーという米国・バージニア大学ビジネススクールの研究者がエフェクチュエーションという理論で説明しています。

 

 そう,今回ご紹介するテキストの表題にもなっているエフェクチュエーションとは,この研究者の理論から生み出されたものです。エフェクチュエーションはアントレプレナーシップ研究において最もホットなキーワードになっていると言えますが,彼女による本は重厚な研究書で,この理論が生み出される過程を示したものになっており,そのバックグラウンドがわからないと難解で読みきれません。その難解な理論をポイントを整理しながら端的に解説したテキストが本書です。

 

 

 

 

優れた企業家が用いる「コーゼーション」と「エフェクチュエーション」

 サラスバシーによれば,企業家の活動様式はコーゼーションとエフェクチュエーションという2つに分類していますコーゼーションとは,未来が予想可能で,目的が明確で,環境が行為から独立している場合に有効な一方で,エフェクチュエーションとは未来が予測不能で,目的が不明瞭で,環境が人間の行為によって変化する場合に有効であるとしています。特に熟達した企業家は柔軟に状況に対応しながら,手元にある経営資源を活用しながらリスクと不確実性に対応し,事業を紡ぎ出すように生み出していくのだとしています。

 

 つまり,コーゼーションは計画どおりに事業を遂行する際には有効な考え方で,サラスバシーは例えとして「ジグソーパズル」を作るようなものだと述べています。決められたピースを適切な場所に当てはめていくと絵が浮かび上がってくる。それは決められた枠の中で活動を行うことで成果が実現できるという考え方です。一方,エフェクチュエーションは「パッチワークキルト」で美しい模様を創り出すようなものだと述べています。ありあわせの生地を活用して,組み合わせを試行錯誤しながら形を生み出していく。その答えに相当するものは作り上げてみないとわからないということを表現しています。さらに言えば,何か美しい模様を創り出したいとは思っているけれども,生地を組み合わせ,縫い合わせていく過程の中でようやくその姿形が見えてくるという点で,未来が予測不能で目的が不明瞭だという表現に納得がいきます。こうして,優れた起業家はコーゼーションだけでなく,エフェクチュエーションを組み合わせて新たな事業を創り出すとサラスバシーは説明しています。

 

 加えて,この理論を理解するためには,わたしたちが直面する「リスク」と「不確実性」を正確に理解しておく必要があります。サラスバシーはナイトという1920年代に活躍した経済学者の概念をもとに,このエフェクチュエーションという考え方を着想しています。簡単に言えば,「リスク」とは既知の負の結果をもたらす要因「不確実性」とは未知の負の結果をもたらす要因であり,既知と未知,いずれに対応するかで起業家が得られる利潤は異なるのだと述べています。

 

 もう少し説明しましょう。3つの壺があるとします。1つ目の壺には10個のボールが入っており,赤が5つ,緑が5つ入っています。このとき,赤あるいは緑が出る確率はあらかじめわかっていますから,いずれ赤にせよ,緑にせよ,自らが引きたい色のボールが出てきます。2つ目の壺にはいくつボールが入っているかはわからないけど,赤が5つ入っているとします。このとき,赤を引きたい人は,確率はわからないけど,確実に赤が入っているという情報を知っていれば,繰り返し引くことで何度目かに赤を引くことができます。このときは繰り返し挑戦することで望ましい結果が得られます。これらの状況というのは,いずれにせよ望ましい結果が得られることがわかっていますから,ナイトに言わせれば「リスク」をどう見積もるかがポイントだと言います。最後に,3つ目の壺は,何個入っているかも分からないし,赤も入っているかどうかわからないものです。これこそが「不確実性」だと言います。つまり,赤がどのタイミングで出るかがハッキリとわからず,たまたま1回目に赤が出るかもしれないし,最後まで赤が出るかもわかりません。このような確率が計測不可能な状況下で,いかに適切な判断や対応が下せるかが優れた起業家とそうでない起業家を分けるとサラスバシーは説明しています。

 

 

 

不確実性に法則を見出した「エフェクチュエーション」5つの原則

 では,そうした「不確実性」に対して起業家たちはどのように対応するのでしょうか。その法則性を見出したのがサラスバシーの重要な業績であり,彼女の言う「エフェクチュエーション」です。では,その法則性はどのようなものでしょうか。サラスバシーはエフェクチュエーションには5つの原則があると述べています。それを順に見ていくことにしましょう。

 

1.手中の鳥(Bird in Hand)の原則

 1つめは,「手中の鳥(Bird in Hand)の原則」と呼ばれるものです。これは,優れた企業家は既存の経営資源を活用して事業機会を活用することを意味しています。何か新たな事業に取り組むとしても,いきなり突拍子もない新しいことに挑戦するのではなく,手元の資源を活用して第一歩を踏み出すという考え方です。自分の持つスキルを起点に新たな事業を考えるとも言えるでしょう。

 

2.許容可能な損失(Affordable Loss)の原則

 2つめは,「許容可能な損失(Affordable Loss)の原則」です。これは,予測不可能な未来に対し,どの程度まで損失を許容できるかをあらかじめ決めておくことを意味します。人は負けが込むと次は勝てるのではないかと淡い期待を抱き,結局はさらに負けが込んでしまうという傾向があります。深い傷を負う前にここまで負けたら止める。あらかじめ許容できる範囲を決めておくという戦い方を決めることです。

