「博多っ子純情」
1978年 / 松竹 / 94分
監督 曽根中生
脚本 石森史郎、長谷川法世
撮影 森勝
音楽 服部克久
出演 光石研、松本ちえこ、小屋町英治、横山司、小池朝雄、春川ますみ、立花美英
これほど正確に市民性を捉えた映画がほかにあるでしょうか
(C)松竹株式会社 発売元:DIGレーベル(株式会社ディメンション)
九州・博多の夏のはじまりを告げる祇園山笠。足を怪我した父に代わり、生まれて初めて山をかつぎ、博多の男の仲間入りを果たした主人公の中学生、郷六平(ごう・ろっぺい)。映画はこの六平と親友三人組とガールフレンド類子を中心に、中学生たちの淡い恋、性の目覚め、ケンカ、悲しい別れなど青春の一場面たちを瑞々しく、たのしく、切り取っていきます。
原作は、博多区出身の漫画家・長谷川法世が1976年から1983年まで「漫画アクション」に連載した、博多の町を舞台にした青春漫画。1980年には第26回小学館漫画賞:青年一般部門を受賞(ちなみにこの賞の歴代受賞作を見てみると、この受賞がいかにすごいことかがわかります)。全34巻のうち、この映画では2巻までのエピソードを再構成しています。
さてここからは、映画の中身について。
冒頭から服部克久による調子の良いチャカポコファンクギター&ホーンセクションによるメインテーマ(これがめちゃくちゃ良いんすよ)とともに、飾り山、お汐い取り(おしおいとり)を背景にオープニングタイトル。タイトル明けて博多人形のカット、山を舁(か)くの舁かんので親父と悶着する主人公の六平…、という具合で、博多っ子にとっての原風景ともいえる場面から本作は幕を開けます。
映画は終始、県外の観客に一切配慮しない(褒めてます笑)見事な博多弁で進行していくうえに(ところどころに方言解説がありますので、ぜひ覚えて使ってみてね!)、会話や場面設定に巧みに山笠、博多にわか、博多人形、ぼんち可愛や、明太子など福岡の風習や文化を織り込む好構成も光ります。
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注目いただきたいのは、この映画の作り手の姿勢が明らかになる映画初盤の追い山のシーン。櫛田入りから博多祝い唄(祝いめでた)を唄いきり、「ィヤあァァァァ」と山を舁き出すところまでの2分程度をほぼノーカットで見せ切ります。これ、たしかに後の展開につながる演出でもあるにはあるのですが、映画全体を見通した時には明らかに過剰な尺を投入した一場面です。しかしこのアンバランスさこそが本作の肝=博多っ子としての自負心ではないかと思うのです。すなわち「この場面を途中で切るやら、そげん恥ずかしいことができるわけなかろうもん」、と。
このように、外からの評価や映画としての正しさ以上に、まず地元の仲間たちに恥ずかしくないものを優先する。この恐るべき“俺たち原理主義”な価値観こそが、かえってオリジナルで他の追随を許さない「決定版」を生み出してしまう厚かましさ、(ある種の)運の良さであり、これってすごく福岡っぽいよなぁ、と思ってしまいます。
上記に限らず映画はことごとく福岡人の市民性を活写していきます。滅多にない発注をもらい「これは一世一代の仕事やと思うとです」と預かった前金をことごとく材料費に投下してしまう博多人形師の父親の不器用さ(のぼせもん気質)、正義感や義侠心を優先して突っ込んでは割とその通りの制裁を受けていく男たちのバカ正直さ(いいかっこしい)など、いずれも打算とは程遠い不器用ゆえにこそ憎めないキャラクターたちがどれも愛おしいものです。
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1970年代、古き良き博多と、時代の転換点を迎え勢いづく福岡
また、映画には当時の福岡を垣間見ることのできるロケーションもたくさん登場します。
・直会(なおらい)に出た父親に忘れ物を届ける先は西中洲のクラブ街(この頃の中洲は今とはちがう色気があって本当に素敵です)
・主人公の六平が通うのは対馬小路(つましょうじ)の博多中学校(劇中では「博多第三中学校」)
・ボートレース場や市民会館を遠景に臨む那珂川(なかがわ)沿いでのガールフレンドとのおしゃべり
・仲良し三人組が移動に使うのは公開翌年に廃線となる西鉄福岡市内線の路面電車(一瞬、今はなき西鉄名店街の前を通過する場面も)
・成人映画の入場に失敗する中洲の文化劇場に、現キャナルシティ側へ向かう中洲新橋、同級生の女の子との待ち合わせは聖福寺
・老舗料亭「老松(おいまつ)」前の川沿いでからまれる同級生を助け出し、上級生に呼び出されたのは筥崎宮(はこざきぐう)。最後の決闘は福岡城址。
という具合で、作者の実体験による原作ものとはいえ、これほど正確な位置関係のなかで物語が展開する地方映画はなかなか無く、今とは違う手触りの福岡の記憶をたどるにもきわめて優秀な一本と言えましょう。
映画は1978年12月2日に劇場公開されたとの記録があり、ひろく評価を集めた様子。なんと同年のキネマ旬報ではベスト邦画第10位に選出されています。この年の同賞には大島渚、増村保造、岡本喜八、野村芳太郎、藤田敏八、降旗康男に東陽一と、歴々たる巨匠監督の名作が並ぶなか堂々のランクイン。これは大快挙!!!
