2024年、あけましておめでとうございます。また、読者のみなさまとお会いすることになりました。今月から新たな連載がスタートします。福岡を中心に各界で活躍されている経営者にお話を伺うこの企画。「福岡新風景:経営者と語る福岡の魅力」と題して始めます。よろしくお付き合いください。
「水門メーカーの職人」から「メタルクリエイター」に
さて、記念すべき第1回は、福岡県柳川市に本社を置く「乗富(のりどみ)鉄工所」です。乗富鉄工所は1948年に創業された福岡を代表する水門メーカーです。また、近年ではキャンプ用品の製造・販売にも取り組んでおられるとともに、製造に携わる職人さんを「メタルクリエイター」と呼んでその技術力と創造力を活かした事業展開を進めておられます。
工場内に設けられた体験コーナー。これらを生み出すメタルクリエイターの技術が乗富鉄工所の競争力の源泉。
また、社業をSNSで多角的に発信されたことから異業種からの注目を受けています。最近ではスタートアップ企業との協業で水門管理を遠隔的に行うことができる装置を提供したり、「メタルクリエイター」の能力をインテリアに活かして大川市に本社を置く家具卸「関家具」とのコラボレーションを進めるなど業容拡大を進めています。昨今、中小企業経営者の後継者を「アトツギ」と呼び、既存事業だけでなく新規事業への展開を進める動きを「アトツギベンチャー」と呼んだりしていますが、そうした動きを指し示す福岡を代表する中小企業の1つと言えるでしょう。
さて、同社と私の関わりができたのは、SNSを通じてあるソフトウェアを用いた業務改善に関する投稿を拝見してのことでした。中小企業の管理会計実践を研究対象としている(!)私に学会報告依頼が届き、そのネタを考えている時にふと目に飛び込んできたのが乘冨賢蔵さん(取締役生産管理部長:当時)の投稿でした。2020年当時、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が喧伝されるようになり、これが企業経営とりわけ中小企業の経営実務にどのような影響を及ぼしうるか、それが管理会計(これを定義するだけで何時間もかかりますが、詳細は以前私がインタビューを受けた記事大学で学ぶことは、実務でも使える。「創業体験プログラム」飛田ゼミ10年の実りを参照してください)実務にどう関わるかを尋ねようということでした。
以来、さまざまな形で同社との関わりを持つことになりました。例えば、学生をインターンシップに送り込んだり、2名の女子学生とゼミOBでInstagram[https://www.instagram.com/nori_nori_life/]への投稿を続けて9,000名のフォロワーを集め、キャンプ用品のPRを進めてみたり。
2名はそのまま乗富鉄工所に入社し、即戦力として活躍を始めます。昨年は10月に「Noridomi Festival」[https://fukuoka-leapup.jp/tour/202310.16407]を開催しました。
その場には現役学生が学習の場として経営実践を学ぶ模擬店を出店したりと、同社との間で有形無形の産学連携を進めています。
2023年の乗富鉄工所にとってのハイライト「Noridomi Festival」の様子
左より飛田、乘富さん、とびゼミOGのふたり
ちなみに、このうちの1名は、かつてフクリパに学生ライターとして記事[https://fukuoka-leapup.jp/city/202105.255]を書いたことがありました。
このOGは入社後、対外的な広報としてプレスリリースを書くなど、イベントの企画・運営だけでなく、会社をアピールする一翼を担っています。
2024年のはじまり 新年経営方針発表会に参加してきた!
