福岡新風景12

福岡新風景:経営者と語る福岡の魅力

「社会のバグ潰し」が行動の源:I.I.代表 糸川郁己さん

福岡大学商学部・飛田先生の"福岡新風景:経営者と語る福岡の魅力"では、福岡へ新たに根を下ろした経営者たちの生の声をお届けします。さまざまな背景を持つ経営者がなぜ福岡を選び、どのように彼らのビジョンと地域の特性が融合しているのか、また福岡がもつ独特の文化、生活環境、ビジネスの機会はどのように彼らの経営戦略や人生観に影響を与えているのかについて、飛田先生が、深い洞察と共に彼らの物語を丁寧に紐解きます。福岡の新しい風景を、経営者たちの視点から一緒に探究していきましょう。福岡へのIターン、Uターン、移住を考えている方々、ビジネスリーダー、また地域の魅力に興味を持つすべての読者に、新たな視点や発見となりますように。

※この記事は、Podcastでもお楽しみいただけます。

フクリパでもたびたび紹介されているように,福岡は多くの転勤者を受け入れている街。また,九州の中心都市として各地の若者を受け入れて発展をしている街でもあります。近年はさまざまな施策で注目されていたり,交通の便の良さ,環境の良さなどにより多くの移住者を受け入れても来ました。そうして多くの人を受け入れて成長するというのは古くからの港町・博多から息づく文化的背景もあるのかもしれません。

 

今回はひょんなことから福岡にご縁を得て,福岡に住みながら北九州で働きながら,プロボノ※として九州各地のITや起業,アトツギ支援のコミュニティでご活躍されている糸川郁己(いとかわ・いくみ)さんにお話を伺いました。

 

※ プロボノ(Pro bono)とは,ラテン語の「pro bono publico(公共のために)」を省略した表現で,専門的なスキルや知識を活かして,主に社会的・公共的な目的のために無償で提供する活動を指す。

 

 

私もこれまで糸川さんとは何度かお話をしたことがありますが,正直どんなお仕事をしているのかがわかりません(笑)。いや,わかっていたとしても,どうしてそこまで様々な活動ができるのかがわかりませんでした。糸川さんとの話からこうした働き方もあるんだということを知ってくださると,ますます「福岡で働く」にリアリティを持ってくださる方が増えるかも…。

 

 

 

自己紹介:札幌から会津,仙台から福岡・北九州へ

飛田 今日はお忙しいところ,ありがとうございます。私からすると糸川さんは北九州のスタートアップ支援,アトツギ支援,さらにはStartup Weekend※を九州中で実施されている方というイメージで,実際には何をどう本業にされているのかがよくわからない謎の人です。

 

でも,糸川さんをSNSで拝見していて思うのは,今や仕事の仕方によってはどこに暮らすかを選べるし,どのようにして人と関わっていくかを選べるようになったという事実。そうした観点から言えば,糸川さんはそうした働き方をずっとされているし,北海道からの移住者ということで,改めて「福岡に暮らす,働く意義」のようなものをお話頂ければ幸いです。

 

※ Startup Weekendとはスタートアップをテーマにした世界中で開催されているイベントで,アイデアをもとに短期間でビジネスモデルを構築し,プレゼンテーションを行うという実践的な体験を得ることができる。主に週末の3日間を使い,起業を模擬的に体験することを目的としている。

 

では,まず自己紹介からお願いします。

 

糸川 こんにちは。糸川です。私は北海道の札幌生まれです。18歳まで札幌にいて,会津大学という福島県会津若松市にあるコンピュータに関わる大学に行きました。私はコンピュータが好きだったのですが,元々父親がシステムエンジニアをやっていて,小さい頃から触る機会が多く,進路も漠然とコンピュータに関係する勉強したいなと考えていました。90年代終わりから2000年代初頭でインターネットも発達してない状況で,資料をパラパラとめくっていったらコンピュータっていう横文字がついている学部が,日本で,国公立大学で,会津大学しかないと。そうしたことにワクワクして会津大学に進学しました。

 

