2024年1月にスタートした「福岡新風景:経営者と語る福岡の魅力」と題したこの連載。さまざまな方のお力添えを得てなんとか1年間続けることができました。読者の皆様に厚く御礼を申し上げます。
昨年1月の本企画第1回は「中小企業からアトツギベンチャーへの進化:メタルクリエイターが創る地域企業の未来」と題して,福岡県柳川市に所在する株式会社乗富鉄工所を取り上げました。
ここ数年,新年の社員総会にお招き頂き,毎年少しだけお話をする機会を頂いてきました。また,社員総会は前年の総括とその年の取り組み,目標を確認し,会社が進む方向を指し示す機会になっています。
それを今年は全面公開で行おうと社外へ出て,suitoやながわ(柳川市民文化会館)イベントホールに会場を移して,メンバーの皆様だけでなく,同社に関わるさまざまな方々が参加するイベントとなりました。題して「乗富鉄工所 未来想像セッション 2025」です。
今回は第1回連載からこの1年間で乗富鉄工所がどのように進化したのか,定点観測をしてどのように会社が変わろうとしているのかを見ていくことにしましょう。
Open The Gate:アントレプレナーシップが切り拓く会社の未来と持続可能な地域
今回のイベント,冒頭の乘冨賢蔵代表によるご挨拶のあと,僭越ながら私から15分ほどお話をしました。表題はこのイベントに合わせて「Open the Gate」としました。地域に根差した企業である同社に関わる人々が持つ「アントレプレナーシップ」(起業家精神)の重要性をお伝えしました。乗富鉄工所は80年近い歴史を持ち,水門製造を中心に地域のインフラを支えてきた企業です。その役割は単なる製造業にとどまらず,地域社会の未来を創造する基盤へと進化してきました。
具体的には,アントレプレナーシップが企業の未来だけでなく,地域社会の持続可能性にも直結するという点についてお話ししました。限られた資源を組み合わせることで新たな価値を生み出すこの精神は,メンバー一人ひとりが「メタルクリエイター」として新たな可能性を模索する鍵になります。このような姿勢は単なる製品製造にとどまらず,新しい事業やマーケットの開拓を通じて,地域全体の活力を引き出します。
さらに,乗富鉄工所がメンバーの主体性を尊重し,共創的な企業文化を育むことで,外部の利害関係者との協働が進んでいることについても指摘しました。このような企業の取り組みは,地域社会が直面する課題を解決し,新たな価値を生み出すモデルとなる可能性を秘めています。
また,働く皆さんが自らの仕事に誇りを持ち,未来を切り拓く存在となることが,会社の成長だけでなく,地域の持続可能な発展にも貢献することを強調しました。このような取り組みは,時代の変化に対応しながら,地域とともに歩む新しい企業の在り方を示していると考えています。
未来への扉を開く—乗富鉄工所の挑戦と変革:乘冨賢蔵代表からのお話
続いて,乘冨代表から会社の歴史を振り返りつつ,2024年にできたこと,2025年から未来へ続く展望についてお話がありました。
乗富鉄工所は水門製造を基軸に,地域のインフラ整備を支えながら成長を遂げてきました。しかし,その歩みは平坦ではなく,変化する社会情勢や市場環境に適応するため,幾度となく変革の道を歩んできました。そして,今年から「Open the Gate」というスローガンのもと物理的な水門を超え,閉ざされた可能性を開放する企業として新たな未来を切り拓こうとしています。
乗富鉄工所の歩みは,戦後間もない1948年に大川市での創業に始まります。当初は乾燥炉の製造,食品メーカーや建設機械製造企業との仕事など,多岐にわたる製品を手がけていました。その後,1970年代に柳川市に移転し,水関連の公共工事に特化する方向性を定めます。この時期,同社は水門製造を中心に事業を拡大し,全国規模の大規模プロジェクトを手がける企業へと成長しました。しかし,高度経済成長期の終焉や公共事業の縮小に伴い,業界全体が厳しい局面を迎えます。特に2000年代に入ってから,売上の停滞や退職が相次ぐなど,経営危機に直面しました。会社は過去の成功に固執せず,新たな価値創造を模索する必要に迫られました。
この危機を乗り越えるため,乗富鉄工所は2020年から「第2の創業期」と位置づけた経営改革に着手しました。まず,採算の合わない事業を整理し,新しいブランド「ノリノリライフ」を立ち上げるなど,事業の多角化を図りました。同時に,メンバーの働き方改革やデジタル技術の導入を進め,効率的で柔軟な労働環境を構築しました。
