大変なのは飲食店だけじゃない! 生産者のことを想う料理人の新たな取り組み。

本記事の執筆者・寺脇さんがFacebookページを立ち上げ、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛要請によりはじまった福岡のテイクアウトやデリバリーの情報を発信しはじめました。その活動を進めて行く中で、寺脇さんはほかとは少し異なる活動を始めた2人がいることに気づきます。その活動とは?2人の熱い想い、ぜひご一読ください。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛要請により、飲食店に空席が目立ち始めたのは今から1ヶ月ほど前のこと。要請はされるものの補償のことは明示されず、飲食店の店主たちは休業を決断したり、テイクアウトやデリバリーなどを始めたりと、店や従業員を守るために、各々ができることを模索し始めました。マスコミも飲食店の苦境を伝え、飲食店のテイクアウトやデリバリーを応援しよう!という動きも活発になっていったのです。

本記事の執筆者本人も、Facebookページを立ち上げ、福岡のテイクアウトやデリバリー情報を発信続けてきた一人ではありますが、その活動を進めて行く中で、ほかとは少し異なる活動を始めた2人がいることに気づいたのです。その活動とは、食材を販売するというもの。料理のテイクアウトやデリバリーではなく、食材の販売に舵を切った2人に話をお聞きしました。

「寿司よりも魚をたくさん販売できる方法を考えました」

福岡・高砂にある『すし幸徳』は、昨年発行された「ミシュランガイド福岡・佐賀・長崎2019特別版」で1つ星を獲得した名店だ。

「海外のお客様は3月に入った頃からキャンセルの連絡が入り始めたものの、国内のお客様はそこまで影響はありませんでした。3月末に志村けんさんが亡くなられて。その頃からガラリと変わった感じがありますね」と、店主・森下幸徳さんはいう。

県外のお客様もギリギリまでどうにかして来ようとしてくれたものの、どうしても難しいと泣く泣くキャンセルする人が増えてきたある日、森下さんは友人と話していて、「自宅でおいしい魚が食べられたらいいな」と言っていたことが気にかかっていたという。

森下さん

彼女はこの店のコーディネートなどを手伝ってくれた人で、主婦でもあるのですが、主婦目線で『自宅でおいしいお魚が食べたい』と言われたんです。いつもお世話になっている福江島(五島列島)の林鮮魚店さんに状況を聞いてみると、売上が9割落ちていると言われていて。東京・豊洲の仲買人さんからも、買い手がいないから魚の価格が崩れているという話も聞いていましたし、ここで仕込みをしているときに、ふと、魚を売ればいいじゃん!と思いつきました。

林鮮魚店さんは、漁師さんが獲ってきた魚を競りで落とし、全国各地の寿司店のほか、フレンチやイタリアンなど、名だたる飲食店へ直接魚を届けているが、取引先の殆どが通常営業ができず、注文も入らない状況。いつもだったら「こんな魚があがっているけど、どうする?」と直接料理人に電話をすることもあるが、その電話すら掛けることができないという話を森下さんは聞いていた。


↑丁寧に下処理を施して販売してくれるので、魚をおろすことが苦手な人も安心!

「自粛するにも、みんな家で肉や魚を食べますよね。うちは寿司屋なので、寿司のテイクアウトをすることもできましたが、寿司だけでは魚をそんなにたくさん使うことができませんし、焼いたり煮たりしたものを持ち帰って温め直すよりも、食べる直前に調理した方が絶対においしいはずです。魚は下処理が難しいと言われる方も多いので、私がきちんと下処理すれば、ある程度売れるのではと考えました」と、森下さん。

一方で、これまでプロの仕事をしてくださっていた漁師さんたちが漁に出ることができなければ、生活することもできなくなる——これまで循環していた流れを可能な限り守りたいという想いもあったそう。

森下さん

こだわった仕事が施された魚は一般の市場に売り先がありません。だからこそ、私たちが買うのは当然のことですし、時間をかけて考えることよりも、まずは行動することが大切だと考え、4月10日からこの活動をスタートさせました。