大学ではコンピュータと向き合う生活をしてきたので,当然のことながら就職ではシステムエンジニアを選び,東北の中心地でもある仙台にあるシステム開発ベンチャーに入社しました。私は主に放送局や大手銀行のシステム開発のお手伝いをしていました。

 

その当時20代半ばでしたが,リーダーを務めることになったり,案件としての難易度も高い仕事を引き受けたことを契機に,ちょっと心に風邪をひきかけたことがありました。それで上司に「日本一周の旅に出たいので辞めたいんです」とお願いしたところ,上司も「休職して良いから行ってこい」と送り出してくださって旅に出ることにしました。出身地の北海道はパスして本州,四国と巡って。車中泊をしながらの旅でしたが,とても充実した時間でした。下関まで来て,残りの財布の具合と期間の具合を見てみると足りないなと思って九州は残して引き返したんですね。それで残念ながら九州に行けずじまいでした。

 

ただ,会社に戻ると今度は「九州の案件があるから行くか?」と言われて,日本一周でも行けなかったし,気分を変えるのにも良いなと思ってお引き受けしたんです。それが私と九州の出会い。いろいろとあった末に新天地として九州に来たというのがきっかけですね。

 

九州最初の仕事が行政のシステム開発プロジェクトだったんです。それぞれの部署がそれぞれにシステム開発をしていたのでバラバラになっていたのを一旦全部見直して,整理して,作り直すっていう結構大きいプロジェクトで、その中でも行政側のサポートという立ち位置だったんですね。しかし,そうしていると当時勤めていた会社の福岡営業所が廃止される話になりまして。すでにこちらで生活の基盤を作っていたので,「ちょっともう戻れません」と転職することにしました。そこで,元々そのプロジェクトでお世話になっていた会社に勤めることになりました。実はそのあともいろいろあったんですけど,今のメインの仕事でもある北九州市の外郭団体とのご縁ができました。

 

そちらでは今でいうDXの先駆けみたいなところで,北九州市内に所在する産業界・学術機関・官公庁・民間団体・金融機関までをつなげてオープンイノベーションをやっていきましょうと。そのためにコンソーシアム作って,新規事業開発を行うための補助金を出して,それを元手に新しいビジネスを生んでいくという仕事でした。

 

ここまでお話しておわかりのように,個人的には何か職業を選んで明確な意思を持ってやってきたというよりは,ある程度流されるがままやってきたというのがあります。また,コロナ禍を経て地域のデジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が高まり,その一環として「北九州市デジタル相談窓口」の立ち上げから関わっています。この窓口では,地域のデジタル化を進めたい企業へ専門家派遣を行っています。さらに,単にデジタル化をサポートするだけでなく,併せて北九州のIT企業のビジネスモデル変革につながればという理念で進めています。これまで下請け業務が中心だった企業が,直接企業と会話し,自ら価値を提供できるような力を身につけていく機会になればと考えて窓口を運営しています。

 

これに加えてさまざまな活動を始めるようになりました。その中のひとつがStartup Weekendです。こちらも当時関わっていた方々のサポートがきっかけで,新しいチャレンジとして始めました。そのご縁から北九州だけでなく,九州各地を始め全国での同イベントのファシリテーターを務めたりと地域に根ざした活動を進めています。

 

実際の働き方としては,市の外郭団体とは直接雇用ではなくて個人事業として週3日お仕事をしているという形を取っていて,残りの4日間はそれ以外の仕事をしたり,ボランティアのような活動をしています。

 

 

飛田 今の話を伺うだけでもいくつか論点あると思います。まず,会津大学と言えば大学業界人からすると「面白い大学」っていう認識があります。2000年ぐらいですとコンピュータというより情報,ソフトよりもハードという印象がまだあった頃かと記憶しています。ある種,今で言うところのアントレプレナーシップ教育のような先進的な教育をしようとされていた大学で糸川青年は会津でどのような暮らしをされていたのですか?

