withコロナ時代の新しい旅、福岡・九州観光のこれから~九州運輸局長 河原畑 徹氏に聞く~

コロナ禍の影響で特に打撃を受けている運輸・観光。福岡・九州も同様に打撃を受けている中、2021年7月1日に九州運輸局長に就任された河原畑徹氏に俯瞰で見渡しての現状と今後についてお聞きしました。最新の取組や新たな展望も見えてきました。

九州運輸局長 河原畑(かわはらばた)徹氏 プロフィール
福岡県出身。東京大学経済学部卒業後、1990年に運輸省(現・国土交通省)に入省。航空局や港湾局、自動車局を歴任、岩手県やJR貨物などを経験。2011年4月〜2012年8月、九州運輸局企画観光部長。2020年7月に中国運輸局長、2021年7月に九州運輸局長就任。

九州は「新宝島」。多様な魅力が凝縮されたエリア

私は編集者ですが、2001年からインバウンド (訪日外国人旅行) を中心に、旅、ツーリズムに関する企画やマーケティングを行っています。

2011年に河原畑さんが九州運輸局企画観光部長に就任されたときから情報交換などをさせていただいていました。人柄やお仕事ぶりに触れるにつれ、河原畑さんの「現場主義」に圧倒されていました。
 
具体例を挙げると、まずは「九州八十八湯 (きゅうしゅうはちじゅうはっとう)」制覇です。「九州=温泉アイランド」とお思いの方も多いかと思いますが、対象施設の88軒は、温泉名人たちを中心として組織する「九州八十八湯選定委員会」が厳選したもの。九州中を取材や旅で回った私もすべては回りきれません。

ところが、河原畑さんは在任の一年で八十八湯のすべて足を運んで入浴した「泉人」の称号を手にしたのです。
 >>九州八十八湯

また、2011年は「九州オルレ」という、韓国済州島発のトレッキングコースのシステムとブランドを九州に取り入れる事業のスタートにあたり、コース策定のために九州観光推進機構の担当者とともに何度も踏破していらっしゃいました。
>>九州オルレ
 
前置きが長くなりましたが、九州だけでなく、広島 (中国) やその他全国の運輸・観光に関する状況を現場で見られていた河原畑さんに、これからの福岡・九州の展望をお聞きしました。
 

Q.福岡県は出身であり、10年ぶりに九州運輸局長として福岡に戻られました。局長が思われる福岡、九州の魅力はズバリ何でしょうか。


A.河原畑局長

一言で表現すると『九州は“新宝島”』ですね。自然や温泉、新旧の文化、豊かな食と何でもあるし、福岡のような都市機能もある。多様な魅力が詰まっている島なんですよ。
 
九州運輸局のロゴを見ていただくと、各県で異なる魅力を放っているのがわかります。
 

その中で福岡は、博多祇園山笠に代表されるように、祭りで賑わう元気なオレンジのイメージ。特に福岡市は東京となんら変わらない都市機能を持つ元気なまちで、『食の都』でもある。

東京ではお金を出せば美味しいものは食べられますが、飲み会の支払額では、福岡ではその7割くらいの感覚です。新鮮な食材が集まり、コストパフォーマンスも高いですね。

私の本籍は福岡ですが、生まれたのは長崎県・雲仙。父が気象庁の雲仙岳測候所に勤務していたので、5歳までそこで育ちました。

雲仙といえば地獄温泉。当時は家に風呂がなく、共同浴場を利用していました。温泉好きはそこから始まっていたのでしょうね。中国運輸局勤務で広島にいたときも、中国地方の温泉を1年間に90以上回りました。
 
現場に足を運ぶのは、やはり行かないとわからないことが多いから。九州出身といっても知らないところの方が多く、常に変化もあります。この眼で確かめることはとても重要だと考えています。

