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会社とは「目的をもって社会と向き合う存在」である|石井光太郎『会社という迷宮 経営者の眠れぬ夜のために』ダイヤモンド社

ビジネス系書籍をアカデミズムの世界から紹介してくださるのは、福岡大学・商学部の飛田努准教授です。アントレプレナーシップを重視したプログラムなどで起業家精神を養う研究、講義を大切にされています。毎年更新されるゼミ生への課題図書リストを参考に、ビジネスマンに今読んで欲しい一冊を紹介していただきます。

 みなさんは「会社」というものをどのように捉えていらっしゃいますか?
 

 仕事をする場所,お金を稼ぐ場所,自己実現を図る場所,製品・サービスを通じて顧客を幸せにする場所…。ここではあえてどこかに実態があると考えて場所という言葉を使っていますが,「会社」が自分にとってどんな場所なのか,位置づけなのかは人によってさまざまな説明の仕方があるでしょう。
 
 私はビジネスという行為を通じて社会的な営みがどのように行われているのかを理論的に説明することを仕事にしています。会計学を専攻し,特に管理会計という,予算やノルマ,経営計画や利益目標など,働いている人であれば一度は聞いたことがあるでしょう領域を研究対象としています。

そこでは,いわゆる「会社」では,会社の設立の理念があり,理念を実現するために中長期的な勝ち筋を見出すために戦略を立て,戦略を実行するために向こう2-3年だったり,当座1年間の計画を作る。計画が現場には目標として提示され,日々の活動が行われるというモデルが想定されています。

ですから,経営者と管理者(管理職),そして従業員が見えている世界は当然に異なります。会社にある階層と見えている世界のズレを合わせるために貨幣的価値で表現される「会計」が使われている。「会計」によって会社に関わるさまざまな人たちがどんなことを考え,どんな行動をするのかを研究対象としています。
 

 一方で,(批判をしているわけではなく,こういう現実もありますねという意味で書きますが)ビジネスはわたしたちの生活に密着しており,欠かせないものであるがゆえに,仕事を積み重ねていく中での経験がモノを言う世界でもあります。そうした中で(研究対象としては異なる視点で)それぞれの人々が独自の「理論」あるいは「知識」というものを作り上げていくこともあります。それはとても尊いもので,素晴らしいものである一方で,(学術的な)「理論」や「知識」とは異なり,普遍的ではなく,その人独自の理解や解釈であったりすることもあるため,他者からすればその人固有の「経験」で終わってしまうことがあります。
 

 経営学とは,誰でも関わっているビジネスを理論的に説明しようという難しいことをやろうとしている学問分野です。新しい取り組み,面白い取り組みや考え方だけでは理論になりません。そこには普遍性(これまた難しい!)が求められていきます。こうしたことから,「学問としての経営学」と「実践としてのビジネスの現場」には大きな乖離があると感じる方も多くないでしょう。
 

 ただ,学問としてビジネスを捉えたときに,1つ大きなメリットがあります。それは,普遍的な理屈(理論)を議論していますから,その理屈をもってビジネスの現場を見ると,抽象化をすることができます(「具体」と「抽象」大事!)。抽象化することで勝ち筋と負け筋が見えてきます。パターン化ですね。そして,そのパターンに当てはめてビジネスを理解すると,今置かれている課題が見えてきます。これを会社の外部からアドバイスするという仕事をしているのが経営コンサルタントであり,遠く未来の会社の行く末を日々考えている経営者の良き相談役となる人たちです。
 

 かなり前置きが長くなりましたが,今回ご紹介する本は,長年経営コンサルタントとして活躍をしてきた筆者が近年の会社経営のあり方を見て感じること,経営者たるもの流行りに敏感であることも大事だけれども,自分の志に殉じることも同じように大事なことだと教えてくれます。

石井 光太郎『会社という迷宮 経営者の眠れぬ夜のために』詳細はこちら

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 例えば,この本の冒頭「緒言」には次のようなことも書かれています。
 

コンサルタントが追い求める『わかりやすさ』とは,こうして固有の難題の闇にいる目の前のクライアントが,『確かなものがない中でどう考え行動するのがよいか』を自ら『わかる』ための『わかりやすさ』である。それは誰にでもわかる『わかりやすさ』とはまったく異質のものであり,あえて言えば,それはわかる人にしかわからない『わかりやすさ』だといえよう(p.4)。

 
 「具体」と「抽象」の話ですが,その「具体」が人によって異なるものだし,それぞれの会社や人が置かれている状況が異なるのだから,誰にでも通じる「勝ち筋」など簡単に見つかるはずはありません。むしろ,ビジネスを興すには「あなたしか知らない真実」がどのような構造になっていて,どこに勝ち筋を見出すかがポイントなのですから,「自分の頭で考える」ことが求められそうです。わかりやすいから良いわけではない。どう違いを作るかも大切ですよね。
 