 

糸川 実は会津大学は入学するのはそこまで難しくはないです。でも,卒業率は低い。卒論は英語ですし,教員も6割くらいは外国人だったので,講義も英語で多くありました。あとアントレプレナーシップという意味ではそういう厳しい学内環境というか,研究や課題のために大学で寝泊まりしているようなギークな人たちもいたので,そういう方々を横目に見て影響を受けているんだろうなとは思います。確実なのは,自分もオタクだったんですけども,周りにオタクが多すぎて逆にこのままじゃやばいと思って身だしなみに気をつけ始めたことです(笑)。

 

飛田 なるほど(笑)。その後,仙台にある会社に就職しようと思ったのはオタクであったことと何か関係があるんですか。

 

糸川 それはもうご縁です。その企業さんは会津大学の1期生が入社されていたんですね。その1期生の方がめちゃめちゃ優秀だったと。ですから,会社側も「会津大学から取ろう」という感じだったのかもしれません。就職活動をした頃はいわゆる「氷河期時代」でしたが,会津から仙台に行くための交通費は出して頂けたし,役員の方々との美味しいご飯も頂きました(笑)。

 

その当時ですら就職活動したのは相当遅かったように記憶しています。実際に入ってみて良かったなと思うのは,基礎的な技術はもちろん,一般的な大学では学ばない様なコンピュータ・サーバーを操作する方法とか,プログラミングとかもできたので,コンピュータの専門大学へ行っていてよかったなと思いますね。

 

飛田 その後紆余曲折があって福岡に来られて生活の基盤を築かれていたわけですが,それでも将来仙台なり,札幌に帰るっていうことを少しは考えていたんですよね。

 

糸川 それに,私は以前も今もオタクです(笑)。北九州のディープなITコミュニティ浸かっていたので離れることは辛いなって思っていました。

 

 

 

ITコミュニティとしての北九州の面白さ

飛田 北九州のITコミュニティには何か全国的に見て興味深い特徴がありますか?素人目に見ていると,日本製鉄やTOTO,安川電機のような大手企業があり,そこを頂点にして細かなネットワーク組織があるように見えます。大企業だけでなく,中小企業やスタートアップにもそうしたネットワークは入り組んでいて,密度が濃い関係性があるのかなと思うのですが,実際はどのような感じなのでしょうか。

 

糸川 実は北九州ってIT事業者の数は多いんですよね。大手企業関係のところがあったりとか。でも,そうした企業はいい意味で社内に閉じてるんですね。それは社内で完結できる程度に知識を外に求める必要がないという意味ですが。

 

飛田 社内特殊的なスキルを磨くことで十分な技術が身につくっていう意味ですよね。

 

糸川 そうですね。ですので,ただITエンジニアでバリバリというよりも,もうちょっと何かITで楽しいことをしたいなと思っている人が緩やかなつながりを求めてコミュニティに参加することが多いんじゃないかと思います。ITコミュニティを立ち上げたのは2014年ですが,そういうカルチャーの中でそういう場に来る人っていわゆるオタクなわけですね。なので,そういう意味で私には親和性が高かったという印象があります。

 

飛田 なるほど。オタク的なんですね。切り口を変えて熱さっていうことで言うと,福岡であったり,他の地域と比較してみるとどういう違いがあるんでしょうか。

 

糸川 北九州は1回火が点くとずっとやり続ける感があるんですよね。もちろんコワーキング・スペースを行政が整えてというのもあるんですが,今のCompass小倉(北九州テレワークセンター)ができる以前であればfabbit北九州では多くのイベントが行われていて,そこにはコミュニティ活動をしようという動きが非常に盛んでした。 その前で言えばCafé Causaでもここをベースにセキュリティの勉強会をやっていきましょうと動いておられる方がいて。コロナ禍で一時途絶えたりだの何だのとあったりして継続が難しい側面もあるけど,ずっと続けている人も多い印象があります。

 

イメージ的には活動を折り重ねる感じですね。前からやっている人たちが次を育てようとするというか,前からずっとやっている人はそれはそれで自分たちの島みたいなものがあるし,そこにすんなり入れる人と入れない人がいたし,逆に新しいコミュニティを立ち上げたいっていう人たちに対してはサポートできることがあったらやるよというような。そういう雰囲気は感じたんですね。

 

飛田 そういう活動ができる北九州って面白いなと思いますが,北九州では緩く繋がっているっていう感じが「らしさ」と言っても差し支えないんでしょうかね。

 

