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答えは存在する。問いが立たないから答えに辿りつかない。|宮野公樹著『問いの立て方』ちくま新書

ビジネス系書籍をアカデミズムの世界から紹介してくださるのは、福岡大学・商学部の飛田努准教授です。アントレプレナーシップを重視したプログラムなどで起業家精神を養う研究、講義を大切にされています。毎年更新されるゼミ生への課題図書リストを参考に、ビジネスマンに今読んで欲しい一冊を紹介していただきます。

 大学に勤めていると「社会人は『正解がない問題』を解くのが仕事だ」というようなことを言われる話を聞くことがあります。確かに,仕事をしていると学校のテストで出るような「唯一の答え」ばかりでなく,何が「答え」なのかがわからないようなことに直面します。Aという顧客に対して通用していた提案やサービスがBという顧客に対しては望まれていないということや,ある場所では成功していたパターンが別の場所では失敗に至ることというのはよくある話です。
 
 ビジネスの場合,顧客が明確な課題を持っていれば=欲しいものが何であるかをわかっていれば,それに対応する製品やサービスを提供するというのは1つの解であるように思われます。顧客から投げかけられる「問い」と商店・企業側から提供できる「答え」が一致すれば商売が成り立つということであり,比較的わかりやすい問いと答えの関係です。
 
 一方で,特に新たな製品やサービスを提供しようとすれば,「まだ誰も見たことも聞いたこともない」ことに挑戦するのですから,そこには「答え」が無いように見えます。ところが,ここで間違えてはいけないのは,何か新たな製品やサービスを作ろうとするのは「課題」を解決するためであるということです。ビジネスにおいては顧客が持つ課題解決を図るための手段・方法を提供することが,実は「答え」を提供するということだとも言えるでしょう。確かに,その手段・方法が形になっていない,誰にもわかっていないのであれば「正解がない」と言えるのかもしれません。
 
 しかし,おぼろげながら「正解らしきもの」が頭の中にはイメージできている場合もありますし,「どういう状況になることが望ましいか」という意味での「正解」は見えている場合もあります。また,問いを解いている(営業をする,課題を解決するサービスや製品の提供側)側にとっては答えが見えていなくても,顧客(営業を受けている,製品やサービスの利得を享受する側)にとっては「言葉にできない」「モヤモヤとしている」けれども,なんとなく「答え」を持っていることは多々あり得るでしょう。
 
 つまり,正解が言葉や形になっていないだけで,実は「答え」はそこにあるのではないかと。「正解」は,課題解決を図ることのできる手段・方法なのか,(その課題解決の手段・方法は見えていないけれども)望ましい状況とは何かが言葉やイメージになっているかどうかによってだいぶ変わりそうだということに気付かされます。
 
 「仮説」という言葉もあります。わたしたちは,赤ちゃんが泣いていれば「お腹が空いたのだろうか?」,「眠たいのだろうか?」,「親御さんがいなくて寂しい思いをしているのだろうか?」と想像します。これは「仮説」に相当するものでしょう。赤ちゃんには泣いている理由がある=「答え」がある一方で,それを見ている側には(明確な)「答え」がないからとりあえず「仮説」を立てて対応する。時間を見たり,赤ちゃんの様子を見ながら適切な手段・方法を取って解決を図ろうとする。これも「仮説」を検証していく中で,「答え」と「仮説」のズレを確認し,修正していくことに相当するでしょう。恐らく,わたしたちが日常的に行っているのは,こうした仮説検証なのであって,「正解がない問題」を解いているわけではないということです。
 
 さて,だいぶ前置きが長くなりましたが,ここからが本題です。
 
 どうもわたしたちは「答え」を大切にし過ぎてはいないかと。もっと「問い」を大切にしなければならないのではないかと。その「問い」を立てる大切さを教えてくれる1冊が今回紹介する『問いの立て方』です。

(著)『問いの立て方』 (ちくま新書)

詳細はこちら

 本書は大きく3章立てになっていて,第1章「『いい問い』とは何か」」,第2章「『いい問い』にする方法」,第3章「『いい問い』の見つけ方」という構成です。
 
 ここでとても難しいのが「いい問い」の「いい」と「問い」が何を指し示すかということです。定義づけですね。
 
 「いい」は「良し悪し」の意味で使われる場合もあれば,その人にとって「都合が良い」とか,多義的に用いられることがあります。そこで筆者は「良い」と「善い」が混在するのが「いい」だと定義します。また,「問い」も上で述べたように時と場合と状況によって性質が変わるものだとして,「その問いの『場(形式)』」が重要だという指摘をしています。
 
 筆者はいい問いとは「本質的な問い」だと定義しています。さらに言えば,本質的とは「なぜその問いがあるのか」といった根源的な存在についてまで考えられているか否かが重要だと言います。この指摘はわたしたちが議論する際にもとても大事なポイントと言えるでしょう。何かの課題を解決することは「問い」を立てることから始まるのですから,その「問い」がどのような性質を持つものなのか,どういう状況を想定しているものなのかが議論する場で共有されていない限り,いつまで経っても良質な解にたどり着かないのかもしれません。
 
 そこで「問い」が人間から発せられていることに着目をします。議論をしていると,それぞれの立場を反映した意見が発せられます。時として,その時の「いい」はその時の場合や状況に依存したり,好みの問題であったりもします。ただし,その意見の根拠は(個々人の)観念に裏付けられていることが理解できれば異なった見え方がしてきます。ここでいう観念とは仕事観や世界観などのモノの見方と言っても良いでしょう。そうした観念に裏付けられていることがわかってくると,次第にその人がどのような背景を持っているのかが見えてきますし,どこかに共通点があることもわかってきます。そこのすり合わせができてくると,互いのコミュニケーションが円滑に進み,理解が進んでいきます。
 