コロナによる変化が旅行スタイルを革新

福岡・九州のポテンシャルの高さは河原畑局長のお墨付きですが、実際にはコロナで深刻な影響を受けていることは間違いありません。そこで、現状とその後の変化についてのポイントを教えていただきました。

Q.九州運輸局の管轄する事業や施策を改めて教えてください。

A.河原畑局長

九州運輸局のキャッチフレーズは、『運輸と観光で九州の元気を創ります』ということで使命を4つ掲げています。

① 観光先進国の実現
② 地域公共交通の確保・維持・活性化
③ 人材確保と生産性の向上
④ 国民の安全・安心を守る

新型コロナウイルス感染症の拡大により、特に①の観光と②の地域公共交通の分野が非常に大きな打撃を受け、苦境が長期化している状況にあるので、これら二つの分野に注力しています。

Q.コロナ以前と今後、観光ではどのような変化とポイントがあるのでしょうか。

A.河原畑局長

■2020年1月から2021年6月の九州の日本人延べ宿泊者数


※出典: 観光庁「宿泊旅行統計調査」(全ての施設に対する調査)

2019年と2020年を比較してみると、福岡は約4割、他県は3割減となっており、2021年は、緊急事態宣言など移動の自由を制限される影響を受けて変動しています。

■2014年から2019年の外国人旅行者の伸び率

2014年から2019年の外国人旅行者の伸び率に関しては、全国2.58倍、九州で2.68倍に対して、福岡県は3.14倍と伸びが顕著になっています。

■外国人延べ宿泊者数

中でも外国人延べ宿泊者数の九州における福岡県のシェアも2019年には49.1%となり、「九州に宿泊する外国人旅行者の約半数が福岡県に宿泊」という勢いをもっていました。

全国的には中国、台湾が多い訪日外国人ですが、2019年の延べ宿泊者数で見ると、福岡県は地理的な近さやLCCの運航などで韓国が35.2%と多いのが特徴的。台湾、中国、香港と東アジアで約8割を占めていました。
 
2019年のラグビーワールドカップのときは、長期滞在の旅をする欧米豪の旅行者も増えました。その流れで東京オリンピック・パラリンピックもできたら、見える景色も変わっていたと思いますが、今は来るべきときに備えて、いろんな準備を行っている時期です。

ポイントとしては次のような変化が起きています。

(1) 密を避けて安心安全を求める
(2) 自然の中で過ごす旅が人気
(3) 地元・近場を見直す「マイクロツーリズム」が進展
(4) DX化 (デジタルトランスフォーメーション) が進む
(5) ワーケーションの促進
(6) サステナブル (持続可能な) ツーリズム
 
(1) (2) は共感されやすいと思いますが、(3) のマイクロツーリズムは、福岡以外で顕著に出ています。福岡県は2019年と2020年の日本人延べ宿泊者数を比較しても、九州域外からが約6割、福岡県内からが約3割とあまり変化はありません。

そのほかの県、例えば佐賀県は九州域内が53.6%から67.1%に、佐賀県内が13.7%から19.6%に増加し「地元を楽しもう」という傾向が見られます。
 
佐賀県・唐津の全国的に有名な旅館を訪ねた際には、「近所の人、唐津市内の人が宿泊に来てくれるようになったんですよ」と喜んでおられました。地元・近場の魅力、価値を見直す良い機会になっていると思います。




※出典: 観光庁「宿泊旅行統計調査」(従業員数100人以上の施設に対する調査) ※「居住地不詳」を除く

(4) のデジタル化では、非接触型のホテル、施設のWEBによる事前予約システムやタッチパネルによる案内、オンラインツアーなどがあげられます。

オンラインツアーでは国内では地域産品などを事前に配送して楽しみ、それが地域支援になりますし、「コロナ禍が収束したら行こう」というプロモーション、旅行の動機付けにつながっています。
 
