世界に通じる和食の料理人を1年で育てる! 新たなチャレンジをスタートさせた「鮨 料理 一高」へ

近年、食都として国内外から注目を集める「福岡」。2019年には5年ぶりに「ミシュランガイド福岡・佐賀・長崎2019特別版」が発表されましたが、福岡県内の58の飲食店が1つ星以上を獲得。そのうち、3つ星の2店舗を含む18店舗が寿司店だったことも話題となりました。本シリーズは、福岡で注目を集める寿司店を訪ね、福岡の寿司店が高い支持を集める理由を探っていきます。

故郷・宮崎を離れ、シンガポールを経て福岡へ

宮崎の『一心鮨 光洋』といえば、国内外からゲストが足を運ぶ人気店。この店のためだけに宮崎を訪れる人も少なくない。

4兄弟の長男として生まれた木宮一洋さんは、父の背中を見て育ち、物心ついた頃から寿司職人としてこの店を継ぐことが当たり前だと考えていた。

「高校を卒業後、父の勧めでオーストラリアへ留学しました。父は、この世界に入ったら1つの場所に留まることになるから、今のうちに海外を見ておけと言っていましたね。高校までラグビーをしていましたので、オーストラリアでは語学を学びながらラグビー三昧の日々を過ごしました」と、木宮さんは当時を振り返る。

2年半の留学生活を経て帰国した木宮さんは、父・一高(かずたか)氏のもとで修業をスタートさせた。

木宮さん「ほかのお店で学びたいという気持ちもありましたが、父が出してくれませんでした。父は一心鮨の味をそのまま継承したいという想いが強く、それ以外の技術や情報を学ぶ必要はないという考えだったんです」。

5年ほどの修業期間を経て、父の横で寿司を握るようになる。

父・一高氏が他界し、大将となった木宮さんに、ある日「西麻布に一心鮨を出さないか」という話が舞い込む。

木宮さん「生まれて初めて、宮崎を出るということを意識しました。そういうチャンスもあるんだなって思いましたね。一方で、当時は30人近くの従業員がいて、人材の育成や経営面なども見なければならず、鮨に向き合う時間が減っていました。

とはいえ、一心鮨のトップはあくまでも母である女将です。若手は育っているものの、上はそのまま。ちょっとした閉塞感がありました。どこか風穴を開けなければ!という想いを抱くようになり、女将と話し合った結果、女将は一心鮨を守り続ける、私は外に出て新しいことにチャレンジすることになりました」。
 
木宮さんは、当時、手伝って欲しいと言われていた知人の企業に所属し、シンガポールで新たな人生をスタートさせた。そこで見たのは、現地の若い料理人が和食に対して一生懸命に向き合っていること。

学びたくても学ぶ機会がないことを知った木宮さんは、一度日本に戻り、和食を教えるためのチームをつくることを決意する。

日本に戻ることになった木宮さんには、東京や京都など全国各地からオファーがあったそうだが、店を構えることにしたのは福岡だった。

木宮さん「九州中の朝獲れの魚がその日のうちにアジアに発送できるのは福岡の強み。アジアで和食を広げようと考えたとき、福岡の魚が絶対に必要になりますし、福岡の魚屋さんや若い料理人と繋がりたいという想いもありました」。

こうして、父の名前を屋号に掲げた「一高(いちたか)」は、2019年8月、福岡・荒戸の地に誕生した。

1年のトレーニングで世界に通用する料理人を育てる!


(車海老)立派な車海老は天草産。鰹だしベースの醤油だれに漬け込んでいる


(イカ)佐賀産のイカも鰆同様、塩で〆て3日以上寝かせている


(鰆)近海で獲れた鰆に塩を当て3日以上寝かせた鰆


吉田料理長による料理の1品。寒い季節に美味しくなる2つの食材を味わう「寒ブリと福岡県産無農薬の下仁田ネギの焼き物」

「鮨と料理をとことん楽しんでもらえるお店でありたい」と木宮さん。前半の料理は京都の「下鴨茶寮」をはじめ、割烹や料亭、旅館、ホテルなどで15年修業を重ねた吉田健太料理長が腕を振るい、後半の鮨を木宮さんが握るというおまかせのスタイルだ。


