日本の映画史に残る戦争映画の傑作は「福岡映画」だった。 福岡映画 #04 「陸軍(1944)」「はじまりのみち(2013)」

日本映画史のなかで戦争映画の最重要作のひとつとして挙げられる作品が、福岡で撮影された映画であることを皆さんはご存知でしょうか。2020年の夏、戦後75年を迎えるこの機にご覧いただきたい「福岡映画」第4回目は「陸軍(1944)」そして「はじまりのみち(2013)」です。

クロサワと並び立つ名匠・木下恵介が“国策映画”に忍ばせた意志

まずは、今回紹介する映画「陸軍(1944)」を手がけた木下恵介監督をご紹介します。

読者の皆さんにはその名前さえもご存知でない方もいらっしゃるかもしれませんが、実はあの世界的巨匠、黒澤明監督と並びたつ非常に重要な映画監督なのです。

木下、黒澤は両氏とも1943年同年に監督デビューし、ともに新人監督に与えられる山中貞雄賞を受賞。以降、国内での高い興業成績だけでなく国際映画祭での映画賞受賞も双方に連発し、「剛の黒澤、柔の木下」とも称されながら二人で日本映画の歴史を更新していきます。

キャリアの転換点を迎えるタイミング(1964年)から没年(1998年)まで同じくする宿命的な2人でありながら、誰もが知る世界的な巨匠となったクロサワに対して、木下監督は“一見”派手ではない作風と、様々なジャンルを渡り歩ける柔軟さゆえの“捉えづらさ”から、特に日本国内で、成果と評価が十分に一致しない不遇な側面を持ちます。

が、実際には日本映画初のカラー作品を手掛けたり(「カルメン故郷に帰る(1951)」)、ダイナミックな映像演出(「楢山節考(1958)」「笛吹川(1961)」)など、地味とは程遠い映画的な挑戦を重ねては傑作を生み出し続けた革新性を持ち合わせ、代表作「二十四の瞳(1954)」はゴールデングローブ賞外国語映画賞受賞、「永遠の人(1961)」はアカデミー賞外国語映画賞ノミネートなど世界的にも高い評価を得た巨匠監督でした。


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「陸軍」
1944年/87分
監督・脚本: 木下恵介
出演: 笠智衆、田中絹代、東野英治郎、上原謙、三津田健、杉村春子

そんな彼が1944年に発表した映画「陸軍」は、戦中に従軍作家を務め芥川賞も受賞した福岡出身の火野葦平による同名原作の映画化として、幕末の西南戦争から日清/日露戦争、そして満州/上海事変に至る約60年間の日本を、福岡のある一家3代にわたる姿を通して描く作品です。

映画は第二次世界大戦の只中にあった日本で「陸軍省後援 情報局 國民映画」の名のもとに、国威高揚を目的とする国策プロパガンダ映画として製作を求められましたが、木下監督はあろうことかそこに反戦のメッセージを忍ばせます
この“抵抗”によって木下監督は以降しばらく映画制作の仕事を奪われることとなりますが、信念を貫いてフィルムに焼き付けた伝説のラストシーンが、のちに本作を日本映画史に残る戦争映画の最重要作の一つにまで推し上げることとなります。

圧巻のラスト10分

あらすじ
厳格な祖父から、立派な軍人になるよう育てられた父・友彦は、病弱で日露戦争の前線に出られぬまま退役し、帰国後にはじめた商売も手詰まっていた。献身的な妻・わか とともに支えあいながら福岡で小さな雑貨商をはじめ、ようやく軌道に乗るなか一族かねての兵役への想いはふたりの息子である伸太郎へ託された。

厳しくもやさしいわかは、「男の子は天子様からの預かりもの」と自らに言い聞かせながら立派に息子を育て上げ、ついに伸太郎は陸軍入営を果たし家族一同喜び合う。そしてついに出征を迎えたその日、一度は見送らずにおくと決めた母・わかだったが、遠くから聞こえる行軍ラッパに去来する想いを抑えきれず、ついに息子を求めて博多の街へ全力で駆け出すのだった。

この伝説のラストシーンは、前段で紹介した国策映画に忍ばせた“抵抗”としての歴史的意義はもちろんのこと、映画演出としても圧巻の手さばきを見せているので、ここで少しだけ紐解いてみます。