さらに,地域とのつながりを強化するため,一昨年から「ツクルフェス」といったイベントを開催しました。また,「TOMARIGI」という焚き火イベントも定期的に開催されています。こうしたイベントを開催することで,製造業の魅力を伝えるだけでなく,地域住民との交流や地元企業との協働を実現しました。この取り組みは単なるイベントの枠を超え,企業文化や地域社会への貢献という意味でも大きな成果を上げました。
また,技術革新の面では,スマートフォンで操作可能な水門開閉装置「N GUARDIAN 1.0(※)」を開発しました。高齢化する水門の管理者の方々や水門の老朽化といった業界の課題に応える製品を生み出しました。これにより,より持続可能で効率的なインフラ管理を目指しています。
「Open the Gate」というスローガンには,物理的な水門を開閉する役割を超えて,閉ざされた可能性を開放するという理念が込められています。このスローガンは,同社が持つ革新性や地域貢献への姿勢を象徴するものです。メンバーが主体的に取り組む姿勢,外部の企業や自治体との協働,そして地域社会の課題解決に向けた取り組みは,この理念を体現しています。例えば,柳川市の堀割の浄化プロジェクトや,水門を活用した新たな地域資源の発掘は,同社が地域社会とともに未来を築こうとする意志の表れです。さらに,デザイン性を重視したアウトドアブランドの展開や,海外市場への進出も,同社が「閉ざされた門」を開き,世界に向けて価値を提供しようとする姿勢を示しています。
乗富鉄工所の未来へのビジョンは明確です。地域とともに歩み,新しい価値を創造し続けること。そのために,メンバー一人ひとりが誇りを持ち,創意工夫を発揮する環境を整えています。また,地域社会が抱える課題に対しては,積極的に技術や知見を提供し,持続可能な社会の実現に貢献しています。さらに,同社の取り組みは,企業の枠を超えて,地域全体の活性化にも寄与しています。これからも「Open the Gate」という理念のもと,閉ざされた門を開き,新しい可能性を追求する挑戦を続けていくことでしょう。
パネルディスカッション:やりたいを叶える会社とは
イベントはさらにパネルディスカッションへと進みました。ここからは,福岡大学商学部の森田泰暢先生と乗富鉄工所の新たなミッション策定に関わられたReborn株式会社の羽渕彰博さんも加わり,乘冨代表と飛田の4人で「やりたいを叶える会社」について議論が行われました。
ディスカッションでは,多くの人にとって「やりたい」を見つけること自体が難しい課題であることが指摘されました。特に現代の社会では「崇高な目的」や「意味のある目標」を掲げることが求められる場面が多く,これがかえって「やりたい」を語り出すハードルを高めているという意見が共有されました。森田先生は「やりたいことを話す自体に抵抗を感じる人も多いが,それを話せる場があることが重要だ」と述べ,心理的安全性を確保した環境づくりの重要性を強調しました。また,「やりたい」を語るためには,それを受け止める聞き手の存在が欠かせません。そのため,森田先生は「聞く側が否定せずに話を受け止めることで,話し手は安心して自分の思いを共有できる」と指摘しました。さらには,組織内での「雑談」が「やりたい」の芽を育む上で重要な役割を果たすことも強調されました。たとえば,乗富鉄工所ではメンバー同士の何気ない会話から,新製品開発のアイデアや新しい事業の種が生まれることがあります。これらの小さな気づきや会話が,後に企業全体の価値を高める原動力となっています。
乘冨代表は,自身の経験を通じて「好き」を起点にすることの大切さを語りました。もともと内向的で家業を継ぐつもりがなかった乘冨代表は,様々な経験を通じて「モノづくりの面白さ」に気づきました。そして,それをきっかけに「好きなことを少しずつ仕事に混ぜていく」工夫を重ね,メンバーの「やりたい」を引き出す環境づくりに取り組むようになりました。たとえば,キャンプ好きのメンバーがいたことで,キャンプ用品やピザ窯といった製品開発が進められた事例が挙げられました。これらの取り組みは,メンバーの趣味や興味が直接的に企業のイノベーションに繋がることを示しています。また,これらの活動を通じて,メンバーが自分の「好き」を仕事に活かすことへの誇りと充実感を得ていることも注目されました。