糸川 ITコミュニティとかスタートアップ界隈に限らずなんですけども,北九州の人たちは「小さいコミュニティ・リーダー」が多いんですよね。 じゃあ,コミュニティ・リーダー同士がそんなに険悪かというとそうでもないケースがほとんどで。いろんな小さなコミュニティを自分たちで作るっていうのは北九州の特徴だなとは思いますね。

 

飛田 それはやっぱり行政単位のその歴史でもあるんでしょうかね。小倉があって,若松があって,戸畑があって,八幡があって,門司があってっておっしゃいますものね。でも,あそこまで「あの地域だからね」みたいなのがあって,当然そこに根を張っていた人たちがお山の大将となりつつ,時には連携して街全体を盛り上げようみたいなことに関しては一致できるみたいなところがあるんでしょうね。

 

糸川 それと私にとって北九州が肌に合うひとつの理由としては,やっぱりフロンティアスピリットが多少あるんだと思うんですよ。当然のことながら,札幌などの北海道の街って何もなかったところにゼロから作った。一方で北九州も官営八幡製鉄所ができたことがきっかけとはいえ,自分たちで街を作ってきたし,地域の産業を作ってきたっていう自負が根本にはあって,だからこそ自分たちが良いと思うものは声を出してちゃんと言うみたいなところをきちっと持っている人たちも結構いるんだろうなと思います。その人たちが自分の理想だとかビジョンとかを語って,そのチームを作って山ができていっているということが地域の中での資産なんじゃないかなとは思っています。

 

飛田 そこでITっていう観点から言うと,いわゆるスタートアップって思うように伸びているんですかね。

 

糸川 思うように伸びている方だとは思いますね。北九州は行政が積極的に動くだけでなくて,それに対応して民間でも動くサポーターがちゃんといるので,行政頼りだけでははく,自ら主導的にさまざまなことをやる方がいらっしゃるんですね。それが故に実際にプレイヤーとして動こうとしている人たちが増えているというのは間違いないなと思います。あとはスタートアップだけではなくて,IT全体で考えると,最近非常に北九州にIT企業の進出が多くなっているのはあります。それは良くも悪くもレガシー産業が多いことに起因している。そこをどう次世代にアップデートしていくかみたいなことに魅力を感じて参入してきている人や企業が多いんじゃないかなとは思います。

 

飛田 なるほど,IT企業って言っているけれど,北九州にはそもそもレガシー産業が土台に乗っかっているから,そういう企業が持っている課題解決みたいなことを考えて,いろんなところから進出している企業が多いっていうイメージなんですね。

 

糸川 そうですね。また,北九州の特徴として,理系の大学が多いので人材輩出はたくさん行われているっていうところもあります。ただ一方で,今までであればコップから水がどんどん溢れてしまって,受け皿がなかった。それが最近ではちょっと名前の知られた企業さんが北九州に入ってきて,そこに入社する人たちが増えていくと地元に定着する。IT人材とかは増えていくだろうなと。

 

 

 

プロボノとしての活動を行う源は?

飛田 なるほど。ここまでの話のように北九州市の外郭団体で勤める糸川さんという顔がある一方で,ここからStartup Weekendだったり,アトツギ企業の支援だったりというところをお聞きしたいのですが,そういう活動に積極的に関わっていくのはどんな狙いがあったのですか。

 

糸川 単純にご縁ですね(笑)。それと,元々システムエンジニアなので「バグ潰し」の感覚なんですね(註:バグとはコンピュータ業界でいうプログラムやシステムの不具合や欠陥を指す)。特に北九州はそうだけど,「世の中のここが繋がったりとか,こういう動きが大きくなればもっとよりよい社会になるよな」っていうのを感じることがあるんです。ならば,自分ができることだったらやれるじゃんという感じで。

 

飛田 糸川さんとStartup Weekendとの出会いはどういったところから始まったんですか。

 

 