そうして関係性を深めてきたところで、2022年から私は同社の新年経営方針発表会にお招き頂くようになりました。当初は新年の始まりに大学の先生から話を聞くことで「ピシッと緊張感を持って臨みたい」ということだったり、社外の人間が同社のことを話すことで従業員のみなさんが「うちの会社ってイケてるみたいだぞ」と社業に誇りを持って欲しいとのことから始まりましたが、今年はちょっとこれまでとは異なる空気感で私も参加することになりました。
それは、乘冨賢蔵さんがこの1月から代表取締役に就任されることになったからです。
乘冨さんと私のツーショット
そうした記念すべき場所に同席できるのだから、新連載の第1回は乘冨賢蔵さんに登場頂くことにしました。創業者から受け継いで3代目。大学院卒業後、造船メーカーで主に生産管理を担当していたところ、先代からの要請で家業に戻り、数多くの「ファミリービジネスあるある」を乗り越えて新規事業を立ち上げ、7年で経営者になられました。今年はその記念すべき代表取締役就任に伴う経営方針発表会ですから、乘冨さんも力がいつも以上にこもっていたように感じました。
経営方針発表会は新年の挨拶に始まり、式次第に従って私から少しだけお話をしました。1つは「経営者は自分では何もできない。他者の協力があってはじめて業を前に進めることができる」ということ、もう1つは「リスクと不確実性」の話でした。特に、後者については、従業員のみなさんにお伝えしたいメッセージでした。従業員は今日明日の職務をどう完遂するかを考えるが、経営者はその進捗を確認しながら遠い未来の会社の行く末を考えている。だから、初めから同じところを見ているわけではない。ただ、過去数年間、この新しい経営者はこの時を迎えるための仕込みをし続けてきて、より良い方向に会社が進み始めていることは理解されているでしょうから、ぜひしっかりと支えて頂きたいと。
やや出しゃばり過ぎたかなと後悔した部分もありますが、乘冨さんへのエールとしてお話をしました。
そして、いよいよ真打登場。乘冨さんによる経営方針の発表です。まずは、昨年の業績発表から。詳細は控えますが、売上高は過去最高。ただし、経営課題はまだまだある。続いて、「未来に向けてできること」として、Webページのリニューアル、水門の自動・遠隔管理の事業化、キャンプ用品事業の「ヨコナガメッシュタキビダイ」のグッドデザイン賞と福岡県デザインアワードでの受賞を契機にデザイン経営の推進、関家具とのコラボブランド「FACTORIAL」の販売開始、アート作品への技術協力と同社が進めてきた多角的な活動が紹介されました。
2023年は乗富鉄工所にとって飛躍を遂げる年に
その上で、新年度の経営方針の発表です。ただし、ここで乘冨さんは(中小企業に限らず企業の存在意義を確認する上で「なぜ?」を確認するためにも大切な)歴史を滔々と語り始めました。創業者は何から業を興し、わたしたちがどうして今この仕事に携わることができるのかを確認するかのように。その中には艱難辛苦、必ずしもポジティブなことだけではない会社の歴史も含まれていました。そうした歴史の上に、今があるのだと。
乗富鉄工所の歴史と「新規事業」が生まれたタイミング
ここで新代表取締役は明確に述べます。
乘富さん
そして、その新たな価値を生み出す根幹には職人=メタルクリエイターの存在があるのだと。そこで新代表取締役はこのようにも述べられます。
新年経営方針発表会で示された同社のありたい姿
そして、そのクリエイティブ(創造性)を起点に「今ある事業をアップデートする」ことと「新たな事業を生み出す」ことを新年の経営方針として打ち出されました。この様子を聞き入る社員のみなさんの顔は充実感に溢れている印象がありました。
ここで新代表取締役は、同社が推し進める「デザイン」による経営の重要性を改めて語り始めます。高度経済成長期、同社が創業者とともにさまざまな事業に進出していた頃、それはモノが足りない時代であり、何かを生み出すことができれば「腕利きに貧乏なし」と言われていた時代でした。しかし、バブル経済崩壊後、モノが溢れる時代になった今では「品質だけじゃ売れない」時代になっている。こうした言葉はさまざまな場所で言いふらされているものであるけれども、そこに巻き込まれてしまっては会社が成り立たなくなるという危機感を訴えられます。そして、過去数年間の経営改革、新規事業への進出が持つ意味を改めて確認するとともに、会社が持つ独自の能力であり、競争力の源泉となるオーダーメイドによるものづくりを新分野に展開するのだと述べられます。
