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近代的な生活は人を幸せにしているのか|ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ著『懐かしい未来 ラダックから学ぶ』ヤマケイ文庫

ビジネス系書籍をアカデミズムの世界から紹介してくださるのは、福岡大学・商学部の飛田努准教授です。アントレプレナーシップを重視したプログラムなどで起業家精神を養う研究、講義を大切にされています。毎年更新されるゼミ生への課題図書リストを参考に、ビジネスマンに今読んで欲しい一冊を紹介していただきます。

 懐かしい未来。
 
 この言葉を知ったのはTwitterでした。九州の南西,東シナ海に浮かぶ甑島で「島守」として島での生活をしながら事業を営む山下賢太さんがつぶやいていた言葉。私はそれを見てなぜか稲妻に打たれたかのような衝撃を受けました。そして,その言葉をつぶやくと友人経営者にこの本を教えてもらいました。
 

近代的な生活は人を幸せにしているのか|ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ著『懐かしい未来 ラダックから学ぶ』ヤマケイ文庫

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 この本の舞台はラダックという地域。インドとパキスタン,中国が国境を巡って争いを続けているヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に挟まれたカシミール州東部にある地域です。ここに1975年に言語学者として入った1人のスウェーデン人女性がヘレナ・ノーバーグ=ホッジ。彼女はこのラダック地方で使われるラダック語の研究のため現地を訪れます。
 
 彼女がラダックを初めて訪問した頃,そこで暮らす人々の生活は昔ながらのそれでした。夏は太陽が照りつけ,冬は零下40℃ほどになる高地の砂漠地帯。ここで暮らす人々は自給自足の農民で,肩を寄せ合うように暮らしている。山から来る雪解け水は貴重な地域の資源で,それで畑を耕して生活している。標高4,000から5,000メートルまで行くと牧草地が広がっていて,夏の間は家畜の世話をする。自然に抗うことをせず,自然とともに生きる人々。先進国あるいは街で暮らしていれば当たり前に享受できる便利な生活がここにはない。ヘレナは当初,西洋人である自分から見て違和感を憶えることが多かったと言います。
 
 あるとき2人の若者が家畜を巡って争い事を持ち込んできたそうです。馬や羊の群れを導くためにラダックの人々は石を投げることがあります。通常は正確に投げることができるけれども,このときは狙いが外れて馬の膝に石が当たって怪我をしてしまった。家畜はここで取れる農作物同様重要な資源なので,家畜に石を当てられた男は弁償を求めた。しかし,この地域では家畜の扱いに厳しい決まり事があり,それを破ったのだからとよく話し合いをして結局賠償の必要がないという結論に。
 
 これを見たヘレナは近代的な裁判制度だけが正しい仕組みなのではなく,「草の根レベルで問題解決を可能にするような,緊密な関係で結ばれた小規模の共同社会に基づくものほど効果的なものはない」と感じたそうです。このエピソードから,彼女は「社会の規模の重要性を実感する」ようになったといいます。とても穏やかでいつもにこやかに暮らす,ストレスの感じられないラダックの人々の生活を,ヘレナは価値観や宗教を用いて(ごく一般的にあるような)説明をしようとしていました。しかし,「社会を形作っている外側の構造,特に規模の問題が,価値観や宗教と同じくらい重要であることに私は気づくようになった。こうした社会構造は個人に大きな影響をもたらし,その信念や価値観を補強している」と述べてラダックの人々の生活を丁寧に観察していくようになります。

 ラダックでは100戸もあれば十分に大きな集落で,相互依存の関係を直接体験できる程度の規模の生活になっています。だから,地域の全体像がつかめ,自分自身がその一部である社会の構造やネットワークを把握することができる。また,自分の行動が他者にどのような影響を及ぼすかもわかるので,「責任」を感じることができるのだといいます。特殊なことが起こっても,ラダックの人々は必要に応じて自発的な意思決定を行い,行動を取ることが可能だそうです。さらに言えば,法を適用して統制しようとするのではなく,それぞれの状況に応じて人々が答えを導き出していく。人と人が作り出す関係,自然と共生することで生まれる価値観,そして作り出されていく環境と文化がラダックにとって重要なものだったのです。
 
 しかし,ラダックにも次第に近代化の波が押し寄せます。1962年以来,この地域はインドの実効支配地域となり,1974年のはじめ,インド政府はこの地域を,観光を目的に開放します。それと同時に,この地域では開発が始まり,道路や発電施設の整備といったインフラ整備,ついで西洋式の医療と教育が提供されるようになりました。また,もともと自給自足の生活を送っていた人々が貨幣経済に取り込まれていく。観光に端を発する開発はラダックの人々の生活を変えていくことにつながっていきました。
 
 そうした生活は何をもたらしたのでしょうか。ヘレナは次のように書いています。「近代世界の道具や機会が時間を節約する一方,全体的に見ると新しい生活様式は時間を奪い去ってしまう」と。若い人たちは伝統的な生活様式を望まず,街に来る西洋人,映画やテレビに出てくる人々の様子を見て,その近代的な生活のあり方こそが人の生きるべき方法なのだと考えるようになっていきます。一旦,バスや自動車を使うことを覚えた人は徒歩や家畜に乗るという選択肢を失います。一度便利なものを覚えてしまえば,元に戻ることはできません。まさに現代を生きる私たちがそうであるように。
 
