「生き方を認めあってもいいじゃない」
今回の表題をつけるのに結構悩みました。でも,この本を読んでみなさんにお伝えしたいメッセージってなんだろうって考えたときにこの言葉が浮かびました。別に世の中に唾を吐きかけたいわけでもなく,何かに抵抗したいわけでもなく,世の中の規範を何もかもぶち壊せと言いたいわけでもありません。
現在,私は学生とともに高大連携アントレプレナーシップ教育プログラム「スプラウト」という活動に取り組んでいます。具体的にどんなことに取り組んでいるのかは私のブログ(note)をご覧頂くとして,このプログラムは「大学生が先生役として高校に行き,高校生にアントレプレナーシップ(起業家精神)を教える」というものです。
アントレプレナーシップと言うと「起業」がクローズアップされて,「そんなリスクがあることを推奨するのか!」とか,もっと明確に「そんな馬鹿なこと教えて」みたいなことを言われることがありますが,それはアントレプレナーシップ教育の一面しか捉えていないもので,本質的な理解を欠くものと言えます。
そもそも,アントレプレナーシップとは「コントロール可能な資源を超越して機会を追求すること」ですし,「将来の財やサービスを生み出す機会がどのように,誰によって,どのような効果をもって発見,評価,利用されるか」というアントレプレナーの行動様式を指すものです。ここに「機会」という言葉がありますが,それは「成功や進歩の可能性を秘めた有利な状況」を指すとされています。起業なんてことは全く書いていません。機会を発見して,仮説検証を繰り返して真実に到達すること。それがビジネスであれば,1つの尺度として売上が上がる,多くの顧客に支持されることでしょうし,行政であれば生活が豊かになる,人として最低限の権利が保証されるということでしょうし,何でも良いのです。大事なことは「機会を見出して,限られた資源を用いて,より良い状況を作る」という考え方です。
>>「一歩踏み出す勇気」を持って日々の仕事、生活を豊かにしよう!|山川恭弘『全米ナンバーワンビジネススクールが教える起業家の思考と実践術』
でも,これを高校生にそのまま伝えては伝わりません。だから,わたしたちはアントレプレナーシップを「一歩踏み出す勇気」だと言い換えています。そして,学校生活でも,企業活動でも,自分の持っている能力だけでなく,仲間の能力を活かして成果を得ることが組織的な目標として提示されますが,そこで一歩踏み出す勇気を持てない生徒に対して「やってごらん!」って言う授業をしています。これは先生役の学生にとっても,自分でその言葉を発しているのだから,「自分でもやってみよう!」という意欲につながっていきます。こうして,「スプラウト」は高校生と大学生に対してアントレプレナーシップを通じて共創関係を創り出す活動として5年目を迎えています。そして,私は研究活動の一環として,プログラムの教育効果も測定していて,受講生の自己効力感(これは「できる!」という実感)が上昇するという結果を得ています。
先日,この結果をとある研究会で報告したところ,とある先生から「飛田さんはなんでそこまで意欲的に行動できるの?」と問われました。あまりにもSNSでこの活動のことを書いていますし,確かに私の頭の中の多くを占めている関心事ですから,自分にとってはごく普通のことだと思っていたのです。しかし,そこで改めて質問されると,私は「う〜ん」と唸ってしまったのです。
「スプラウト」を始めた理由は,特に高校生の自己効力感を高めること,それによって(何かの裏付けを持った)自信を持って社会に飛び出して欲しいから。それを学ぶ題材としてアントレプレナーシップは優れたものだし,私が考える「誰もが公明正大に活躍できる世の中」を作る方法として最適だと考えています(やっぱ私は痛い奴ですね)。
そこで,今回ご紹介する『Dark Horse「好きなことだけで生きる人」が成功する時代』を読むと,それは大きな方向性として間違えていないことに気付かされます。本書は,ハーバード大学で「個性学」を研究するトッド・ローズ氏と神経科学の専門家であるオギ・オーガス氏の2人によって書かれたものです。
「他の皆と同じでいい。ただ,他の皆より優秀でいなさい」
もしかしたら学校生活で優等生として過ごすことを期待されてきた人は,こうした言われ方をしてきたかもしれません(デスクのブログ参照)。確かに高度経済成長期における日本の学校教育は,大量生産で安定的に高品質の製品を生み出すために,定型的でミスをせず,一定のレベルを実現できる人材を育成することに力を置いていたように感じられます。そして,それはいわゆる「普通の人」という価値観を生み出し,ゆりかごから墓場まで「標準化された人生」が良しとされてきたのかもしれません。しかし,インターネットが生まれ,名も知られていない人が多くの人に見られるコンテンツを生み出し,気づいたら有名人になっているなんてことはごく当たり前のことになりました。
そうした一見型破りに見えるけれども,活躍するようになった「普通の人」をここでは「ダークホース」と名付けています。そして,本書ではそのダークホースたちの4つのルールを述べています。以下,順番に見ていきましょう。
1. 自分が好きなことを掘り起こせ!