遠くから聞こえる行軍ラッパに誘われ店の外へ出て、画面中央にたたずむ母へ静かに焦点を寄せてゆくカメラ、たすきをほどき音の鳴る方へ、母、静かに歩み出す。徐々に彼女の周りに、同じくパレードへ向かう群衆がひとりまたひとりと増えてゆき、彼女の足取りもどんどん早くなる。彼女の気持ちが、加速していく。

出征パレードの行列までたどり着いた母、なかなか見つからない息子の姿、そしてついに隊列のなかに息子を見つけたその瞬間、母は群衆の密集する向きに対してひとりだけ逆走しながら行軍隊を必死に追いかける。

やがて息子に追いつき、声をかける母。母に気づき誇らしげな息子の表情と、想いが言葉にならずただ涙を浮かべて微笑み並走する母。せめて一声、あと一声と必死に必死に、必死に追いすがるも、ついに群衆に押しつぶされ、息子は遠くに消えていく。誇らしげな息子の後ろ姿を呆然と見届けながら静かに手を合わせる母の姿。

とここまで紹介した一連の約10分間のラストシーンには「ほぼ一切セリフ無し」という大胆な手法を選択したうえに、ひとりひとりの役者や群衆の振る舞いへの丁寧な演出と緻密なカメラワーク、そして母を演じる田中絹代の驚異的な演技力によって、観客の感情を爆発させるまでの曲線を正確無比に導きます。

そしてこの“歴史的10分間”に福岡の景色がたくさん映り込んでいることにも、ご注目いただきたいところ。

駆け出した母は、赤煉瓦文化館の前を通り、西中島橋から西大橋(明治通り)側を臨む

行軍パレードは大濠の城内を始点として天神方面へ明治通りを東進し大博通りから折れて博多駅まで向かうのがルートだったようで、クライマックスとなる行軍シーンでは、本作撮影後に福岡大空襲で失われてしまった当時の明治通り沿いの市街地の様子が映り込んでいます

(ちなみに劇中ではそれ以外にも、軍隊の訓練場面で箱崎宮(「敵国降伏」の扁額や亀山上皇像も)が登場するなど福岡のロケーションが楽しめます)。

木下監督が映画生命を賭けて撮り、世界中のあらゆる「母」の共感を誘ったこの歴史的な名場面の舞台として福岡が記録されたことは、私たち市民にとってかけがえのないものだと、毎年夏がくるたび思うのでした。

そして「はじまりのみち」へ

さて、本稿の最後にこの映画「陸軍」をご覧になるにあたって、どうかセットでご覧いただきたい映画をもう1本だけご紹介します。


「はじまりのみち」発売中 価格: Blu-ray 4,700円+税 DVD 3,800円+税 発売・販売元: 松竹 © 2013「はじまりのみち」製作委員会

「はじまりのみち」
2013年/96分
監督・脚本: 原恵一
出演: 加瀬亮、田中裕子、ユースケ・サンタマリア、濱田岳、宮崎あおい

木下恵介監督の生誕100周年を記念して2013年に製作された本作は、木下監督が「陸軍」を撮ったことで映画製作の仕事を奪われた時期に、故郷の浜松で、病床の母を60km先の疎開先までリアカーで運んだという実話を映画化した作品です。

どんな時代の要請があろうとも「人間を描く」という信念を曲げない実直さゆえ、一度は映画づくりを奪われた木下監督が、作りたいもの、作るべきものを作らせてもらえない不甲斐なさを乗り越えて、もう一度映画づくりを再開する意志を取り戻すまでを描いており、短尺ながら中盤以降はずっと涙が止まらないほど感動的な作品です。

なかでも驚くのはこの「はじまりのみち」の本編の中に「陸軍」のあの伝説のラストシーンがほぼ丸ごと引用されていることで、この場面に木下監督が込めた意志や覚悟を一層深く知ることができます(ということでこの「はじまりの〜」も「福岡映画」に勝手に含めさせていただこうと思います!)。

ぜひこの夏2本をセットでご覧いただいて映画と同じルートで街を散歩してみてください。

あの日、街へ駆け出した「母」に想いをはせながら歩くその時間は、きっとあなたの特別なひとときになるはずです。

■筥崎宮

■亀山上皇像(東公園

■赤煉瓦文化館

■西中島橋

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映画ライター
三好剛平
1983年福岡生まれの文化ホリック社会人。三声舎 代表。企業や自治体の事業・広報にまつわる企画ディレクションをはじめ、映画や美術など文化系プロジェクトの企画運営を多数手がける。LOVEFMラジオ「明治産業presents: Our Culture, Our View」製作企画・出演。その他メディア出演や司会、コラム執筆も。

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