こうした動きの一環として、これまで続けてこられた「焚き火部」をさらに発展させ、「鉄工所を観光地化しよう」という野心的な取り組みを具体化させ、毎月第2・第4金曜日に「Night Factory Camp」として観光地・柳川を彩るイベントにすることを発表しました。
製品を使える機会にもなっている「Night Factory Camp」の一コマ
新年経営方針発表会は、単に会社組織として何をどうするかを伝達する場としての儀式的、予定調和で終わるものではなく、「会社がどうしてここにあるのか」を歴史的、地理的、社会的意義を振り返る場となりました。そして、経営者自身の意思を明確に伝える時間になりました。
BtoBからBtoCへ。「アトツギベンチャー」が描いた「人の生活に密着した事業」
乗富鉄工所の歴史からすれば3年という時間は短すぎるように感じられます。しかしながら、その間に起きた同社の変化は、ある種「革命的」なものだったと言えるでしょう。しかし、乘冨さんと常々話をしていて感じていることは、「できることを全てやって、さまざまな形で発信していたら、雪だるま式にできることが増えていった」ということ。計画的に見えないことも計画的に、偶然の出来事もその計画にうまく繋ぎ合わせるように進めていくことで、今の姿ができあがってきたのではないかと感じます(このあたりはフクリパBooks 2023年11月の『エフェクチュエーション』[https://fukuoka-leapup.jp/serial/202311.18633]をご覧ください)。
そうしたマインドセットを養う場所として、柳川という場所に乗富鉄工所が存在することは大きな意味があることなのかもしれません。そのことを乘冨さんはどうお考えなのでしょうか?
乘富さん
一方、福岡は産地ではないため製造業同士の横のつながりが少なくコストやサプライチェーン構築においてのアドバンテージはありませんが、水産や農業など地域の産業を支えるためにユニークな技術をもったニッチなものづくりの会社がたくさんあります。
そのような会社同士が業界・業種を超えて繋がれば、まだ見ぬものづくりができるのではないかと思っています。簡単ではありませんが、これまでの活動を通してそれができる手ごたえを感じています。地域を支えるニッチな会社が世界を驚かせるようなプロダクトも作るって、とってもワクワクすると思うんです。
世界的に活躍する戦略ディレクターの濱口秀司氏はイノベーションの条件として、(1)見たこと、聞いたことがない、(2)実行可能であること、(3)議論を生むの3点を挙げられています。乗富鉄工所のここの数年間のイノベーションストーリーはまさにこの3つが揃っています。すなわち、水門メーカーでキャンプ用品、それは実行可能=製造可能な製品であること、B to BあるいはB to G(government;地方公共団体)向けにビジネスを行ってきた同社にとってキャンプ用品というB to C事業は社内で議論が生まれざるを得なかった。が、「アトツギ」はそこから逃げることができません。覚悟を決めて推し進めるには想いを述べるだけでなく、形にすることが求められてきたのでしょう。
では、ここまでイノベーションをもたらすことができた理由は何なのでしょうか。それは、そもそも経営者自身がこの会社をどこにどのように導きたいかという問いに対して、明確に言葉にすることができていること=言語化能力の高さが挙げられます。最近の言い方で言えば「解像度」が極めて高いこと。「あんなこといいな、できたらいいな」を形にできたのは、乘冨さんの持つ言葉の力が大きいように感じられます。代表取締役への就任を機に改めて歴史にフォーカスして話をしたのは、「乗富鉄工所」が進むべき道を指し示すためでもあったと言えるでしょう。
ぜひ、乘冨さんが発信されているX(旧:Twitter)やnoteなどをお読みください。会社経営者に求められる多角的な能力の一端を感じることができるかもしれません。
そして、柳川という歴史ある水の都で事業が営まれているからこそ育まれる「人の生活に密着した事業」だとも言えそうです。
この連載では、経営者との語らいの中で見える福岡で事業を営むこと、働くことの魅力をお伝えできれば幸いです。次回をお楽しみに。