ベンナーズ井口さんに聞く。ITを活用して、課題の多い日本の漁業の可能性に挑む!

飲食店でもスーパーなど小売店でも新鮮な魚介類が福岡の街には豊富に並んでいますが、一方で国内では漁業者が減り、「魚離れ」による消費量の減少も指摘されています。こんな中、漁業者の収入を増やし、消費者へも安くて美味しい魚を届けようと取り組むスタートアップ企業「ベンナーズ」が注目を集めています。

下味付きのミールキットを開発。産地から食卓へ手軽に安く

ベンナーズ代表の井口剛志さん(25)は、起業後の2年間を振り返り、手応えを語る。

井口さん

日本の漁業は、課題が山積している。だからこそ、ブルーオーシャン(未開拓の地)日本近海で獲れる魚は良質なものが多いだけに、規格外の魚を捨てずに活用すれば、課題解決の可能性は十分にあると感じています。


ベンナーズ代表の井口剛志さん

事業の柱の一つに「うみ(海)」と「のうち(農地)」の生産物を直接「おうち(消費者)」に届ける「うみのうち事業」がある。

家庭向けの商品「ミールキット」は、捕れた魚を鮮度が落ちないその日のうちに、食べやすい大きさにカットして、こだわりの調味料を加えて真空パックする。1パックは2人分で、そのまま食べてもよい生食用、焼いたり煮たりひと手間加える加熱用があり、レシピも同梱している。

井口さん

誰でも簡単に魚料理を楽しんでもらいたいのですが、お母さんのひと手間というのも大切にしたいんです。味付けには絶対の自信があります。


ひと手間かけて揚げてもよし、そのまま食べることができる「ミールキット」


ブリのごま付け丼セット

好評だったクラウドファンディングを経て、現在、加工工場を整備し本格稼働に向けて準備中だ。1パック450円程度を予定している。

また、「特盛鮮魚パック」という商品は、複数種類の魚をそのままの形で届け、さばき方や調理方法などの説明書を付けている。4㎏5,000円で飲食店を中心に喜ばれているという。
  
盛りだくさんの「特盛鮮魚パック」

規格外の魚を捨てずに活用。もったいない魚が多すぎる

「ミールキット」「特盛新鮮パック」とも市価の半額から4分の1程度の安さだが、理由がある。規格外の魚類を盛り込んでいるからだ。

規格外というのは形が不ぞろいだったり、同じ種類でも取れすぎたり少なかったりして市場ルートから外れたもの。近海で捕れる魚は約3,800種類とされるが、消費者の目に触れるのは約20種類にすぎない。

井口さん

底引き網漁の50%、定置網漁の30%は規格外ともいわれ、一隻で2tの廃棄もあるんです。味はいいのにもったいない。
市場で流通しないなら、食べやすくして漁業者と消費者を直接結べばいいと考えました。無駄もなくなりますしね。

 
 

ハンマーヘッドシャーク。「から揚げにしたら超美味だ」と井口さんもお薦め

出しゃばり過ぎない下味と鮮度、安全性を飲食業のプロが支援

井口さんが自信を持つ「味付け」を支えるのが22年間、飲食業を続けてきた株式会社パノラマ(福岡市中央区)の斉藤裕輔社長(45)だ。


株式会社パノラマの斉藤裕輔社長

斎藤社長

私自身、漁業の問題に関心がありましたし、海鮮居酒屋で規格外の魚類を安く提供していましたから、井口さんとはすぐに意気投合しました。

「ミールキット」でこだわったのが、そのまま刺身でもうまいが、揚げ物や焼き物もできる下味を付けることだ。

斎藤社長

ただの完成品にしないという点が工夫のしどころでした。自分好みにアレンジできるという、“でしゃばらない”味付けですね。

同時に安全と鮮度を両立させるため瞬間冷凍にこだわった。

「特盛鮮魚パック」に付ける説明書も斉藤さんのオリジナルだ。斎藤社長は、若きスタートアップ起業者をこう評価する。

斎藤社長

井口さんのビジョンは明確で、方向性が分かりやすいんですよ。


 
 
