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あなたの会社にはどんな新入社員に来て欲しい?|太田 肇著『何もしないほうが得な日本』PHP新書

ビジネス系書籍をアカデミズムの世界から紹介してくださるのは、福岡大学・商学部の飛田努准教授です。アントレプレナーシップを重視したプログラムなどで起業家精神を養う研究、講義を大切にされています。毎年更新されるゼミ生への課題図書リストを参考に、ビジネスマンに今読んで欲しい一冊を紹介していただきます。

 もうすっかり春ですね。

 

 3月も後半になり「卒業」の時期です。特に,この3月に卒業する中高生,大学生はその生活のほとんどを新型コロナウィルス下で送らざるを得ませんでした。今や耳にしなくなった「ニューノーマル」という状況下に適応した学校生活を過ごしてきた人たちです。

 

 と同時に,(実質的にはだいぶ前から始まっているわけですが)31日は就職活動の解禁日です。毎年この日は恒例の就職活動イベントが開催され,多くの学生が詰めかけて…。というのも,少しずつ状況が変わりつつあるようです。この間にオンライン説明会が実施されるようになって,自宅からでも説明会に参加したいという学生が増えているようです。本学でも毎年定期試験後に開催する3年生向けの就職説明会もコロナ前とは少し状況が異なるように聞いています。

 

 また,コロナの間に団塊世代が70歳代に突入したことで本格的に引退をし始め,いよいよ人材不足がどの業界でも明らかになってきました。チェーン飲食店の中には人員不足を理由にして休業する店舗が出ていることが普通になりましたし,(私もたまに行く)牛丼チェーンなどではワンオペ(1人で店舗を運営する)は当たり前になっているように感じます。こうなればますます「ブラック化」が進んでいくことになってしまい,なかなか人を採用するということが難しくなってしまいそうです。

 

 そうした状況を変えるには「採用」が大きな鍵になることは明らかです。ですから,企業は少しでも優秀な学生を採用したいと必死にアピールしています。企業ばかりではありません。行政も人口減に対応するためにUターン,Iターンでの採用に活路を見出そうとされています。しかし,「働かないおじさん」だったり,「JTCJapanese Traditional Company:日本を代表する伝統的文化を持つ大企業)」だったり,SNS上では日本企業,とりわけ大企業の保守性を強調するネットスラングが生まれてもいます。

 

 どうしてそんなに働くことに希望がないのでしょうか。今回はそうした「日本の社会システムにおける構造的欠陥を問う」として記された『何もしない方が得な日本』という本をご紹介します。著者は同志社大学の太田肇先生で,日本を代表する組織研究の研究者です。これまでも日本人の働き方,承認欲求をテーマに数多くの著作を残されています。

 

 採用活動の現場や,私がたまにお呼び頂く経営者の勉強会では「元気な学生はどうやれば採用できますか?」とか,「最近の学生はどんな傾向があるのですか?」と尋ねられます。採用担当者も「優秀で元気な学生を!」とアピールされますが,果たしてそれは本当に望まれていることなのでしょうか。本書の中で太田先生は次のようなデータを示されます。

 「チャレンジ精神にあふれる新人に入ってきてほしいか」(回答数522人)
 どちらかといえば,そう思う 70.9%
 どちらかといえば,そう思わない 29.1%

 

  確かに中小企業の経営者にお話を聞くと,「新人が入ると会社がなぜだか活気付くんですよね。若い人が生み出す力は大きいです」という声をお聞きします。

 

  一方で,同じアンケートでは次のような質問と回答がありました。

  「同僚としてチャレンジする人と調和を大事にする人のどちらを好むか」(回答数466人)
 どちらかというとチャレンジする人 31.8%
 どちらかというと調和を大事にする人 68.2%

 

 これは質問の仕方にも問題があります。チャレンジする人は調和を大切にしない人ではないし,調和を大切にする人はチャレンジしない人ではないからですね。ただ,この調査で理由を述べてもらうと現実が見えてもきます。それは「もめ事を起こしたくないから」(35件),「面倒を起こしたくないから」(17件),「楽だから」(16件),「なんとなく」(33件)と消極的な理由からチャレンジする人を歓迎しない人がいる(他の回答と合わせると回答者数の3割程度)ことがわかります。こうしたデータを元に筆者は「会社にとってはチャレンジングな人材が必要だが,同僚としてはあまり歓迎しない。いわゆる『総論賛成,各論反対』なのだ。(中略)(この)本音こそ日本の組織を語るうえで重要な意味を持って」(p.99)いるのだと述べています。

 

