大橋は、実は「温泉地」だった

「政令指定都市の市街地に高温多量の天然温泉が湧くことは、全国的にみてもすごく珍しいことなんですよ」。
そう語るのは、富士の苑の代表・藤野健二さんです。 天然温泉が自噴する南区三宅〜横手の一帯は「博多温泉」と呼ばれ、かつては複数の入浴施設が点在していたと言います。昭和40〜50年代には「千人風呂」という大規模な浴槽を備えた温泉施設が存在し、多くの人で賑わっていた時代もあったそう。
しかし時代の流れとともに施設は次々と姿を消し、現在、生業として温泉を守り続けているのはここ「富士の苑」と、川向こうにある「元祖 元湯」の2軒のみとなりました。
「元祖 元湯」についてはこちらをチェック
畑から湧き出た、奇跡の源泉

「富士の苑」が創業したのは1972年(昭和47年)。 現在、旅館が立っている場所にはもともと田畑が広がっていたそうです。「父から聞いた話では、そこに一部だけ稲の育ちがやけに良い場所があったらしいんですよ。温泉で地面が温かかったんでしょうね」。
「元祖 元湯」で温泉が湧いたことをきっかけに、「ここも掘ってみよう」と試みた結果、見事に源泉が噴出。 現在も45℃にもなる高温の湯が安定して湧き続けているそうです。藤野さんによるとこの温泉は火山帯のものではなく、警固断層の圧力によって地層に閉じ込められていた温泉水が地表へ湧き出したもの。その結果、「元祖 元湯」で井戸を掘った際に、偶然にも温泉が湧き出たというのです。非火山性の温泉が地表に現れるにはさまざまな条件が重なることが必要な上、都心部で高温多量の温泉が湧くことは非常に珍しいことなのだそう。
源泉100%を堪能できる、独自の湯づくり

「富士の苑」の温泉は、循環を一切行わない源泉かけ流し。湯温を保つための独自の工夫が施されているため、湯温が下がりにくく、常に新鮮で力強い湯を楽しめるそうです。
泉質はカルシウム・ナトリウム塩化物温泉。「成分表を見ると、化粧水とほぼ同じ構成なんですよ」と藤野さん。肌あたりはやわらかく、湯上がり後もぽかぽかの状態が長く続くのも魅力。毎日お湯を入れ替えているため、いつ訪れても“一番風呂の心地よさ”を味わえるのが醍醐味です。
仕事終わりの「30分のご褒美」

天神で仕事を終え、西鉄の特急電車に乗って約6分。大橋駅で降り、そのまま徒歩約20分で温泉へ。スマートフォンを置いて湯に身を沈めれば、1日の疲れやストレスもひとっ飛び。天井が低めに設計された浴室は湯気に包まれ、冬でも心地よい温もりに包まれます。
「富士の苑」は入浴料ではなく時間制の入場システムを採用しているのも特徴です。利用時間が区切られているため滞在が分散し、混雑しにくく気軽に立ち寄りやすい点も魅力です。しかも料金は1時間以内なら大人(中学生以上)600円、2時間以内でも800円と、1,000円以内で利用できるというから嬉しい限り。特別な予定がなくても、仕事帰りに本物の温泉へ。それが大橋の日常です。
週末は「近所でお泊まり旅行」気分

「富士の苑」は日帰り温泉浴場のイメージを持たれることが多いそうですが、創業当初から旅館業を本業とする温泉旅館です。「お風呂屋さんとよく言われるのですが、創業当初からメインは旅館としてやってきました」という藤野さん。その言葉どおり、軸にあるのは「滞在して味わう温泉」です。 だからこそ湯の管理はもちろん、宿としての居心地や過ごし方にも、丁寧な心配りが光ります。
客室数は約10室と、一組一組の滞在に目が届く規模感。朝食はビュッフェではなく、一膳一膳用意される和朝食を提供されています。焼き魚や味噌汁などの旅館らしい素朴な献立と、あたたかなおもてなしが喜ばれているそうです。

福岡市内では、ホテルは増え続けている一方で「旅館」と呼べる宿は年々少なくなっています。温泉に浸かって畳の部屋で布団に眠り、静かな朝を迎えるという体験が、都市部で叶う場所は貴重です。この旅館ならではの過ごし方が「逆に新鮮」と好評で、家族連れやグループで宿泊に訪れる人も多いそう。遠出をしなくても、週末にお泊まり旅行の気分を味わえる。それもまた、「富士の苑」ならではの魅力と言えます。
「やめるのは簡単。でも、残すのが使命」

都市に残る、希少な天然温泉。ここを次の世代へつなぐこともまた、「富士の苑」の大切な役割だと藤野さんは考えています。
「旅館は人手も要りますし、建物や温泉のメンテナンスにも大きな費用がかかります」。

それでも藤野さんが選んだのは、温泉旅館としてこの場所を守り続ける道でした。
その背景にあるのは、共に時代を歩む地域の人たちの存在です。かつて併設されていたゴルフ練習場を閉じた際、常連客から多くの惜しむ声が届いたそう。富士の苑が、地域の暮らしの一部として根付いていた証です。
「旅館をやめてしまえば、温泉文化も一緒に消えてしまう。無くしてはいけないという思いで経営を続けています」。
都市に暮らしながら、温泉に通う日常

本物の天然温泉が駅から徒歩圏内。その特別感は、大橋ではごく日常的な光景として溶け込んでいます。仕事帰りに、週末に。ざぶんと湯に浸かって呼吸を整え、心身をリセットする時間がここでは叶います。「富士の苑」は今日も変わらぬ湯とともに、このエリアに根付く温泉文化を次世代へとつないでいます。
【富士の苑】
住所:福岡市南区三宅3-19-7 [map]
電話:092-551-4126
アクセス:大橋駅から徒歩20分。もしくは西鉄バス利用で三宅本町、または和田バス停下車徒歩5分
営業時間:10:00~22:00(21:30受付終了)
定休日:火曜日(16時~22時までは温泉入浴のみ営業)
HP:https://www.fujinoen.co.jp/










