福岡映画 #02

「奇跡(2011)」〜「距離」の向こうに世界を見つける。カンヌ受賞監督が福岡で撮った、奇跡の物語。 〜

毎回、配信やソフト(DVD/Blu-ray)で楽しめる作品のなかから、劇中に「福岡」が登場する映画作品を紹介していく「福岡映画」。第2回目は、是枝裕和監督が2011年に発表した『奇跡』。今だからこそ見て欲しい「距離」にまつわる映画として、本作をご紹介します。

わたしたちと「距離」

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、ソーシャルディスタンス、対面接触の削減と、わたしたちは突然、「距離」の見つめ直しを迫られました。

以来、日々漠然とした不全感が自らのうちに吹き溜まり、無性に誰かとともに居たいと願う強い気持ちとは裏腹に、最早これまでのような無邪気さで誰かと場をともにすることはできない、どころかそこに無意識の恐怖さえ覚えるようになってしまった。
 
かつて自覚もしていなかった幸福な時間を、非情な「距離」が呆気なく奪い去る。しかしその冷徹な「距離」こそが、わたしたちひとりひとりに「他者」や「世界」を丁寧に見つめ直させ、新たに関係を結び直させる原道力にもなっている。

自分ひとりの力の及ばない出来事によって生まれた「距離」に阻まれながら、育まれる。この2020年のわたしたちの姿は、今回紹介する作品の主人公の少年と、どこか似ているのではないかと思うのです。

奇跡を叶えにいく

「奇跡」
2011年/127分
監督・脚本・編集 是枝裕和
音楽・主題歌 くるり「奇跡」
出演 前田航基、前田旺志郎、大塚寧々、オダギリジョー、夏川結衣、阿部寛、長澤まさみ、原田芳雄、樹木希林、橋爪功

両親の離婚をきっかけに、小学6年生の兄・航一は母とともに鹿児島へ、小学4年生の弟・龍之介は父とともに福岡で、それぞれ離れて暮らすことに。家族四人が再び一緒に暮らせることを願いながら日々行き場のない思いを抱く航一は、ある“奇跡”の噂を耳にします。九州新幹線全線開業の朝、博多から南下する“つばめ”と、鹿児島から北上する“さくら”、2つの新幹線の一番列車がすれ違う瞬間に、奇跡が起きて願いが叶うという。航一は弟と連絡を取り合いながら周囲を巻き込み、奇跡を起こすための無謀な計画を実行にうつしていきます。
 
のちに「万引き家族」でカンヌ映画祭最高賞を受賞する是枝裕和監督が2011年の九州新幹線全線開通にあわせて手掛けられた、氏のキャリア上はじめての企画映画の本作ですが、侮るなかれ。是枝監督の演出のうまさが至るところで炸裂しまくり、見終える頃には爽やかで前向きな後味と多幸感が残る、フィルモグラフィーのなかでも屈指におすすめしたい一本です。


© 2011「奇跡」製作委員会

映画はまず前半、兄弟とその家族、友人たち、そして周囲の大人たちを丁寧に描きながら、登場人物ひとりひとりが抱く欠落感の先に潜むいろんな「距離」を浮き彫りにしていきます。鹿児島と博多ではなればなれになった兄弟の物理的な距離家族の時間を終わらせた母と父の心の距離。そして友人の少年少女たちもまた、一人ひとりの夢や願いとのあいだに距離を覚えていることが明らかになっていきます。

そうしてあちこちに錯綜した「距離」と願いのベクトルを一方向に収斂させ、映画が文字通り“走り出す”エモーショナルな列車出発のシーンから、作品は少年少女たちによる奇跡を叶えにいく冒険の後半戦へと踏み出していきます。果たして彼らは奇跡を起こすことが、できるのか。

「距離」の向こうに見つけた「世界」を認めること

映画を見ていて印象的なのは、やはり主人公の航一が「距離」によって阻まれ、育まれるようすです。
 
彼は劇中冒頭から、鬱陶しいほどの存在感でそびえる巨大な桜島と、連日降り積もっては街並みを霞ませる火山灰への不平をこぼし続けます。自分を不遇の位置に押し留める象徴としての桜島、そして彼の見通しを阻み、掃いても掃いても降り積もる疎ましい灰は、いずれも彼の現在の“ままならなさ”そのものです。
 
そんな彼だからこそ、家族がもういちど一緒になれさえすれば全てが解決すると信じたかった。計画を行動にうつし、仲間たちとの冒険を経て、ついに時速260kmで2つの新幹線が交わる「距離」のゼロ地点にたどりついたとき、彼はどんな奇跡を願うのか。そして鹿児島へ帰還したとき、大嫌いだった桜島とその灰に、彼はどんな眼差しを向けるのか。


© 2011「奇跡」製作委員会

一心に「距離」と向き合った先に、自分を取り巻く「世界」を見つけること
ひとりの力では到底及ばない、思い通りにいかないこの「世界」の存在を認め、なお前進する道を選ぶ。彼は、「世界」と新しい関係を結び直します。
さわやかな希望がこだまする静かなエンディングは、2020年のみなさんにこそ見てほしいものです。
 
 
 
最後に、この連載の本旨でもある、劇中に登場する「福岡」について。
弟・龍之介が通う小学校は百道浜小学校(筆者は同校の開校2年目の卒業生だったもので、大変感慨深いものでした)、 バンドマンである父親がライブを披露する会場は親不孝通りのgraf、今は外装が変わってしまった懐かしの大濠公園のロイヤル・ボートハウスも登場。そして雑餉隈の銀天街とスナックルナ(店舗の実名は「スナック絹」)は物語の重要な舞台となっています。

英国ガーディアン誌2013年映画ベスト10の第9位に選出されるようなこの国際的作品に、まさか自分の母校を含む地元が登場しているというのは、なかなか誇らしいものがあります。

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「奇跡」
監督:是枝裕和
Blu-ray・DVD好評発売中
発売・販売元:バンダイナムコアーツ
© 2011「奇跡」製作委員会

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映画ライター
三好剛平
1983年福岡生まれの文化ホリック社会人。三声舎 代表。企業や自治体の事業・広報にまつわる企画ディレクションをはじめ、映画や美術など文化系プロジェクトの企画運営を多数手がける。LOVEFMラジオ「明治産業presents: Our Culture, Our View」製作企画・出演。その他メディア出演や司会、コラム執筆も。

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