斎藤社長手づくりのタイ料理

高校を中退し、渡米。大手商社の内定を断り、自ら会社を設立する

井口さんは柔らかい口調ながら、非常に論理的だ。無駄のない説得力のある数字がよどみない。

井口さん

祖父母、父親はいずれも水産関係者でした。祖母(故人)は私だけでも普通のサラリーマンになってほしいと願っていたんですが…。

福岡市内の中高一貫校に通っていた高校1年のとき、米国に留学していた同世代と接する機会があり、堂々と自らの考えを発信する姿勢に刺激を受けた。両親を説得し、奨学金などを利用して米国で高校に編入、ボストン大学へと進学する。

井口さん

大学3年でアントレプレナーシップ(社会起業学)を専攻し、プラットフォーム戦略(注1)で日本の水産業の問題を解決できるのではないかと思いつきました。

漁業者、漁協、仲卸、市場、量販店の大手バイヤーなど複雑に絡み合う国内水産業。「結果、漁業者だけでなく消費者も利益を損ねている。この漁業問題を解決したい」と一念発起して、内定していた大手総合商社を断り起業することにした。

(注1) プラットフォーム戦略とは、関係する組織を同じ場所(プラットフォーム)に乗せて効率的なシステムを構築すること。
 
井口さんは新事業としてスマホなどのITを使い漁業者、メーカー、卸売市場、外食産業、量販店などの情報とニーズをつなぐ仕組みを立ち上げている。
 

 

起業はまずやってみる。失敗は恥でなく経験。人との出会いが可能性を広げる

自らを強力なリーダーシップ型ではなく、オーケストラの指揮者のような調和・調整型だと分析する井口さん。起業のポイントをたずねると即座に、こうきっぱりと。

井口さん

戦略や計画を考えることは必要ですが、迷ったらとりあえずやってみる。とりわけ若者は、失うものが何もないですからね。
(米国で学んだことのひとつに)失敗は恥ではなく、経験だという気風がありました。まさにアメリカンドリームです。
まず、自分の構想を他人に相談して、知恵を膨らませる。アイディアを盗まれるなんて心配しては前に進めません。

「ミールキット」開発で連携した斉藤氏はその典型だ。

井口さん

自分では美味しい味なんて開発できませんから、とても助けられました。

若者にとって大きな壁ともいえる資金面については、こうアドバイスする。

井口さん

最低限の資金調達は必要ですが、それは自分の覚悟として不可欠だと思います。アイディアと実行力、熱意があれば比較的容易に資金が集まる時代です。


 

 

輸出も視野、漁業者の収入を増やし漁業復活。絶対にあきらめない

日本の食と漁業を守る」――ベンナーズが掲げるビジョンだ。大げさにも映るが、井口さんの危機感は強い。
日本の漁業者数は1990年40万人だったが、2019年には15万人まで減少。平均年齢は約60歳で平均年収は200万円前後だ。

井口さん

その疲弊ぶりは目覆いたくなる。この現状では若者が漁師になりたいとは思わない。

世界を見渡すと、漁業は不人気かといえばけっしてそうではない。

井口さん

アイスランドやノルウェーでは漁業者の年収は2000万円ともいわれ、人気の職業といわれています。

筆者はリーマンショック(2008年)以降、国家が破綻したとされるアイスランドに5回訪れているが、民間銀行が破綻し国全体が混迷する中で、漁業の安定感は群を抜いていた。漁業者は誇りを持ち、多額の税金を納める国の基幹産業だ。


日本と同じように海と生きてきたアイスランドの人たち

井口さん

日本近海で獲れる魚は、良質で新鮮。漁業者の収入を増やすためにも、事業を拡大していずれ輸出も実現したい。


社名のベンナーズは、エジプト神話に登場する不死の霊鳥(ベンヌ)に由来する。最後まであきらめないという強い決意を込めている。

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 株式会社ベンナーズ
本社/ 福岡市中央区大名2丁目6番11号203号室
Tel:092-692-2033 (卸売部門)
Tel:092-985-8804 (システム部門)
事業内容/水産物流プラットフォーム関連事業
冷凍水産物及び加工品卸販売事業
会社設立/2018年4月
Email:info@benners.co.jp

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ジャーナリスト
池田泰博
1960年、小郡市生まれ。早大卒。NHK、リクルート、西日本新聞社、自治体副町長を経て、現在はフリージャーナリスト。ライフワークは民族・宗教問題。大学1年時にシベリア鉄道で旧ソ連を横断して以来、訪れた国や地域は90以上。

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