常連さんにメールをしたり、FacebookやInstagramで発信したり。この森下さんの活動は、瞬く間に知られることとなった。「普段はプロが使う魚を買うことができる」「自分で捌くのは難しいから捌いてくれるのはありがたい」「クオリティの高さに反してびっくりするほど安い」といった声が口コミで広がり、森下さんは想像していた以上に多忙な日々を送っている。


↑この日のお造りはヨコワ、イカ、イサキ、イナダ、シマアジ、クエ、タイの7種類。敢えて金額には触れないが、驚くほどリーズナブルゆえ、リピーターも増えている

森下さん

魚が苦手だった子どもさんが、うちの魚は食べられたという話も聞きます。スーパーで売られている魚とは違いますからね。ある意味、魚の価値を見直してくれるチャンスかもしれません。5/6までで緊急事態宣言が解除されたとしても、すぐにお客様は戻ってこないでしょうし、魚の値段が元に戻るにも時間がかかるでしょうから、しばらくはこのようなカタチで魚の価値を伝えていく活動をしていくのも面白いなとも思っているんですよ。

この森下さんの活動について、林鮮魚店の林ともみさんに話を聞くことができた。

林さん

3月は3〜4割減でしたが、4月に入ると売り先がなくなりました。冷凍庫も生簀もパンパンです。そんな中で森下さんは、今、うちの魚を全国でいちばん買ってくださっていて、本当にありがたいと思いますね。このお話をいただいたときは涙が出るほど嬉しかったんです。うちから送った魚は、森下さんが手当てすることによってさらに価値を高めてくださっていると思いますね。

うちとしても売り先がなくなってしまうと困るので、ちゃんと利益を得て欲しいのですが、殆ど利益はないのではないでしょうか。東京のお客様は既にお店を閉められたところがたくさんあります。また、豊洲の魚屋さんもだいぶなくなってしまうと言われています。かなり厳しい状況ですが、私たちが踏ん張ることができれば、飲食店さんが続いていてくれる限り売り先はあります。

1日も早くこの状況が収束して、これまでのように魚を送ることができるようになってほしいですね。

現在、週に1、2回、林鮮魚店さんから魚が届く。届き次第、FacebookやInstagramに情報が公開されるので、興味のある方はこまめにチェックしてほしい。

すし幸徳
福岡市中央区高砂1-22-10 恵比須ヒルズ1F
092-531-2311
https://www.facebook.com/sushikoutoku/

  

「おいしいお肉を自宅で楽しむ文化を育てていきたい」

続いて訪れたのは、六本松にある『清喜ひとしな』。平尾にある小料理とステーキの店『清喜』の姉妹店で、昨年12月にオープンしたばかりの店だ。通常営業時は「赤身肉ヒレステーキと土鍋ご飯定食」を提供し、行列ができるほどの人気を誇っている。

「3月末までは特に影響はありませんでした。志村けんさんが亡くなられてからですね、様子がおかしいぞと感じ始めたのは」と話すのは、店主の水田正大さんだ。

老舗のフランス料理店「レストラン花の木」でシェフを務め、エスニック料理店「モンアンエスニック」の料理長を経て独立を果たした水田さん。『清喜』の主役にステーキを据えたのは、木下牛と出会ったからこそ、と水田さんは当時を振り返る。

水田さん

『清喜』をオープンして約2年。ここまでやってこられたのは、木下牛を生産する木下牧場さんのおかげです。木下牛を使わせていただいている全国各地の料理人のグループがあって、約40人がLINEで情報共有をしているのですが、そこに出てくるお肉の約半分を私が買っている状態になっていました。その状況を見ていて、この状況はよくないなと。食材の流れを止めてしまったら、収束後に困るのは私たちです。肉屋をすれば、もっとたくさん肉を購入できると考え、完全に食材の販売にシフトしました。

畜産というのは、月単位で出荷する予定から逆算して牛を育てていく。通常、和牛は出荷するまでに28ヶ月を要するが、木下牧場では最高の状態になるまで育て続けるスタイル。36ヶ月で出荷ということもあるそうだ。今、最高の状態を迎えた牛がいても買い手がいないとなると、これまでの流れが変わってしまうことになる。

水田さん

出荷がズレてくると、その後の流れも変わってきます。生き物を相手にするということは、そういうことなんですよね。あんなにおいしい牛が食べられなくなってしまうことは絶対に嫌なので、利益がなくても売り続けようという感じでやっています。