テレワークが進むことにより可能になった「ワーケーション」も含めて、このコロナ禍をきっかけにいろんな変革が大変なスピードで進んでいます。
 
福岡・九州は、もともと自然が豊かで、密を避けることができる魅力あるエリアが身近にたくさんあります。これを好機にいろんな取組が始まっています。

地方でも観光DXを活用した輸送・交通が日常に

Q.特に、公共交通機関はコロナの影響を受けて深刻な状況にあると思います。課題解決へはどのような取組をされているのでしょうか。

A.河原畑局長

先ほどお話したように密を避ける傾向から、自家用車での移動志向が高まっていると思います。
 
公共交通機関においては、クラスター発生は聞かれないですし、バスや鉄道は換気が十分なことも周知されつつあります。

しかし、昭和40年代以降から、モータリゼーションの進展や子どもの数も減っていることから下降傾向にあったところに、外出自粛の継続やテレワークの普及により、利用者はコロナ以前の7割〜8割、つまり約3割減の状況です。

オンライン会議の環境が整って、出張の機会が激減したこともあり、新幹線や高速バスはより影響を受けています。

■福岡県の輸送人員の推移

車が運転できる世代はいいですが、高齢化や通学の足、そして訪日外国人を含め圏外からきた旅行者にとって、九州の二次交通は以前から重要な課題でした。

AIオンデマンド (※1) やMaaS (※2) など、新たな取組で解決を目指す動きが出てきています。

(※1) AIオンデマンド交通…AIを活用した効率的な配車により、利用者予約に対し、リアルタイムに最適配車を行うシステム >>国土交通省「日本版MaaSの推進」より
(※2) MaaS Mobility as a Serviceの略…「地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービス」>>国土交通省「日本版MaaSの推進」より

まず、福岡市に着目してみましょう。
 

(1) 次世代オンデマンドバス「のるーと」

AIの学習機能を搭載したリアルタイム配車システムを導入しています。利用者がスマホアプリや電話で乗車予約すると、予約状況に応じてリアルタイムに最適なルートを計算し、運行します。


次世代オンデマンドバス「のるーと」

福岡市内では西日本鉄道(株)が運行事業者で、東区の「アイランドシティ地区」や西区の「壱岐南地区」で実施されています。予約に応じて効率的に運行するため、路線バスと比べてCO2削減効果が高く、脱炭素・SDGsの実現に貢献しています。
>>のるーと

(2) 糸島半島におけるMaaSの取組

福岡市の西エリアから隣接する糸島市までのシームレスな移動をMaaSアプリ「my route」(※3)を利用して実現しています。

国土交通省の公募事業である『令和2年度日本版MaaS推進・推進事業』を、昭和自動車ほか40社以上の多くの企業や団体が参画する『よかまちみらいプロジェクトコンソーシアム』が活用して行っています。

糸島半島では、カーシェアや電動レンタサイクル、電話またはスマホアプリで受付を行うオンデマンドバス(2021年10月から本格運行) などが「my route」で検索でき、予約・決済(一部)までできるようになっています。

※3「my route」…トヨタファイナンシャルサービス株式会社が開発・提供するマルチモーダルモビリティサービス

このエリアの飲食店の満席・空席情報も案内されるので、地域住民の移動の利便性向上だけでなく、観光地を旅行者が利用する際の回遊性も高めることができますね。

このような次世代モビリティサービスは、地域活性化に確実につながると考えています。
 

(3) 環境に優しい交通

持続可能な取組、SDGsが交通、移動においても基本の考え方にある中で、JR九州では、若松線と香椎線で架線式蓄電池電車『DENCHA』という環境にやさしい車両を運行しています。
 

架線式蓄電池電車『DENCHA』(画像提供: JR九州)

通常、電車は架線から送った電気で走行しますが、走行および停車中にこの電力を蓄電池に充電し、非電化区間ではパンタグラフを下げて蓄電池のみの電力で走行するのです。

この架線式蓄電池電車は従来ディーゼル車しか走行できなかった架線のない区間でも走行可能なため、カーボンニュートラル (温室効果ガスの排出ゼロを目指す) の推進が期待できます。