 こればかりではありません。刺激的な言葉がたくさん並んでいます。私が共感した文章をいくつかご紹介しましょう。
 

『価値』とは本来,主観的なものである。客観的にできるのは『計測』だけだ。『価値』が『価格』にすり替えられたのと同じように,誰かによって決められた尺度に拠る客観的な『計測』値が,『客観的で絶対的な価値の評価』なる謎のものに,巧みにすり替えられてしまっているのだ。企業経営も偏差値教育の延長のようになってしまった(p.59)。


 

皆が一見,間尺に合わないと思っていることを,信念を貫いてやり通そうとする『会社』でなければ,新しい『価値』観そのものを提案することなどできるはずもない。『会社』は,そうした意味で既成の『価値』観の殻に風穴を空け,揺さぶり,そこからはみ出ることによって,結果として浮遊し漂流する時代の『価値』観をわずかずつでも動かす,もしくはつなぎ留める可能性を孕んでいるのである。そこに空けた穴を通じて,社会としっかりとつながり,根ざしているからこそ,それができる(p.106)。


 

経営者は経営者だからそれ(自らの意志:飛田注)を語らなければならない,のではなくて,それを語ることによってその人が経営者になるのである。社員に振り向いてもらうことができなければ,それを以てその時点で経営者の資格喪失,という意味では,それは命懸けの問いかけということになろう(p.139)。


 

経営者の思考は,『人材』を育てるというものの見方ではなくて,『人材』を活かすという発想でなければならないのである。(中略)

 『人材』を育てる手腕とは,『人材』を活かす手腕なのだ。改めて,身近で知る限りの『人材』育成に優れた事例を想起してみればよい。活かす手腕の不足の問題を,『人材』の不足の問題にすり替えてはいけないと自戒できよう。それを取り違えている限りは,『人材』不足に終止符が打たれることは永遠にない。ヒトを『人材』にするのが,『会社』という『組織』の役割なのである(p.189-190)。


 

既成の枠を超えて,自由に『価値』の創造という社会的冒険に挑む『会社』であるからこそ,一方でそれが『正しい道』であるかどうかを判断する自らを律する規律を,自身のものとして持ち合わせていなければならないのである。それが,『信義』に従うということである。『会社』がめざすものが挑戦的(チャレンジング)であればあるほど,『信義』に従うことが必要だといってよい(p.226)。


 
 と,長々と引用してきましたが,いかがでしょうか。日頃,会社経営に頭を悩まされ,時に自分が進むべき道を見失いかけそうになるかもしれないときに,経営者とはいかなる存在か,会社を営む中で何を実現しょうとしているのか,その志を実現するのに今自分が置かれている状況はいかなるものなのか。いろいろと経営者に投げかけてくれる文章が散りばめられています。
 
 一方で,この本は経営者だけでなく,あらゆる立場のビジネスパーソンに一読頂きたいですね。冒頭で述べているように,同じ会社で働いていても,目に見えている現象が同じであっても,それをどう理解・解釈するかは立場や状況によって異なります。また,わたしたちが働き,生活の糧となる場所が,経営者という立場の人によっていかに構築されているのか,彼・彼女たちが直面しているコトに想いを寄せることができます
 
 会社経営とは,創業者や経営者がひとりではできないことを,給与という形でお金を支払い,組織成員(管理者や従業員)に手伝ってもらうことで成り立つものです。そういう意味では,雇われている立場から働く場所を得ているということはその会社が成し遂げようとしている経営理念=創業者や経営者にとって実現したい志に同意しているとも言えるでしょう。ただ,それは生活にも密着しているものですし,自己実現の場と捉えれば十分でないこともあるでしょう。だから,会社経営の最前線にいる経営者はどのようなことに頭を悩ませているのか,この本を読むことで少しでもその立場を慮ることができるようになるのかもしれません。
 
 わたしたちはなんのために働いているのでしょうか。その会社はそもそも何を目的として存在しているのでしょうか。会社という装置を通じてそれを考えるヒントを与えてくれる一冊ですね。ぜひご一読ください。

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福岡大学商学部 准教授
飛田 努
福岡大学商学部で研究,教育に勤しむ。研究分野は中小企業における経営管理システムをどうデザインするか。経営者,ベンチャーキャピタリストと出会う中でアントレプレナーシップ教育の重要性に気づく。「ビジネスは社会課題の解決」をテーマとして学生による模擬店を活用した擬似会社の経営,スタートアップ企業との協同,地域課題の解決に向けた実践的な学びの場を創り出している。 著書に『経営管理システムをデザインする』中央経済社がある。

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