糸川 そうですね。それこそ当時,外郭団体の業務で関わっていた北九州高専発ベンチャーの方や,地銀の職員さんがおられて,彼女たちが「Startup Weekend」というものを北九州に持ってこようとしていると。ただ,Startup Weekendを1回開催するにも多くのご協力が必要なのもありますし,参加者募集も進めなければいけませんから,最初は外郭団体の立ち位置からサポートを始めたところから始まります。ただ,これをあんまり行政寄りでやるものでもないなと思ったので,その次の回からは個人的な活動としていろいろ動いてくようになりました。2017年頃から始めましたから,もう7年になります。

 

Startup Weekendは起業体験のイベントではあるんですが,何も起業する,業を興す人たちのためだけではないんですよね。新規事業を開発したり,チームのマネジメントをしたり,互いの得意な領域を活かして限られた時間の中で何ができるかを学ぶ機会にもなります。ただ,運営にはそれなりに力が必要ですし,自分で続けるものというよりも一緒に関わってくれる担い手を増やしていくための取り組みっていう感覚が強いです。つまり,起業を普及しようとかではなく,もう少し広くDXだったり,イノベーションだったり,新しいことにチャレンジしようという人を増やしていく取り組み。そして,地域の中で主催者となるオーガナイザーが増えていったっていうこともあったりもします。各地でこの活動を広げていますが,北九州に関しては次の人にバトンタッチして,今は九州の中で活動をともにしていく人を増やしていこうというところですかね。

 

飛田 今,全部でどれくらい開催されているんですか?

 

糸川 関わっている活動地域は数えてないですね(笑)。私自身がファシリテーターを務める回だけでも1年間で10ヶ所ぐらいはやっています。

 

飛田 Startup Weekendって金曜日の夜から土日があるので,割と時間かかるじゃないですか。それで各地に行くとなると,かなりお忙しい活動ですよね。

 

糸川 そうですね。実際の準備から始めると大体半年間ぐらいかかります。

 

飛田 そういった中で,どうですかね,参加される方の特徴とか,こういうパターンが面白いとかって何かありますか。

 

糸川 割と学校の先生が参加されることが多いです。新しいアイデアを形にするという目的の前では誰もがフラットな関係になるので,自分の新しい一面を見つけることができたり,改めて自分の適性を見つめたとかいうお話を伺います。仕事や役職を脇に置いて人と人とで会話する。その難しさもあれば,楽しさもあるということをご理解頂ける方は多いんじゃないかなとは思いますね。

 

なので,Startup Weekendは学びを得る「ラーニング(Learning)」の場所じゃなくて,ある種,「アンラーニング(Unlearning)」に近い場所だなって感じます。それまでであれば(仕事や役職など:飛田注)肩に乗っていたもので話していた人が,いったん肩書を置いて,その場所で初めて出会った人たちと人間関係だったり,ビジネスだったり,自分自身を形作るというようなことが起きたりします。

 

飛田 特に我々のような大学の研究者は頭の中で考えることを仕事にしているがゆえに,理屈で物事を考えてしまうけど,スタートアップって理屈じゃないことがいっぱい起きますものね。

 

糸川 そうですね。理屈じゃ説明できないことばかりですからね。私も外郭団体で伴走支援しますとか,フィードバックしますというようなことを言っていますが,スタートアップで同じチームとして活動するとした時に何ができるんだっていうのは非常に限られるなと痛感します。だから,参加すると実感するわけですよ。「こんなに自分って何もできないんだ」って。だからこそ,その中でも何が出来るかを考えつくすきっかけになります。

 

飛田 でも,この場を作り続けることが大事だなと思いながら,地方で広げていくっていうのはそうしたある種ハードな経験を積むような場所を作りたいっていう潜在的なニーズがあるってことですかね。

 

糸川 そうですね。よくあるケースは隣の地域で参加した人が自分の地域でもやりたいと。ただ,新しい取り組みを地域で始めるって,人を集めたりお金を払ってもらったりするハードルがすごく高いですよね。でも,そのハードルを楽しめるかどうかがポイントだと思います。実際,スタートアップってそういうものじゃないですか。ゼロから価値を生み出す過程が普通だし,それ自体が学びになるんですよね。

 

飛田 確かに。それが地域に持ち帰られて,新しいネットワークや仕組みが生まれると,本当に理想的だと思います。参加者も地域ごとに違う体験ができれば,それがリピーターを生むきっかけになりますよね。