福岡市や北九州市で導入の『BRT (バス高速輸送システム)』である連節バスでは、通常の2倍の輸送力で運行できています。
 

BRT (バス高速輸送システム)
 
鉄道や車の自動運転の実証実験も行われていますし、安心・安全を徹底しながら課題解決する取組を進めています

福岡が九州の心臓として機能することが観光復活へのカギ

Q.今後の福岡・九州の観光の発展はどのようにお考えですか。


A.河原畑局長

国内旅行の明るい兆しは見えてきましたが、海外との往来や移動がいつ、どのように可能になるのか、現時点では本当に見通せない状況です。

海外では外国人旅行者受入に踏み切るところも増えていますが、「2019年並に戻るのは2024年」という説を唱える方もいらっしゃいます。

いずれにしろ以前のように、思い立ったら旅立つというよりも、行先や旅程を吟味していく方が増えるのではないでしょうか。
 
2019年のラグビーワールドカップでは、全国で試合が行われ、約2ヶ月と期間も長かったこともあり、もともと消費額が高い欧米豪からの旅行者が長期滞在し、経済効果を及ぼしたと考えられています。
 
観光庁では『旅の質をあげる』『高付加価値化』を目指す事業として、魅力的な滞在コンテンツ造成や地域資源の磨き上げ、高付加価値化推進が実施され、福岡・九州でも各地で取り組まれています。
 
地域内の様々な方が連携して、魅力が何なのか、この魅力が刺さるターゲットは誰なのか、ターゲットが満足するアクティビティや体験などの商品造成や受入環境整備をし、地域にお金が落ちるサイクルをDMO (観光地域づくり法人) や組織や団体が行っているところですね。
 
誰もが楽しめるユニバーサルツーリズムや地域の自然・文化を体験するアドベンチャー・ツーリズム (※3) も促進しています。
 
(※3) アドベンチャー・ツーリズム…「アクティビティ」「自然」「異文化体験」の3つの要素のうち、2つ以上で構成される旅行。(Adventure Travel Trade Associationによる定義)
 
福岡空港は2本目の滑走路の増設が予定されており、今より供給量が増えます。それをどう活かしていくかが重要になります。海外からの直行便や近隣の空港との連携で、持続可能でかつ良質な往来を目指したいですね。
 
九州の中での福岡市は、核となる中心部、体としてみると『心臓』に当たると思います。福岡が良質の血液をどんどん送り出して血の巡りをよくしていく役割だと、福岡の発展が九州の成長につながっていきますから、より一層連携と協調を強くして進んでいきますね。
 
旅やビジネスで九州内を堪能し、福岡で食やショッピングをして一息ついて出ていく。そういうゲートウェイでもあると思います。2022年の『世界水泳』それに続く『マスターズ』、2023年の『ツール・ド・九州』での動きも楽しみです。

——
「机上の空論ではなくて、現場に足を運ぶ」この姿勢が以前から素晴らしいと思っていましたが健在でした。私も地域に足を運んで、地域の人の声や利用者 (旅行者) 目線の旅をしないと本当のことはわからないものだと痛感しているからです。
 
「九州運輸局長」という立場・役職では、全体をみるなど他の任務や使命でなかなか思うように動きにくいかもしれませんが、これからも情報交換をさせていただき、福岡・九州のいい事例を紹介、貢献につなげていきたいと思いを熱くしました。

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編集者
帆足 千恵
福岡のタウン情報誌の編集者として1990年代から海外30カ国、60エリアを取材し、世界の旅行情報を発信。2001年より外国人旅行者向けの編集制作や企画、調査、マーケティング、プロモーションを行い、九州インバウンドのパイオニア的な存在。2020年4月 海外旅行情報サイトを公開予定。

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