本書では「小さなモチベーション」が重要だと説きます。最近の高校生や大学生から「やりたいことがないといけないのですか?」「将来の夢がありません」と相談されることが結構あります。しかし,ある種の正解志向だし,もしそれに相当するものを持っていても「そんなのやめておきなさい!」「なに馬鹿なこと言ってるの!」と言われてしまって,若い人の可能性を潰してしまうことは少なくありません。本書でも「やりたいことは簡単に見つからない」と言っていますし,私自身もこの職業に就いているのはたまたまです。
では,どのようにすれば良いのでしょうか。本書では「自分の好きなことを組み合わせる」であったり,「ちょっと変わった嗜好でも堂々と好きと認める」ことが大事だと述べています。その一方で,「自分の情熱には従ってはいけない」とも述べています。つまり,何か1つのことに情熱を傾けて,そこにモチベーションの源泉を求めるのではなく,「好きなこと」「小さなモチベーション」を組み合わせ,それが多ければ多いほど自分の人生を切り拓いていけると述べています。
2. 自分にあった道を選択する
一度道が見えてくると,人間の性として早く到達点に達したいと考えてしまいそうです。しかし,本書では自分の個性と周囲の状況が適合する「フィット」を大事にせよと説きます。そして,「フィット」を高めるには多くの「好きなこと」「小さなモチベーション」を持って,それらが生かされる機会を見つけて選択することが重要だと言います。そのためには,自分のことをよく知り,それをもとに自信を持って行動することで自分の運命をコントロールできるのだと述べています。
選択肢の中には,自分が能動的に選んだものばかりでなく,人から示されて選択したものもあるでしょう。受動的な判断でも,それが自分にフィットしていることというのは実はよくあることですよね。ただし,その判断に「納得感」を持てるかどうかということは大事です。こうしてダークホースは,「自分の小さなモチベーションと目の前のひとつの機会とのフィットの度合いを見積もったうえで,あなたが重大な選択をするなら,その都度,あなたは自分の目的を確固たるものに作り上げていける」(p.148)のだと言います。
また,人は人生の意味と方向性を自ら決定することができるようになり,「これが私の進む道だ」と確信できるようになると述べています。
3. 独自の戦略を考え出す。
こうしていくと,選択される道筋=戦略は自分自身にフィットしたものになっていきます。それは「自分の強みに適した戦略」となりますから,筆者の言い方をすれば「どんな困難も越えられるようになる」そうです。
このとき,他者から自分の選択=戦略を見ると一見風変わりのように見えることもあるでしょう。しかし,フィットしている戦略を自分で腑に落として選択してるのですから,自分にとっては「正攻法」になるということです。
ただし,ここで気をつけなければならないのは,「人の強み」と「やりたいこと」は基本的に全く別物ですし,「われわれの脳は,『自分の強み』を直感的に知るようにできていない」(p.163)のだそうです。だから,わたしたちは学ぶ必要があるのだと言います。そして,「強みとは学びを通じて構築されるもの,たゆまぬ努力によって得られる能力」だと指摘します。さらに,繰り返し挑戦することで「失敗を歓迎しよう。失敗は,スキルを伸ばす過程において,必要不可欠であり,決定的な要素だ」(p.166)と言います。このことは,発見と修正,仮説設定と検証を繰り返すプロセスでもあり,まさにアントレプレナーシップ教育の鍵になることもであります。
4. 人生の目的地に到達するには,目的地を探してはいけない
最後に「目的地を探すな」と本書では述べられています。ここでも,1で述べた「やりたいこと探し」の不毛さを述べています。また,よく言われる「1万時間の法則」は「標準化」された思考の表れだとも言います。
では,ダークホースたちはどのようにして目的地に達しているのでしょうか。
それは,「目的地を無視する」ことによってできるのだと述べます。しかし,その過程にある「目標」は無視しない。つまり,目先にある「直接的・具体的に達成可能なもの」(p.213)として目標を設定し,それを1つ1つ実行することが重要だと述べます。また,目標は常に個性から出現するものであり,能動的な選択によって生まれるものだと言います。
「もし状況に合った意思決定を繰り返し,(より良い戦略や機会が現れる都度)コースを臨機応変に変えながら短期目標を目指して進み続けるなら,あなたはさらなる高みへと上昇するだろう」(p.220)
壮大な目標の前に,今の自分にフィットした目標を着実に実行して成果を上げる。それを自分の場合どこに向けるのかを決めて行動することが「ダークホース」になる第一歩なのかもしれません。
こう述べてくると,「企業で働く」という選択肢は適切ではないし,やっぱり「そんな社会不適合者を育てるのか」と言われそうです。ある程度「なされるべきことをなす能力」は必要でしょうし,それを否定するつもりもありません。また,企業との雇用関係がある以上は,職務として「なされるべきことをなす」能力を持つことは必要ですし,学校教育が果たすべきことの1つかもしれません。
ただし,その前提にはそれぞれの個性が尊重されて然るべきでしょう。きっと,それは誰も否定しないでしょう。「個人の特性や目標」と「組織として掲げる目的・目標」をどこで折り合いをつけるのか。何を社会的使命として感じて,どう役割を果たしていくのか。
それぞれの考えを認め合えれば人はもっと生きやすくなるでしょうし,僕みたいな人ももっと自信を持って生きていけるように思うのです。みなさん,どう思いますか?