 そして,観念とは学んだ知識や環境に依存して形成されていくものですから,筆者曰く観念は歴史に依存しているのだと言います。さらに,長年形成されてきた歴史を煎じ詰めれば存在にたどり着き(難しい!),そこに「在る」ことだけが事実なんだということに気付かされるのだと言います。つまり,本質的な問いとは次のようなものなのだそうです。
 
 なぜ「在る」かわからないけれど,「在る」から「在る」のです
 
 もう少し筆者の説明に従うと,個々人の意見や考えとは場面ごと,状況によって変わりうる可能性があるけれども,歴史や存在は大前提,究極的事実であって,大きく変化することがないものだということ。
 
 つまり,「いい問い」を考えていくには,そもそもの大前提が議論する人々の間で共有されることが重要だということです。「当たり前ではないか」という声が聞こえてきそうですが,単に議論する内容について知っていれば良いというわけではなく,議論を立てる際にどこまで根源的な問いにたどり着けるかという深度が重要そうだということです。企業で言えば,「それは理念に即していることか」,「ミッションと一致しているか」という存在目的と問いがつながっているのかを理解しているのかということでしょう。
 
 さらに筆者はこの「意見→観念→歴史→存在」というレイヤーを循環させる「問いの循環」が重要だとも指摘しています。
 
 「問いの循環」とは,次のような過程を経て進むものです。まず,ある「問い」があったとしましょう。この問いは個人の意見に依存します。この「問い」が何であるかを突き詰めるために,観念や歴史的な背景をもとに問いを問う形式で前提を考えていきます。その過程の中で前提の前提,前提の前提の前提,前提の前提の前提の前提と深掘りして考えることもあるでしょう。そうするとやがて「存在」に至ります。ここまで来ると「存在してるからすべて在る」という段階に至ります。そうすると,哲学的ですが「自分が無くなる」状況に一旦は至りますが,やがて新しい「自分」が立ち現れ,本分としての問いが見えてくると言います。
 
 この「本分」が難しいのですが,筆者の言葉を借りれば「いい問い」とは「本分,もしくは本分に触れる問い」なのだと言います。そして,「本分を自覚したものは,反省し,内省し,学び,他者の声を聞く耳を持つため,自分とこの世の全体的な理解,受諾へと扉が開いている」(p.69)とも述べています。以前も紹介した京セラ創業者の故・稲盛和夫氏が「無私」という言葉をよく用いておられましたが,まさにその境地に達することと同じことなのでしょう。
 
 こうして「問い」から始まった話は哲学的な「存在」という言葉に置き換わってしまいました。恐らく読者の皆さんには「難しいな」「よくわからんな」と思われることでしょう。ですが,今目の前にある状況が「なぜそうなっているのか」,「なぜそう考えるのか」という問いにまでたどり着くこと,それを個人の中だけで閉じ込めるのではなく,他者との対話の中で見出していくことで「なされるべきことを為す」本分が見えてくるということなのかもしれません。
 
 先日,とある地方都市へ行った際,ある社会実験を拝見する機会がありました。今や地方都市は社会課題の先進地ですから,たくさんの課題があります。特に少子高齢化,過疎化によって基本的な生活が維持できない段階まで進んでいる地域もあり,足腰が弱ったり,目が見えづらくなって車が運転できないので,病院や買い物に行けないという状況もあったります。こうした課題を解決するために,省庁や大企業の担当者が新たな技術と今あるサービスを繋ぎ合わせて解決策を講じて実証実験をするのですが,よくよく聞くとそのサービスを利用した経験がある人がほとんどいないと。利用者不在の実証実験とは一体なんなのでしょう…。
 
 こうした事例はいくらでも見聞きします。実際に商売を始めてみたら顧客は誰もいなかったということはあります。スタートアップに対して「撤退の原因は何か」という調査を行うと最も多いのは「市場が存在しなかった」という嘘のような本当の話もあります。事業を始めるときにはその有望さを市場の大きさ,潜在顧客の多さで語るのに,実際初めてみたら「誰もいなかった」なんてことがよく起きます。それも「答え」が間違えていたのではなく,もしかしたら「問いの立て方」が悪かったことが原因かもしれませんね。
 
 そもそも論=存在に立ち返って良質な「問い」を立てることができる
 
 答えを出すことができることも重要そうですが,「問い」がなければ答えは出てきませんから,実は「問い」を立てる時点で勝負が決まっている可能性はあるのかもしれません。スケールが大きい,歴史的に残りそうな研究というのも「問いの面白さ」があるからというのは,研究者をやっていて常日頃感じていることです。残念ながら自分にはその力量が備わっていませんが,つくづく問いを立てることの重要性を思い知らされます。
 
 ぜひ手に取ってご一読ください。

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福岡大学商学部 准教授
飛田 努
福岡大学商学部で研究,教育に勤しむ。研究分野は中小企業における経営管理システムをどうデザインするか。経営者,ベンチャーキャピタリストと出会う中でアントレプレナーシップ教育の重要性に気づく。「ビジネスは社会課題の解決」をテーマとして学生による模擬店を活用した擬似会社の経営,スタートアップ企業との協同,地域課題の解決に向けた実践的な学びの場を創り出している。 著書に『経営管理システムをデザインする』中央経済社がある。

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