↑独立した作業場を設けていたため、早い段階で食肉販売業の許可を得ることができた

食肉を販売するには、食肉販売業の許可が必要だ。実は水田さん、ここ『清喜ひとしな』をつくるにあたって、テイクアウトもできるようなハイブリットなお店にしようと、独立した作業場を設けていたという。

水田さん

新型コロナウイルスのことが報道されるようになってから、これは日本でも影響が出てくるぞと感じたので、2月頃からテイクアウトのお弁当などの試作をし始めてはいたんです。けれど、しっくりこなくて。

次に考えたのは、2店舗を閉めるということなんですけど、そうなると木下牛の流れを止めてしまうことになります。お店が営業できなくなったらお肉を売ろうというのは、けっこう早い段階から考えていて3月中旬にはショーケースを注文していました。この状況が3年続いたとしても、お肉屋さんだったら営業し続けることができます。生産者さんとそのままお付き合いし続けることができますし、今を生き延びるというよりも、継続的な視点で考えているんですよ。


↑『清喜ひとしな』で使用する無農薬栽培のお米は、毎朝お店で精米したものを販売している

今回の水田さんの決断に対して、生産者である木下尭弘さんはどう感じているのか、話を聞いた。

木下さん

新型コロナウイルスの影響は2月ごろから少しずつ出始めました。お付き合いのある飲食店さんが休業されるようになってきて、出荷を調整するようになりました。このような状況の中で、自分たちのことだけではなく私たち生産者のことを考えて動いてくださっている清喜さんには、感謝しかありません。

私たちの仕事は、飲食店さんがあるからこそやっていけるんです。お店の皆さんが頑張って、なんとか食材を動かしてくれようとしてくださっている動きがあるので、テイクアウトなどでも使っていただけるような、通常よりも価格の安い経産牛などを出荷したりもしています。

今は、私たち生産者側も待っているだけでなく、飲食店さんに対してできることをもっと考える必要があると感じています。「このお肉なら安く出荷できますよ」「この金額だったら買えますか?」と、LINEのグループで投げかけて、お互いに落としどころを探そうとしています。清喜さんが私たちのことを考えて動いてくださったことが、自分ができることをしようというアクションを起こす起爆剤になりました。

木下牧場では年間約60頭の牛を育て、その約半数が木下牛として出荷されているが、その中でも選ばれた3、4頭が「喜和味(きわみ)牛」として出荷される。通常、この「喜和味牛」は名だたる飲食店に出荷されるため、小売をされることはない。その「喜和味牛」が、今回、『清喜ひとしな』で販売されることになったという。水田さんの想い、その想いに応えようとする木下さんの気持ち。そのおかげで、私たち福岡人が極上の肉を購入できるようになるというのは、本当にありがたい。

「お肉屋さんが飲食店をすることはあるけれど、その逆ってなかなかないですよね。最初は木下牛の流れを止めたくないというところから食肉販売という発想を得たのですが、今は、福岡の人々が自宅でおいしいお肉を楽しむ文化が息づくといいなと考えるようになりました。プロの料理人がお肉を販売するからこそ、できることをやっていきたいと思っています」と、水田さんは笑顔で語ってくださった。

清喜ひとしな
福岡市中央区六本松4-5-39 ピア21 1F
092-406-5663
https://www.facebook.com/kiyokihitosina/

  

生産者を想い、食材販売へと舵を切った『すし幸徳』と『清喜ひとしな』。その活動は生産者を支援するだけでなく、彼らにとっても新しい価値を見出す機会にもなっている。

寺脇さんが運営するFacebookページ「<福岡版>コロナウイルスに負けずに頑張る飲食店を応援する!」はこちら

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編集・ライター
寺脇 あゆ子
松山生まれ、福岡育ち。福岡・大阪の出版社を経て独立。福岡を拠点に全国誌、地元情報誌、webメディアなどで取材・執筆を行なう。美味しいものがある、面白い料理人がいると聞けば、日本全国どこへでもフットワークの軽さが自慢。無類のラグビー好きでW杯は2007年のフランス大会以降、4大会を現地で観戦している。

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