自然あるいは生活に根ざしていた世界観も当然のことながら大きく変化していきます。「昔ながらの考えは,あらゆる生命の調和と依存関係を強調するという世界観を基本としている。新しい科学的な世界観は,それらの分離を強調しており,われわれ人間は他の生物の輪の外側に立ち,離れて存在すると語っているかのようである。自然の仕組みを更に理解するためには,ものをどんどん細かく分割し,孤立した断片を調べさえすれば良い」とヘレナはこうした変化をまとめています。ラダックで暮らす人々の見える世界が次第に小さくなり,つながりを消失させていく。
 
 また,この開発の中で導入された近代的な教育システムはラダックの人々の間に断絶を生んでしまったとも言います。もちろん読み書きや計算ができるようになったことは喜ばしいことではあるけれども,同時に自分たちの世界の外で何が起きているのかを知る機会にもなった。すなわち,「近代教育はラダックの人々同士を分断し,(中略)地球規模の経済システムの最下層に位置づけてしまった」とも指摘します。
 
 こうした劇的な変化はヘレナにたくさんの示唆を与えることになります。ラダックの人々は自分の力ではいかんとはし難い厳しい自然と共生しながらしなやかに生きてきた。しかし,近代化がもたらしたものは人々を分断し,生活の基盤となっていた土地から人々を切り離してしまう技術的,経済的な力と関係するのだと。環境と共生してきたからこそ,自分たちを取り巻く環境変化に大きく影響を受けてしまったのではないかと。
 
 こうした近代化と開発国における文化,環境の問題については,現代においては「文化人類学」や「開発経済学」という領域で研究されています。私は専門外なので詳しいことを述べることはできませんが,人が生活を続けていく中で「いかなる環境で暮らしていくか」はとても重要な要素だと言えそうです。そして,こうしたヘレナの指摘は,私たちは暗黙的にそれぞれの育った地域での「常識」や「当たり前」を受け入れていながら生活をしていること,そうした自分にとっての環境と他の地域における環境をと比較していることを気づかせてくれます。時として,それは開発が進んだ都市と自分が生まれ育った地域との比較対象によってポジティブにも,ネガティブにも影響する可能性があるということでしょうか。
 
 現在,私は学生の協力を得ながら,北部九州地域を中心に複数の高校でアントレプレナーシップ教育を推進しています。特に,壱岐での授業では多くの気づきを得ることがあります。今や地方ではその地域の貴重なインフラであった個人商店が存在感を失い,ある一定の規模の地方都市でも街の中心には全国チェーンの量販店があることが珍しくありません。コンビニもドラッグストアもある。けれども,そこに生まれ,暮らしている高校生たちは「うちの街は田舎だ。何にもない」と言います。物質的な豊かさに興味を持つ年頃の彼・彼女たちからすれば,地方の生活は退屈で仕方がないのかもしれません。そして,都会での生活に憧れを持つのは致し方ないことでもあります。

 そこで,高校生に島での生活をより良くし,成り立たせるためにビジネスが果たす役割は何か。「働く」にいかなる意味を持たせるか。こうしたことを考えるひとつの機会として,教育プログラムの中で「ビジネスを実践する機会」を設けています。普段は静かな商店街で島内・島外の企業とのコラボレーションをしてみたら,望外の売上を得ることができた。実は仕掛け方によっては自分たちのアイデアでビジネスもできるし,十分に生活を成り立たせることができることを体感していきます。「何もない」と思い込んでいる高校生たちが事業機会を見出して,あっと驚くほどの成果を得られる。しかし,現代的な生活を送ろうと思えば,「島が大好き」と語る彼・彼女たちですら,その多くが18歳で一度島を離れることを決断せざるを得ません。
 

 果たして「豊かさ」とはなんなのでしょうか。どこにいようとも同質化したモノやサービスに溢れる現代的な生活だけでなく,その地域や環境に根ざした生活をいかに送れるかということなのでしょうか。都市での暮らしが果たして「近代的」なのでしょうか。一方で良さを伝えようとするがあまりに説明的になりすぎるのも野暮。日々の生活を「吾唯足知(われただたるをしる)」ものにすることがこのラダックでの話から学べることなのかもしれません。それは必ずしも地方で暮らすことを意味するわけでもないし,都市で生活することで満たされるわけでもないのでしょう。
 
 私たちがもう少し手触り感のある生活を営むためにできること。経済的,技術的,科学的に進歩する未来だけでなく,「懐かしい未来」という未来があるということを知れば,そうした生活を手にすることができるのかもしれません。

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●飛田先生が取り組まれている創業体験プログラムの詳細はこちらでも読めます
>>創業体験プログラム全体のnoteマガジン 
https://note.com/ttobita/m/maac7b3524621
 
>>壱岐商業の活動をまとめた記事
https://note.com/ttobita/m/m1272a7199983

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福岡大学商学部 准教授
飛田 努
福岡大学商学部で研究,教育に勤しむ。研究分野は中小企業における経営管理システムをどうデザインするか。経営者,ベンチャーキャピタリストと出会う中でアントレプレナーシップ教育の重要性に気づく。「ビジネスは社会課題の解決」をテーマとして学生による模擬店を活用した擬似会社の経営,スタートアップ企業との協同,地域課題の解決に向けた実践的な学びの場を創り出している。 著書に『経営管理システムをデザインする』中央経済社がある。

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