ディスカッションの中では,「やりたいことは最初から明確である必要はない」という視点も共有されました。実際,ヒトは何かを「やってみる」ことで初めてその面白さに気づき,「やりたい」が育まれることが多いと言います。乘冨代表も「最初は嫌だったことも続けていくうちに楽しさが見えてきた」と語り,「試しにやってみる」ことの重要性を強調しました。また,「やりたい」というのは固定的なものではなく,時間の経過や人生のフェーズによって変化していくものであると指摘されました。メンバーが自由に「やりたい」を表現できる柔軟な組織文化が,これを可能にする鍵となります。
「Open the Gate」というテーマには,物理的な水門を開けることを超えて,新しい可能性や価値の扉を開くという理念が込められています。このスローガンは,乗富鉄工所がこれまでに培ってきた「自由」や「柔軟性」を象徴するものです。また,個人の「やりたい」を尊重し,それを実現するための環境を提供する企業文化を体現しています。ディスカッションでは,「やりたい」を大義名分に縛られることなく,「好き」や「興味」から自然に芽生えさせることの大切さが強調されました。これは単なる組織の活性化だけでなく,メンバー一人ひとりの幸福感や自己実現にも繋がるものと言えるでしょう。
これからも,「Open the Gate」の理念のもと,個人と組織がともに成長していく未来を切り拓いていくことが期待されます。
☟セッションの様子はこちら
参加者全員で「やりたいを想像する」セッション
イベントの最後には,今回の参加者全員で「やりたいを想像する」セッションが行われました。司会はReborn株式会社と乗富鉄工所の若手女性の2人。初々しさがありながらも,参加者で「やりたい」を議論することになりました。
メンバーの皆さん同士では普段かしこまって話ができないような内容でも,この場では和気あいあいとディスカッションが進みます。また,参加者も車座になり,「はじめまして〜」と言いながら,「やりたい」であったり,「嬉しかったこと」の共有が行われました。
こうして年始めに改めて自分をふりかえる機会を頂くことができ,とても良い時間を過ごすことができました。
乗富鉄工所が示す未来へのヒント
以上,乗富鉄工所の公開社員総会の様子でした。いかがでしたか?
乗富鉄工所が掲げる「Open the Gate」というスローガンには,物理的な水門を開閉する役割を超え,人や地域,社会が抱える可能性の扉を開き,新たな価値を創造するという意志が込められています。この理念のもと,同社は地域とともに成長し,企業の枠を超えた挑戦を続けています。
特に今年印象深かったのは,メンバー一人ひとりの「やりたい」を追求し,その創意工夫を企業の価値創造に結びつけることで,会社に関わる人々(家族,地域社会を含めて)にとって「はたらきたいと思える会社」に進化しようとしているのだなということでした。個人の情熱が組織全体の活力となることを再認識させられました。そして,ここまでの成果を得るにはメンバーが自由に「やりたい」を語れる心理的安全性の確保や,雑談から生まれるアイデアを尊重する文化が不可欠だという話もありました。特に,新たにスタートした「乗富実験室(※)」は,こうした同社の価値観を象徴する場として,多くの学びと可能性を提供しています。
乗富鉄工所の取り組みは,現代社会が抱える課題への一つの答えを示しているように感じます。多くの人が「やりたいこと」を見つけることに悩み,自由な発想が制約されがちな時代において,同社が示すのは,まず小さくても「やってみる」ことの重要性です。その先に,楽しいと感じる瞬間や,新たな目標が見えてくるかもしれません。また,「やりたい」を実現するには,それを受け止める環境と支える人々が必要です。乗富鉄工所が大切にしている「やりたいを叶える」価値観は,単なるスローガンではなく,実際に行動として具現化されています。このような企業文化が,個人の幸福感と企業の成長,さらには地域社会の活性化に繋がっているのです。
今回の記事を通じて,皆さんも「自分のやりたいこと」や「それを支える環境」を改めて考えていただけたら幸いです。乗富鉄工所の事例は,私たち一人ひとりがどのように未来を切り拓くべきかについて,多くのヒントを与えてくれるものだと確信しています。
次回もお楽しみに!