(ちなみに東陽一監督はこの2年後、福岡が舞台の映画「四季・奈津子(1980)」も手がけますが、この話はまたいつか)
また、キャストやスタッフについても少し。
主演を務めるのは光石研。今ではバイプレイヤー(名脇役)として映画やドラマに欠かせない彼ですが、本作は当時北九州・黒崎の高校2年生だった光石少年のデビュー作。すでに漫画作品として人気を集めていた「博多っ子純情」の映画化として、主演3人組は西日本新聞の紙面で公募され、話題を集めたのだとか。
ヒロイン、小柳類子を務めるのは松本ちえこ。同じクラスにいそうな庶民派な顔立ちがキュートな彼女は、当時資生堂の新商品「バスボン」なる石鹸の初代イメージガールをつとめ(のちに早見優などが続きます)、同CMのテーマ曲「バスボンのうた」や♪65点のひとが好き、好き、好き♡と歌う「恋人試験」などで人気を集めていました。
そのほかにも、「ウチのカミさんがね」でおなじみ「刑事コロンボ」の初代吹替声優・小池朝雄が博多人形師の六平のお父さん役で登場したり、佐藤蛾次郎、カメオ的に桂歌丸師匠(!)まで出演していたりします(原作者の長谷川法世さんも見つけてみよう)。
監督はのちに にっかつポルノで代表作を連発する曽根中生(そね・ちゅうせい)、音楽は巨匠・服部克久。痛快晴れやかなオープニングテーマ曲がこの映画の印象を決めております。
次いで、この「博多っ子純情」をとりまく時代と、都市・福岡の足並みは重要なものなので、少しだけ紐解いておきましょう。
原作が発表される前年の1975年は、福岡市の人口が100万人を突破し、山陽新幹線全線開通によって新大阪↔︎博多も接続。全国のなかで「福岡」「博多」のプレゼンスが高まった年でした。
翌1976年に漫画版「博多っ子純情」が連載を開始。街では6月5日に「天神コア」、9月10日に「天神地下街」がそれぞれオープンし、前年の「博多大丸」の天神移転と重なり、いわゆる「第1次天神流通戦争」が起こっています。同年には「シティ情報ふくおか」発刊も開始しており、つまりこの1976年は都市としての福岡が急激な勢いで転換・変質していった重要な1年といえます。
その2年後の1978年12月に映画「博多っ子純情」が公開されたわけですが、この映画には、古き良き「博多」の伝統と記憶、そして生まれ変わり真っ最中の「福岡」の気運の両方がみごとにとらえられ、意味深い記録であるとともに、映画に絶妙な勢いとノスタルジーを写し込んでいます。
こんなご当地映画を持っている福岡人は、ちょっと自慢して良い。
(C)松竹株式会社 発売元:DIGレーベル(株式会社ディメンション)
色々と並べ立てましたが、本作は何よりまず一本の映画としてめっぽう面白く、博多のボンクラ中坊3人組とともに過ごす馬鹿馬鹿しくも愛おしい日々があざやかに楽しんでいただけます。青春とは、二度と戻ってこない、期間限定の、いつまでも懐かしく輝く記憶へのノスタルジーなのだと思うのですが、そこに福岡のなつかしい風物や情景が重なることで、特に福岡出身の方には特別な一本になるはずです。街がふたたび転換する大型開発を控える今だからこそ、ご覧いただきたい一本でもあります。
これほどあらゆる意味で精度の高いご当地映画はなかなかありません。個人的には今後県外から「福岡のことや福岡人を知りたい」とおっしゃる方にはまず本作をおすすめするのでよろしいんじゃないかと(割と本気で)思うほど。なんなら空港の一角に常設シアターのひとつでも構えて、本作を繰り返し上映しても良かっちゃないですか…とか言いはじめるからやっぱり僕も他に漏れず我が街大好きな福岡県民なのでしょうね。