 また,近年では社内での昇進は業務量が増える,やりたくない調整が増えるとの理由から消極的に捉えられていたり,不正などへの対応のための内部通報制度も法整備が進められているにも関わらず,通報者が守られない事例が散見されるなど,「日本企業のような共同体型組織では,何かに挑戦すること,現状を変えようとすること,突出することは多くの場合,周りの人にとって迷惑なのだ。そのため人間関係が疎遠になったり,ときには反発や敵意を招いたりする。あえて挑戦し,失敗したら孤立無援になりかねない」(p.108)とまで言います。こうして「何もしないほうが得」という文化ができあがり,これは会社内だけでなく,PTAや町内会などさまざまな民間活動の場面で障害となって現れつつあるとも筆者は指摘しています。

 

 これが行き過ぎるとどのようになるのでしょうか。すでにそうした現象は露わになっていて,筆者は「消極的利己主義」という言葉で説明しています。何かに挑戦することを避けることが「得」だとすれば,「茹でガエル」さながら共同体の利得は「何もしないこと」になっていきます。そうした組織には「コミットメント」(正確な訳ではないですが,あえて「帰属意識」と訳しておきましょう)が低い人たちが集まるようになり,前向きなコメントが聞かれなくなっていきます。「出る杭が打たれる」だけなればまだ良いかもしれませんが,やがては自分の利得を最大化するため「公」を語り出す人が出てくる可能性も出てきます。公的な力を使って私欲を得ようとする人も。日本の特徴と言われる「全体主義」が実は権力を持つある個人の利己的な欲求に用いられる可能性があるということです。それを筆者は「組織と個人,全体と個は利害が一致しているという建前を逆手にとり,組織や『公』の名を借りて利己的に振る舞うのは,まさに機会主義の典型だ」(p.165)と指摘しています。

 

  このように,本書では,日本社会に見える「あるある」をデータや過去の筆者の研究成果をもとに論じているところに大きな特徴があります。では,どうすればこうした状況から脱却できるのでしょうか。筆者は「やらされ感」が出る組織の4つの論点を述べています。

【「やらされ感」が出る組織】(p.188)
①[長時間労働]残業が多すぎることや,休暇が取れないことへの不満が中心である。
②[人間関係の問題]上司との人間関係にまつわる問題のほか,人間関係の希薄さやコミュニケーションの不足,逆に濃密すぎる人間関係がもたらすストレスに大別できる。
③[過剰な管理]上司に細かいところまで口出しされるとか,仕事上の裁量範囲が狭いといった内容である。
④[不公平な人事評価]同僚と比べて不当に評価が低いとか,自分の貢献が正しく評価されていないというものである。

 

 ここはマネジメントの根本的な問題ではありますが,逆に個人には高いパフォーマンスが要求されていくという点も見逃してはいけないかもしれません。つまり,民主的で自由闊達な組織文化,あるいは社会を構築していくには,開かれた世界であらゆる利害を持った人が同じように生きているという「民主的」な考え方が求められるということでしょう。では,わたしたちはどこまでオープンマインドで,他者との違いを受け入れることができ,自分自身のありようと向き合うことができるのでしょうか。

 

 このコラムでもたびたび「アントレプレナーシップ」(起業家精神)という言葉を出していますが,私はそこに1つのヒントがあると思っています。アントレプレナーシップとは限られた資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を有効活用して,新たな価値を生み出すこと。それはビジネスだけでなく,政治も,行政も,学校教育も,どんな社会的活動でも,資源が完全に揃っていない状況がありつつも,目指す姿=新たな価値の創出を目指して活動をしている。そこに関わる個人が単独で何かが実現できることはなく,誰かと連携しながら成果の実現を図る。そうした前向きで,チャレンジ精神旺盛で,他者を受け入れ,成果の達成のために高いコミットメントを持てる人であり,組織を目指す。そこに1つの答えがあるように考えています。

 

 企業にとって採用とは生命線。だからこそ,自分は何者であるのか,どういう仲間を加えていきたいのかという考えを持つことが肝要でしょう。それは学生ばかりに求められますが,実はあらゆる立場の人間に求められていることを忘れてはいけないですね。

 

 ぜひ手に取ってご一読ください。

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福岡大学商学部 准教授
飛田 努
福岡大学商学部で研究,教育に勤しむ。研究分野は中小企業における経営管理システムをどうデザインするか。経営者,ベンチャーキャピタリストと出会う中でアントレプレナーシップ教育の重要性に気づく。「ビジネスは社会課題の解決」をテーマとして学生による模擬店を活用した擬似会社の経営,スタートアップ企業との協同,地域課題の解決に向けた実践的な学びの場を創り出している。 著書に『経営管理システムをデザインする』中央経済社がある。

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