 

糸川 そうですね。同じ形式でも地域や場の特性によって全然違う体験になりますし,それを面白がる人たちが増えるのは良いことです。今お手伝いをしているアトツギ支援も,そういう新しい価値を地域で生み出す取り組みの一つだと思います。

 

 

飛田 アトツギ支援,確かに興味深いですよね。アトツギの方々って,既存の従業員や事業を背負いながら新しい挑戦を模索している。その覚悟や努力には,学ぶべきところが多いと感じます。

 

糸川 そうなんです。私も初めは,アトツギ支援にはあまりポジティブなイメージを持っていなかったんですけど,実際に関わる中で彼らの抱える課題の重さや覚悟に触れて,すごく意義のある活動だと実感しました。

 

飛田 でも,アトツギ支援って収益性が低い分,優秀な人材が集まりにくいという課題もありますよね。どうすればそこにもっと関心を持つ人を増やせるんでしょう。

 

糸川 それはやっぱり,アトツギ活動が地域や社会にとってどれだけの意義があるかをもっと広く共有することが大事だと思います。彼らの活動の価値が認識されれば,関心を持つ人も増えるはずです。

 

飛田 スタートアップがゼロから何かを創造するのに対して,アトツギは既存の資産を活用しながら新しい価値を生み出す。だからこそ,その過程を支援する仕組みがもっと必要ですよね。

 

糸川 そうですね。そして,その仕組みを作るには,焦らず種火のように少しずつ進めることが大事だと思います。急ぎすぎると,せっかくの取り組みが長続きしないこともありますから。

 

飛田 地域ごとに丁寧に火を灯して,それを支援者たちと一緒に育てていく。それが本当に重要なプロセスですね。

 

糸川 はい。そのためには,直接的な利益を求めるのではなく,理念を共有する仲間を増やしていくことが必要だと思います。DXの推進も,同じように地域社会に大きな影響を与える取り組みですね。

 

飛田 特に福岡や北九州では,行政が民間と協力しながら地域のポテンシャルを活かす動きが進んでいます。そういう事例が他の地域のモデルになるといいですね。

 

糸川 北九州の行政は,地域に深く関与しながら民間と連携している姿勢が評価されていますよね。そのような取り組みが広がれば,地域全体がもっと活性化すると思います。

 

飛田 地域の未来を支えるためには,多様な立場の人たちが協力して取り組むことが不可欠ですね。そのためにも,地道な努力と継続的な活動が必要ですね。

 

糸川 そう思います。地域に種火を灯し,それを大切に育てる。その積み重ねが未来を作る一歩になると思います。それが「社会のバグを潰す」ということだと私は捉えています。

 

 

いかがでしたか?今回は,北九州を舞台に多岐にわたる活動を展開する糸川さんの取り組みを中心にお話を伺いました。本業でのDX支援だけでなく,スタートアップやアトツギの支援といった活動を通じて,糸川さんは地域社会に根付く課題を掘り起こし,それを解決する新たな価値を生み出しています。その行動原理となるのは,「社会のバグを潰す」という行動原理。

北九州の行政や民間企業との連携を通じて,人と人をつなぎ,共に成長できる場を作り出す糸川さんの仕事はネットワークのハブともなり得るものと言えるでしょう。地域特有の産業や文化を背景に,独自のコミュニティやネットワークを築き上げるその姿勢には,多くの示唆が込められています。糸川さんの取り組みは,北九州が生き生きとした挑戦の場であり続ける理由を体現していると言えるかもしれません。

次回も楽しみに!

 

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福岡大学商学部 准教授
飛田 努
福岡大学商学部で研究,教育に勤しむ。研究分野は中小企業における経営管理システムをどうデザインするか。経営者,ベンチャーキャピタリストと出会う中でアントレプレナーシップ教育の重要性に気づく。「ビジネスは社会課題の解決」をテーマとして学生による模擬店を活用した擬似会社の経営,スタートアップ企業との協同,地域課題の解決に向けた実践的な学びの場を創り出している。 著書に『経営管理システムをデザインする』中央経済社がある。

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