 

3.クレイジーキルト(Crazy-Quilt)の原則

 3つめは,「クレイジーキルト(Crazy-Quilt)の原則」です。優れた起業家は顧客や投資家と良好な関係性を保ち,パートナーシップを構築することで事業目的を実現するというものです。さまざまな人の力を借りながら,目的を実現していくことを指しています。

 

4.レモネード(Lemonade)の原則

 4つめは,「レモネード(Lemonade)の原則」と呼ばれるものです。レモンとは「欠陥品」を指すスラングですが,欠陥品でも見方を変えたり,使い方を工夫することで新たな価値を生み出せるという考え方です。

 

5.飛行機の中のパイロット(Pilot-in-the-plane)の原則

 そして,最後に,「飛行機の中のパイロット(Pilot-in-the-plane)の原則」です。これは,パイロットのように,常に変化する計測器の数値を確認しながら,刻一刻と変化する状況を冷静に観察し,臨機応変に対応するという考え方です。

 

 

 

起業を成功に導く鍵

 優れた起業家はこうした5つの考え方を柔軟に用いることで,不確実性に対応して成果を得ているというのです。どの程度成功するか,失敗するかがわからない。だから,手元にある資源からスタートする。負けが込むと取り返しがつかなくなるので,取り返しがつく,負けても良いラインを決めておく。確保可能な資源を有効活用し,一旦ダメだと思った結果も見方を変えて新たな資源に切り替える。そして,情報に目を凝らしながら,適切な判断を下せるように状況に対応していくというものです。

 

 このことからわかるように,優れた起業家には熟達が必要だとも彼女は言います。つまり,起業家がそれまでにどのような経験を積んできたのか,そこから得た知識を活用できるかどうかが起業を成功に導く鍵になるということです。ですから,若い人が向こう見ずに限られた資源を持ってリスクや不確実性に突っ込んでいくのではなく,豊かな経験を持つある程度年長の起業家が成功する可能性が高くなるというのも頷けます。いずれにせよ,何か成功する人は失敗をしたとしてもそこから学び,試行錯誤をすることを避けません。情報感度も高く,学ぶ力が非常に高いことに気付かされます。

 

 こうした話は何も「起業」だけではありません。近年では「アトツギ」と呼ばれる事業承継のムーブメントもあります。

世代交代を機に先代から受け継ぐ有形・無形の経営資源を活用し,リスクや障壁に果敢に立ち向かいながら,新規事業や事業転換,新市場参入といった新たな領域に挑戦する中小企業経営者が現れています。

こうした経営者たちは事業の存続や永続的な経営を目指して新たな価値を生み出すような目標を持って経営に向き合っています。

あるいは,会社に勤めていてもこうした姿勢は重要で,新規事業を切り拓く,行き詰まった事業を立て直す場合にも,同じような素養は求められるのではないでしょうか。

 

 これまでもアントレプレナーシップについては,第1回(山川恭弘『全米ナンバーワンビジネススクールが教える起業家の思考と実践術 あなたも世界を変える起業家になる』東洋経済新報社)で紹介しました。また,イノベーションをもたらす人材像としては第12回(篠原 信著『ひらめかない人のためのイノベーションの技法』実務教育出版)でも紹介してきました。こうして何か新しい価値を生み出す人間がどのような特徴を持ち合わせているのかということが次第に明らかになっています。

 

>>「一歩踏み出す勇気」を持って日々の仕事、生活を豊かにしよう!|山川恭弘『全米ナンバーワンビジネススクールが教える起業家の思考と実践術』

 

>>ひらめきの種は日々の生活の中にあり|篠原 信著『ひらめかない人のためのイノベーションの技法』実務教育出版

 

* * *

 

 リスクや不確実性と聞くとどうしてもわたしたちは身構えてしまいますが,この世に生きている以上,何かしらのリスクや不確実性を避けることはできません。それらとうまく向き合いながら,自分にとって望ましい生き方を手に入れる方法論として,エフェクチュエーションから得られる学びは意味があるかもしれません。何より,情報を得たり,判断したり,どこに資源があるのかを知ったり,さまざまな人と関係性を構築する,そして学び続けるということが最も生きやすい方法だということなのかもしれません。

 

 本書はビジネスの実践=ケーススタディでもエフェクチュエーションがどのような意味を持っているかを紹介しています。ぜひ手にとってお読みください。

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福岡大学商学部 准教授
飛田 努
福岡大学商学部で研究,教育に勤しむ。研究分野は中小企業における経営管理システムをどうデザインするか。経営者,ベンチャーキャピタリストと出会う中でアントレプレナーシップ教育の重要性に気づく。「ビジネスは社会課題の解決」をテーマとして学生による模擬店を活用した擬似会社の経営,スタートアップ企業との協同,地域課題の解決に向けた実践的な学びの場を創り出している。 著書に『経営管理システムをデザインする』中央経済社がある。

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