宮崎時代から、話術にも定評がある木宮さん。カウンター越しの会話もまた美味しいアテとなる

木宮さん「いつも変わらない、安定した鮨をめざしています。基本的には1シーズン同じ魚しか握りません。そうすることで職人としての技を磨くことができます。

これまでは経験値を高めることに注力してきましたが、さまざまな経験をしてきた中で、変わらないことが技を磨くことになることに気づきました。今は職人としてのコアな部分を鍛えているところです」。
 
寿司職人になって20年以上を経た今なお、研鑽を重ね技を磨き続ける木宮さんだが、一方でアジアの若き料理人たちに和食を伝えていくための仲間を育てることにも力を注いでいる。

その取り組みの1つが、平日のランチタイムにポップアップで営業する「鰻焼き 鰻田官兵衛」である。
 
木宮さん「1年間で和食を学べる超実践型の『木宮メソッド(仮)』を考案しました。今、鰻を焼いているのは20代の女性です。彼女は全くの素人からスタートでしたが、1ヶ月経たないうちに20人分を回せるようになりました。

1ヶ月トレーニングすれば、鰻の店を出せるということがわかったので、彼女は次の段階に進んでもらうことにしています。
 
次の段階とは、追い追われながら仕事をするという経験。というのも、昨今の寿司店はうちも含めておまかせのお店が増えています。

おまかせというのは、お客様のペースに合わせはしますが、基本的には自分のペースを守ることができ、追われることは殆どありません。そうなると、一方向に偏った料理人しか育たないんです。

『一心鮨 光洋』は、おまかせもお好みもやっていて、とにかく忙しいお店でした。追い追われることで、頭を使って考える力を養えることを私は知っています。

仕事に追われる経験は、海外で通用する人間力の高い料理人を育てるためには必要なことなんですよね」。
 
次に鰻を担当するスタッフも既に決まっており、現在修業中の女性は、次のスタッフに引継ぎをすることで、教え方も学んでいく。

鰻店でカウンター越しの接客を、次のステップで追い追われる仕事を経験した後は、海鮮丼の店で魚の切り方を、仕出しでお弁当の作り方を学び、最後に「一高」で仕上げるという1年間のカリキュラムを予定している。

この期間、並行して鮨の握り方のトレーニングも重ねるというが、木宮さんは1年で和食の職人を育て、和食を学びたいという若者たちが待っている海外へ、学びの期間を終了したスタッフを送り出す予定だ。


2部屋あり貸し切りも可能。それぞれにカウンターを備えている

木宮さんから見た福岡

最後に。福岡で暮らし始めて間もなく1年が経つという木宮さんに、福岡の街について聞いてみた。
 
木宮さん「これまで宮崎、オーストラリア、シンガポールで暮らしてきましたが、福岡はいちばん暮らしやすい街だと実感しています。まず、ご飯が美味しい。どの店に行ってもハズレがないですよね。

また、よく言われることですが、街がコンパクトなので生活もしやすいですし、空港も近いので海外も近いという感覚です。そして何より、福岡の人たちの気質が素晴らしい。

来るものは拒まず誰に対してもウエルカムで、新しいことをしようとすると『それ、面白いね』と、面白がってくれます。

今、4歳の子どもを育てていますが、託児所やベビーシッターも見つかりやすいというのは、都会的ないいところ。いろんな魅力が凝縮した唯一無二の街だと思いますよ」。
 
福岡を拠点に新たな挑戦をスタートさせた木宮さん。その動向に今後も注目していきたい。

鮨 料理 一高(いちたか)
■福岡市中央区荒戸1-2-2 ロワールマンション大濠1階
■092-791-5868
■昼12:00〜OS13:30/夜18:00〜、20:00〜(2部制)
■水曜休
■コース昼6,000円〜、夜22,000円

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編集・ライター
寺脇 あゆ子
松山生まれ、福岡育ち。福岡・大阪の出版社を経て独立。福岡を拠点に全国誌、地元情報誌、webメディアなどで取材・執筆を行なう。美味しいものがある、面白い料理人がいると聞けば、日本全国どこへでもフットワークの軽さが自慢。無類のラグビー好きでW杯は2007年のフランス大会以降、4大会を現地で観戦している。

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